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第68話『英と少年少女』



2030年4月1日 東京



(あれが有川(ありかわ)莉々愛(りりあ)か)



夕方の駅のホーム、人混みの隙間(すきま)を抜けてリリアは小さな影を落として歩いていた。

胸の前でバッグを抱きしめ、どこか(おび)えたように足を速めたり、立ち止まったりしている。



(本当にこいつが“全UMHを洗脳できる力”を持ってるってのか?)



影がゆっくり伸び、バルドは予定通りリリアの足元をすくった。



「えっ……?」



リリアの体がふわりと(かたむ)き、そのまま線路へ落ちてしまう。

そして次の瞬間、電車のライトが轟音(ごうおん)とともに迫ってくる。


バルドは容姿を少し変え、ためらいもなくホームへ飛び降りた。

影が押し出すように背中を支え、バルドはリリアの体を抱き寄せる。



「大丈夫ですか?」



リリアは腕の中で震えていた。

呼吸が浅く、涙目の瞳が、必死に現実を追いかけている。



「……あ……ありがとう……ございます……」



声はか細く、胸の奥から(こぼ)れるように震えていた。

まるで少女漫画のワンシーンのように彼女は胸元を握りしめ、バルドを見上げる。

リリアをそっと立たせると、彼女は頬を赤くし、指先を胸に当てながら言った。



「あ……あの……お名前、聞いても……?」



あまりにも純粋で、まっすぐな目のリリア。

バルドは心の中で冷たく笑いながらも、そのまっすぐさが妙に胸に刺さってしまう。



「俺は(ひで)。君、リリアでしょ? 雑誌で見てたよ」



リリアの肩が小さく震え、ぱぁっと花が咲くように表情が明るくなった。



「えっ……ほんとに……?」



嬉しさを隠しきれずに頬を赤らめる。

バルドはその反応を確認するように軽く笑った。



「このあと時間ある? よかったら、一緒にご飯でもどう?」



リリアは一瞬だけためらうようにまつげを伏せ、すぐにふわりと笑って頬を染める。



「はい、行きたいです」



夕方の光が彼女の輪郭(りんかく)(あわ)く染め、その横顔は手を伸ばせば壊れてしまいそうなほど繊細(せんさい)だった。



(……ちょろいな)



心の中でそう(つぶや)いたはずなのに、なぜか視線を()らしたくなる“ざわつき”が喉の奥に残る。

計画は順調だったが、予定外の感覚だけがバルドの心の中で静かに(とも)った。



レストランの窓際席。


夜景の光が反射し、リリアの横顔を(あわ)く照らしている。



「リリアは雑誌で見るより、ずっと綺麗だね」



バルドがそう言うと、リリアは途端に(うつむ)き、耳まで赤く染まる。

いじる指先が落ち着かず揺れていた。



「そんなこと……ないよ。もう二年も前の話だし……」



バルドのグラスに映るリリアは、照れているのか、自信がないのか、

その両方を抱え込んだような表情をしていた。

バルドはあえて静かに問いかける。



「どうして、急にやめたの?」



リリアはぴくんと肩を揺らし、“触れられたくない場所”に触れられたような顔。

それでも言葉を選びながら口を開いた。



「誰も私のことなんて見てくれてないから」



テーブルの下で、リリアの指が震えている。

バルドは予定通り、弱いところを(つか)めたと冷静に返した。



「俺は見てるよ。どんなことがあっても」



リリアが驚いたように顔を上げ、目を(うる)わせて、笑顔を見せた。



「ありがとう。英くんって……優しいんだね」



まるで救われた子供のように柔らかな笑みを浮かべている。

二人はそのまま夜遅くまで話し続けた。



それから、毎日のように電話をして、会った。

笑いながら歩くリリアの横顔はまぶしく、他愛(たわい)もない話をする声はいつも無邪気そのものだった。




――1週間後 昼間のビルの屋上。



春の風がリリアの髪をすくい上げ、薄い光がその輪郭(りんかく)を形どっている。

バルドはリリアの(あご)に指を()え、そっと持ち上げた。

触れた瞬間、リリアの呼吸が小さく止まる。



「リリア、もしよかったら付き合ってくれないかな。一生大事にする」



リリアは驚いたまま瞳を丸くし、その瞳が、ゆっくりと、光を宿していく。



「うんっ!! 私も一生、英くんのそばにいる!!」



次の瞬間、二人は強く抱きしめあう。

抱きしめてくる腕はあたたかくて、やけに心臓が痛かった。



(利用できる……こいつを使えば……)



そう言い聞かせるように、バルドはゆっくり息を吐いた。

なのに、その後の一週間、リリアの笑顔を見るたびに胸の奥がざわつく。



「英くん!! 私を選んでくれて……本当にありがとう!!」



光のようにまぶしい笑顔にいつも赤らめる頬。

そのひとつひとつが、心の奥の触れちゃいけない場所に触れてくる。

バルドは顔をそらし、舌打ちするように息を吐いた。



(やめろ。そんな表情、向けるな……)



