表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
69/98

第67話『ファントム・ナイト』



2028年──バルドが25歳の時 



バルドは影をまとい、レアマシーの夜を歩く黒い亡霊(ぼうれい)になっていた。


バルドが狙うのは決まって自分の人生を壊した上流階級じょうりゅうかいきゅうの人間。


奪い、(しいた)げ、搾取(さくしゅ)し、自分の快楽だけを求めて生きている者たち。




ある日の深夜



「貴様!! 誰に手を出したと思っているんだ!!」



はげ上がった頭を汗で光らせ、(あぶら)ぎった皮膚(ひふ)にシミを浮かべた男が怒鳴(どな)る。

机には、横領(おうりょう)でかき集めた札束、金塊(きんかい)、宝石が山のように積まれていた。



「お前にこれは必要ない。 自分の腹の肉で食べとけ」



その瞬間、男の足元がぐにゃりと黒く沈む。

影が男の足を(つか)み、腰まで飲み込んだ。



「ひっ、いやだ……やめ……」



バルドは無感情に男を見て、影が音もなく閉じて消える。



「お前に助けを求めた奴に()びながら死んでいけ」





翌朝 スラム地区



朝の陽光(ようこう)の下、ぼろぼろの路地に大量の金と食料が置かれていた。



「ファントム・ナイト様じゃ……!」



「これで子供たちが食える。ありがたい」



人々は泣いて喜んでいた。

ビルの屋上からバルドは、風影の中でその光景を見下ろす。

そして、虚空(こくう)の一点をずっと見つめたまま、ぼそりと言った。



「次のクソをぶっ潰さないと」





その日の夜



「どうかそれだけは嫌っ!」



細い路地(ろじ)で、女の悲鳴が反響していた。



「いいから脱げ!!お前の匂いを()ぎたいんだよ」



舌をだして、女を壁に押しつける男。

その背後から黒い影の手が伸びる。



「……っ!?」



男は突然空中に引き上げられ、壁へ、地面へ、天井へと影の腕に振り回される。


バキッ。ゴンッ。グシャッ。


骨の折れ、肉の(つぶ)れる音が響いた。

女は震えながら見ている。

バルドは近づき、無表情で言った。



「……さっさと逃げろ。お前に興味はない」



女は涙を(にじ)ませ、震えた声で礼を言い走り去る。

バルドは倒れた男に吐き捨てるように言った。



「クソ豚が」




金と食糧(しょくりょう)をスラムに落としていく“汚れを祓う影の騎士”(ファントムナイト)がいると噂が広がる。



だが同時に、バルドは窃盗(せっとう)や武器売買、麻薬にも加担(かたん)した。



金のためでも、正義のためでもない。

ただ──「なにも感じなくなる瞬間」が欲しかっただけだった。



バルドの中で、ただ暴力の中だけが、唯一の“逃げ場所”だったのかもしれない。




ある日の誰にも見つからないはずの地下のアジト。

バルドが帰宅すると、カン、と音が聞こえ、背後で空気が裂けた。



「誰だ!!」



振り返りざま、(あか)りをつけた瞬間、そこに立っていたのはゾディア、ルビル、チフカの三人だった。


かつて地獄の元凶だった三人を見て、バルドは顔色一つ変えずに言う。



「お前ら、なんでここに」



ルビルが、勝ち誇ったように(あご)を上げた。



「あんたが“余計なこと”しまくったからでしょ?

 あたしが関わってる麻薬ルートを辿(たど)ったらやっと、あんたを見つけられたわ」



その言い方に、バルドの瞳が鋭く光る。



「何の話だよ。意味がわからないな」



チフカが吐き捨てるように言った。



「トボけないでよ!! 上流階級を恐怖に染めてるのは、あんたでしょ!?」



ゾディアの顔は怒りで真っ赤で息は荒く、目が血走っている。



「お前のせいで俺たちの会社は(かたむ)いたんだ!! 生きてること自体が迷惑なんだよ!!」



バルドは腹を抱えて笑い出した。



「ハハ……ハハハハ!! 会社が危ないのは“俺”のせい? お前らが能無しだからだろ!? 汚い裏取引しねぇと立場が(たも)てない程の無能っぷり。自力でどうにかすることを考えろ、七光りどもが」



