第19章:届かない声
会社の朝。
いつものように出社したレイに、上司が声をかけた。
「おい、レイ。今週末、出張入った。例のクライアントとの契約詰めなきゃな。」
「了解しました。」
「お前と佐倉で行ってこい。」
その名前を聞いた瞬間、微かにため息が漏れた。
佐倉——部署のムードメーカーで、テンション高く、何かと距離が近いタイプの女。
レイとは真逆の性格だが、なぜか仕事の相性は悪くない。
「よろしくね、レイくーん」
いつも通りの調子。
レイは何も返さず、荷物をまとめた。
—
その夜、出張先のビジネスホテル。
契約内容の最終確認を済ませたあと、佐倉がソファに寝転びながら言った。
「疲れた〜。レイくん、今日くらい一緒に寝ようよ〜。」
「……は?」
冗談のつもりなのは分かってる。
けれど——そのタイミングだった。
スマートフォンが震えた。
画面には「アオイ」の名前。
少し驚きながら、通話を取る。
「はい、レイだ。」
「……あの、リ……リさんですか?」
「他に誰だよ。俺が番号渡したろ。」
その瞬間——背後から聞こえた、佐倉の大きな声。
「ねぇレイ、こっち来て〜。もう寝ようよ〜!」
一瞬で、空気が凍った気がした。
レイはすぐにマイクをミュートにして振り返った。
「お前な……ふざけてんなら、言い方考えろ。」
「え?もしかして通話中?彼女?」
「……いや、違う。けど……俺が好きになった人だ。」
佐倉が目を丸くして笑った。
「へぇー……レイくんって、意外とロマンチストじゃん。見直した。」
その時、佐倉のスマホが鳴る。
「やば、クライアントからだ!行かなきゃ!」
レイはうなずいて、自分のスマホのミュートを解除する。
「……じゃあ、またな。元気で。」
それだけ言って、通話を切った。
説明は——しなかった。
—
スマホの画面を見つめながら、アオイは動けなかった。
耳に残っていたのは、あの女の声。
「ねぇレイ、寝ようよ〜。」
指が少し震えた。
通話が切れたあとも、しばらく動けずにいた。
「……なんで……」
小さな声がこぼれた。
「私は……彼女でも、なんでもないのに……」
目の奥が熱い。
気づけば、頬を一筋の涙が伝っていた。
「……なんで、泣いてるの……私……」
「そんな立場じゃないのに……好きだなんて……言われただけで……」
言葉にならない感情が、胸の奥を締めつけた。
その夜、ベランダにはレイの声も、煙草の匂いもなかった。
ただ静かに、アオイの心が泣いていた。




