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バルコニー  作者: ソラ
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第20章:祭りへの誘いと、チョコレートの午後

朝の空気は静かで、まだ街は完全に目を覚ましていなかった。レイはコーヒーを片手に、カーテン越しに差し込む光を見つめていた。


昨日の夜の電話のことが、頭の中で何度もリプレイされていた。

あの声のトーン、沈黙、そして最後の "またな"。


(……説明、すべきだったか?)


長いため息をついて、レイはゆっくりと体を起こした。

シャワーを浴び、シャツを着替えたあと、何か決心したようにポケットにスマートフォンを入れる。


「……行くか。」


アオイの部屋の前に立ち、数秒だけ深呼吸をしてから、レイはチャイムを押した。


カチ、とドアが開く。

そこには、いつものように笑顔のアオイがいた。

だが、その目元にはうっすらと疲れと、ほんの少しの影が見えた。


「……よう。」


「……やっほー、レイさん。どうしたの?」


その笑顔が、いつものように明るすぎて、逆に不自然だった。


レイは眉をひそめて言った。


「……なんだよ、その変な作り笑いは。」


「えーっ、第一声がそれ? ほんと失礼な人!」


「で、どうした?」


「ふふん、じゃあ何しに来たの?」


「……歓迎されてない感じか?」


「どうだろ?」


レイは少し笑って、ポケットからチラシを取り出した。


「今週末、夏祭りがあるらしい。行かないか?」


アオイの表情が一瞬驚きに変わった。


「……でも、私、浴衣持ってないよ?」


「じゃあ、買いに行こう。俺も持ってないし。」


「え、い、いいの?そんな……」


「奢りだ。断られる理由はない。」


「……はぁ、仕方ないなぁ。じゃあ、5分だけ待ってて。」


準備を終えたアオイがドアから現れると、レイは思わず息を呑んだ。


「……かわいい。」


「ん? 今何か言った?」


「いや、別に……何も。」


「ふーん?」


「行くぞ。買い物、終わらせよう。」


駅前の商店街を回り、何軒か浴衣屋を巡ったあと、ようやくふたりは納得のいく一着を見つけた。


アオイの浴衣は、白地に桜の花びらが舞う繊細なデザイン。

レイの選んだのは、落ち着いたグレーに藍色のラインが入ったものだった。


買い物を終えた帰り道、ふたりは公園を通り抜けた。

木陰のベンチのそばに、移動式のアイスクリーム屋が停まっていた。


「食べてくか?」


「うん、久しぶりに。」


「味は?」


「チョコレートで。」


レイはふたり分を買い、ベンチに戻ってアオイに手渡す。

自分も隣に腰を下ろした。


「……夏祭り、何年ぶりかなぁ。」


「俺は行ったことほとんどない。妹に無理やり連れて行かれてたくらい。」


「ふふ、それちょっと見てみたいかも。」


少し沈黙が流れる。

アオイはアイスをなめながら、ふとレイの横顔を見つめた。


そして、昨日の電話のことが頭をよぎる。


(……あの女の人、誰だったんだろう。)


レイが視線に気づいて、振り向く。


「……ん? どうかしたか?」


アオイはとっさに目を逸らして、頬をぷくっと膨らませた。


「べっつにー。」


「嘘つけ、顔に出てるぞ。」


「うるさいな……」


レイはため息をついて、ゆっくりとアオイの顔に指を伸ばした。


「……チョコついてる。」


彼の指が、唇の端に優しく触れて拭い取った。


その一瞬、アオイの心臓がドクンと跳ねた。


(……な、なに今の……)


だが、動揺を隠すように、あえて冗談を飛ばす。


「ちょっと、なに? いきなり触るなんて、変態?」


「お前な……」


レイは頭を抱えて笑った。


「アイスの拭き取りがセクハラか。冗談じゃねぇな。」


「まあ、場合によるかも?」


「はいはい、わかったわかった。もう帰るぞ。朝食作らなきゃいけないしな。」


ふたりはベンチを後にし、また静かな並木道を歩き始めた。

けれど、どちらの胸にも、確かに何かが残っていた。


次の週末、その何かが、少しずつ形を見せ始めることになる——。



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