胸の中のどろどろとした影が、妙にざわめき始める。

部屋に戻ってひとりになった瞬間、胸の奥が爆ぜた。



「……っあぁぁぁぁ!!」



壁に拳を叩きつける。



(なんなんだ、これは……)



感情の名前は分からない。

ただ、胸が苦しくて、熱くて、その全部が怖かった。



(こんなの……弱さだ。 揺らぎだ。こんなものに触れたら、俺はまた……)



拳を握りしめ、胸に押し当てる。

それでも、脳裏に浮かぶのは――光のように笑うリリアの顔だった。





ヘリデート当日。



操縦桿(そうじゅうかん)を握る手が、小さく震えていた。

耳元で風が(うな)り、機体がきしむ音が胸へ直接響いてくる。



(これ以上、リリアといたら……)



胸の奥で暴れている“何か”を必死に押し殺していた。



(奪われる、また俺の全部を。だったら……)



バルドは殺意と憎悪を無理やり心に宿す。

後ろから、リリアの小さく震える声。



「英……くん……?」



その声は、父に捨てられたあの日、(おび)えていた“自分”が発した声とまったく同じだった。

バルドは視線を()らし、目を閉じる。

そのまま体を影に(おお)わせて、心を押し(つぶ)すように低く(つぶや)いた。



「悪いな、リリア」



声は不自然に低く、かすかに(かす)れている。



(ここからは俺はあのクソどもと同じだ。

 信じるな。触れさせるな。奪われるな。……それが俺の生き方だ)



風が悲鳴のように吹き抜ける中、バルドは“悪”を演じた。



しかし、ヘリから落とされたリリアは水色髪の少年に救われた。

二人の姿が視界に入るたび、胸の奥にざらつく痛みが広がる。



(邪魔をするな。……リリアを殺せなければ、俺は遅かれ早かれ洗脳されて終わる。 俺を奪わせてたまるか!!)



焦りと恐怖が濁流(だくりゅう)のように心をかき乱し、本心と嘘が混ざりあった言葉が勝手に漏れる。



「奪われる前に奪うんだよ。 俺の人生をこれ以上狂わせるな。

お前の基準に合わせる方が苦痛だった。思い出すだけで、吐き気がする」



リリアの表情が暗く沈んだ瞬間、胸を鋭く刺す痛みが走った。



(すまない、リリア。だが、こうでも言わないと……俺は気が狂いそうだ)



キールの真っ直ぐな眼差し、リリアの震えた瞳。

そのすべてが、バルドを“闇”から何度も引き戻す。


戦いの最中、その揺らぎは致命的(ちめいてき)だった。

キールの攻撃をまともに受け、地面へ叩きつけられる。


肺が(つぶ)れそうな衝撃とともに、心の奥がぐしゃりと音を立てたように感じた。



(クッソ……俺は結局、何も(つらぬ)けないのか。

 光に寄っても、闇に落ちても、どこかで影のように揺らいでしまう。

奪う前に奪ってしまいたいのに……。どうして――どうして心は死んでくれないんだ)



たった一人で立ちたいだけだった。


誰にも踏みにじられたくなかった。


強くなりたかった。


なのに心だけが、何度押し殺しても息を吹き返す。


それでも口は、冷たく(ゆが)んでいた。



「お前らの力は、いつか必ず自分の手で大切なものを壊す。特に、リリアお前だ...」



その声は氷のように冷たいはずなのに、どこか震えていた。

まるで、自分自身に向けた呪いのように。


その冷たい言葉に、キールは一歩も引かずに真正面から言い返す。



「そんな理不尽、僕が止める」



強がりでも、虚勢(きょせい)でもなくただまっすぐに、誰かを救おうとする声。

バルドは目をわずかに見開く。


胸の奥に、ほんの少し安堵(あんど)が灯った。



(あぁ、また俺は逃げようとしてる。それでも、こいつなら俺じゃ守れなかったリリアを守ってくれるかもしれない。俺みたいに壊すんじゃなくて、ちゃんと……。でも、もしそれすらできなかったら……今度こそ俺が)



自分は奪うことしか知らない。

奪われる前に奪う、それだけで生きてきた。

だがキールは傷だらけのくせに、誰かを救おうとする。

自分が捨ててきたものを、まだ大事に持ち続けている。



「次は敵じゃないといいな」



バルドは不敵な笑みを浮かべて、まるで何かを(たく)すように影の中へ消えていった。



その胸の奥で、長い間燃え続けていた憎しみの炎が、別の色へと変質していくのを感じる。



(この巨大な闇を断ち切り、父も(ほうむ)ることができれば。

 俺を(しば)り続けてきた影も、ようやく消えてくれるかもしれない。そして――)



リリアとキールの姿が浮かび、奇妙な光が胸を刺す。


バルド自身は気づいていなかった。


その刃が向かう先はすでに“自分のためだけ”ではなくなっていたことに。


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