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第46話:因縁の決勝戦へ〜データか心か、最強の敵と響くエール〜

親友・姫野くるみとのコンマ数秒を争う壮絶な死闘を制し、激甘特大パフェの関門を見事に突破したシルフィリア。

だが、その余韻に浸る暇など、この過酷なトーナメントには用意されていなかった。


「さあ……! 皆様、長きに渡ったこの『全日本大食いチャンピオンシップ』も、いよいよ、いよいよ次が最後の戦いとなります!!」

東京ビッグサイトを埋め尽くす一万人の観客の熱狂が渦巻く中、熱血実況MC・陣内拓海の、枯れんばかりの絶叫がアリーナ全体に響き渡った。

「過酷な予選、そして地獄のトライアスロン、歴戦の猛者たちとのトーナメントを勝ち抜き……今、この日本最強を決める頂上のステージに、二人の怪物が歩みを進めました!」


会場の照明が落とされ、ステージの左右から、二本の強烈なピンスポットライトが交差するように放たれる。


「まずはステージ右側! 彼女の辞書に『限界』という言葉は存在するのか!? 異世界から舞い降りた(という設定の)美しき大食いエルフ! 圧倒的な食への愛と、魔力のような黄金のオーラで数々の強敵を飲み込んできた無敗の超新星! エルフちゃんねる・『シルフィリア』ァァァァッ!!」

ワァァァァァァァァァァァァッ!!

地鳴りのような大歓声と、「エルフちゃーん!」「最後まで美味しく食べてね!」という温かい声援がアリーナを包み込む。

緑色のファンタジー風ワンピースに身を包んだシルフィリアは、くるみとの激闘の疲れを微塵も感じさせない、透き通るような極上の笑顔で、観客席に向かって大きく両手を振った。


「そして……ステージ左側!!」

陣内の声が、一段と低く、凄みを増す。

「逆ブロックを、誰よりも速く、誰よりも冷酷に、無表情のまま蹂躙し尽くしてきた戦慄のダークホース! 彼女の胃袋は精密機械か、はたまた底なしのブラックホールか! 株式会社玄海物産・経理部所属! 感情なき暴食のOL、『四宮凛子しのみや りんこ』ォォォォッ!!」


歓声というよりも、ある種の畏怖の入り混じったどよめきが、会場を支配した。

スポットライトに照らし出された四宮凛子は、グレーの事務服に身を包み、髪の毛一本乱れていなかった。

彼女は、逆ブロックの準決勝で出された『特大激辛麻婆豆腐』を、水すら一切飲まず、汗一滴かくことなく、スマートフォンのExcel画面をスクロールさせながら淡々と処理してきたのだ。

その姿は、フードファイターというよりも、工場で稼働する冷徹な産業用ロボットそのものであった。


ステージの中央。

決勝戦のために用意された、巨大な長テーブルを挟んで、シルフィリアと四宮凛子が向かい合った。

中国地方の山奥にある町中華『黄龍亭』で、非公式の野試合を行って以来の、因縁の再会。


「……四宮凛子殿」

シルフィリアは、笑顔をスッと消し、真っ直ぐに凛子の目を見据えた。

「あの日、私はあなたに敗北しました。お料理を残してしまうという、エルフとして、そして食を愛する者として、最大の屈辱を味わいました。……私は、今日この舞台であなたにリベンジするために、ここまで勝ち上がってきたのです」

シルフィの声は、決して声を荒げているわけではない。しかし、その内側には、燃えたぎるような静かな闘志が秘められていた。


しかし、凛子は黒縁メガネの位置を中指でクイッと押し上げ、まるで路傍の石を見るかのような無機質な視線をシルフィに向けた。

「リベンジ、ですか。……非合理的な感情ですね」

凛子は、左手に持ったスマートフォンをテーブルに置き、淡々と告げた。

「先ほどの準決勝、あなたの食事データをモニタリングさせてもらいました。確かに、以前の野試合の時よりも『魔力変換』という特異体質の制御は向上している。ペース配分を覚え、無駄な暴走を抑えることで、タンクの飽和を先延ばしにする技術を身につけたようですね」