三兄妹の顔色が一斉に変わり図星を刺され、怒りで震えている。

ゾディアが震える声で叫んだ。



「だから殺しに来た!! 父上の合意のもとでな!!!」



その言葉は、バルドの中の何かを凍らせる。

その一瞬の(すき)を、ルビルとチフカは見逃さなかった。



「いまだ!!」



スタンガンが脇腹(わきばら)と背中に押し当てられる。



「っぐ……!! くそ……!」



電流が走り、バルドのひざが落ちた。

ゾディアはその(すき)に鈍器を持ち、狂ったように振り上げる。



「死ねぇぇぇぇ!!!」



バルドの身体が、反射的に影へと溶けた。

ゾディアの鈍器(どんき)は空を切り――後方に立っていたチフカの顔面に直撃(ちょくげき)する。



――グシャ。



肉が(つぶ)れる重い音。



壁に赤い飛沫(ひまつ)が飛び散り、チフカの身体がゆっくり崩れ落ちた。

ルビルは喉の奥から悲鳴をあげる。



「いや……いやぁ……! 私、何も知らない!!」



ゾディアは膝をつき、震える手で鈍器を落とした。



「ち、違う……ちが…… 俺じゃない!! 俺じゃない!!」



床には原型を失った顔から血が広がり、肉片が転がっていた。

バルドはゆっくりと立ち上がり、ゾディアとルビルを見下ろす。



「お前ら、どこまで(くさ)ってんだ」



その声は怒りでも憎悪でもない、ただの(あき)れだった。

もうこの一族に、人の形をしたものはひとりもいない。


ゾディアとルビルは腰を抜かし、震えたまま床に崩れ落ちている。

(よろい)のように誇っていた力も威厳(いげん)も消え失せ、ただ情けなく泣きじゃくるだけの存在に成り果てていた。


そのみっともない姿を見て、バルドは思わず鼻で笑う。



威勢(いせい)だけは一丁前だったくせに、これかよ」



バルドは影をまとい、静かにその場を去った。




そして数日後、バルドは驚愕(きょうがく)した目でテレビの画面を見つめていた。


そこには父であるオーリア・ハールメスがけわしい表情で言う。



「今回、我が娘を殺した犯人はバルドと名乗る犯罪者である」



その一言で、バルドの胸に熱い鉄の(くい)が打ち込まれたようだった。

画面の向こうのオーリアは、まるで善人のような口調で続ける。



「彼はかつて画家として成功していたが、私の子の“恋人”にまで手を出し、

 これまでも何かと我々を邪魔してきたがついに、我が子を殺すなど許しがたい」



画面の(はし)で、ゾディアとルビルが悲劇の主人公のような顔で泣いていた。



バルドの影は、その黒をさらに(にご)らせ、深く沈んでいく。



(こいつらはいつまで俺の人生を壊す気なんだ? 今度は殺人の罪まで着せるなら奪われる前に――)



「全員殺してやる……」



どれだけ逃げても、どれだけ関わらないようにしても、奴らは必ず追ってくる。

バルドの目的は変わり、尊厳(そんげん)を守るためでも、上流階級への復讐(ふくしゅう)のためでもない。



“奪われる前に奪う”それが 生存本能になった。



自分の命を守るためには、自分が先に殺すしかない。





そして――2029年



バルドは1年間、ゾディアとルビルの行方を追い続けるが、消えたように痕跡(こんせき)がなかった。

焦りと苛立(いらだ)ちは()き出しの刃のように心を(けず)っていた。



そんなある夜。



「父を殺す」という一点を胸に、バルドはハールメス邸に忍び込む。


しかしバルドは、父がモニター越しに”声しか聞こえない人物”とUMHにまつわる計画を盗み聞きしてしまう。


人工UMH、クローン研究、謎の取引、そして、洗脳ができる少女による全UMHの掌握(しょうあく)


そこには一家と個人ではなく、巨大な陰謀(いんぼう)の影があった。


バルドは息を呑む。



(一体何を(たくら)んでるんだ。これは親父を殺しても、止まる話じゃない)



巨大で、もっと邪悪な“何か”が、世界ごと裏返そうとしている。



(親父のことは後で殺せる。この危険な計画を放っておけば必ず奪われる。俺の自由も、未来も、全部――)



そして、その歯車の中心にひとりの少女の名があった。




――有川莉々ありかわりりあ




胸の奥のどろりとした影がざわめいく。

“生き残るために、先に奪わなければいけない相手”。



父殺しの炎は消えたわけではない。

ただ、もっと黒く、もっと深い影がその前に立ちはだかりバルドは、その少女を追う決意を固めた。



自分の命を守るため。二度と奪わせないために。

それがどんな相手だろうとも。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