「……」

シルフィは黙って凛子の言葉を聞いていた。

「ですが、無駄な努力です」

凛子の声が、氷のように冷たく響く。

「私の計算とデータ予測では、決勝戦で出される食材の総重量は、間違いなく『十キログラム』を超えます。あなたがいくらペースを制御しようとも、十キロという絶対的な質量の前では、必ずあなたの体内のタンクは飽和し、システムが強制終了する。……黄龍亭で九キロ地点でフリーズした、あの時と同じように」


凛子は、感情の欠片もない瞳で、シルフィに死刑宣告を下した。

「あなたは、ここで限界を迎えます。データに基づき宣告しましょう。……あなたが私に勝つ確率は、〇パーセントです」


〇パーセント。

その絶対的な数字を突きつけられ、ステージ袖でカメラを回していた篠原結衣は、ギリッと奥歯を噛み締めた。

(この機械女……! どこまでもシルフィの心を折ろうとして……!)


だが。

シルフィリアは、凛子の宣告を聞いても、微塵も動揺することはなかった。

むしろ、彼女の顔には、ふわりと、いつものような温かく、包み込むような微笑みが戻っていた。


「……凛子殿。あなたは、すべてをデータという数字で測ろうとします。私の胃袋の容量も、限界も、すべて頭の中で計算して、分かった気になっている」

シルフィは、自分の胸――心臓のある場所を、両手でそっと押さえた。

「ですが、私はこの数ヶ月の特訓で、大切なことを学びました。……ご飯は、データで食べるものではありません」


シルフィの碧眼に、黄金色の強い光が宿る。

「ご飯は、心(愛)で食べるものなのです!」

シルフィの凛とした声が、マイクを通して一万人のアリーナに響き渡った。

「美味しいと感じる心! 作ってくれた方への感謝! 命への敬意! それらの感情は、決して処理を遅らせる『ノイズ』などではありません。限界という名の壁をぶち破り、胃袋の奥の扉をさらに大きく開け放つための、最強の『鍵』なのです!!」


シルフィの言葉は、熱を持っていた。

食を単なるカロリーの摂取、タスクとして処理する凛子のイデオロギーに対する、真っ向からの否定。

食を愛する者としての、誇り高き宣戦布告であった。


「……理解不能ですね。感情で胃袋の物理的キャパシティが拡張するなど、オカルトでしかありません」

凛子は、つまらなそうに目を伏せた。

「ならば、その非科学的な精神論が、私の完璧なデータ処理の前にいかに無力であるか……この決勝戦で、完全に証明して差し上げましょう」


バチバチと、目に見えない火花が二人の間に散る。

会場のボルテージは、すでに限界を突破し、ちぎれんばかりの歓声がうねりとなってステージに押し寄せていた。


「シルフィィィィィィッ!!」

その時。

観客席の最前列のフェンスから、身を乗り出すようにして叫ぶ、篠原結衣の声が響いた。

「負けないで! あんたの『美味しい』って笑顔が、最強の武器なんだから! いつものように、世界で一番美味しそうに、全部食べ尽くしてやりなさい!!」


「結衣殿……!」

シルフィが嬉しそうに結衣の方を向く。

すると、結衣の隣に、見慣れた初老の男性が、息を切らしながら駆け込んでくるのが見えた。

頭にねじり鉢巻を巻き、白い割烹着姿のままの頑固オヤジ。

シルフィが現代日本にやってきて、初めてのご飯(唐揚げ定食)を食べさせてくれた原点の定食屋『満腹亭』の店主、ゲンさんであった。


「ゲンさん殿!!」

シルフィが驚いて声を上げる。

「ハァッ……ハァッ……。間に合ったか……!」

ゲンさんは、額の汗をタオルで拭いながら、フェンス越しにシルフィに向かって満面の笑みを見せた。

「店閉めて、タクシーすっ飛ばしてきちゃったよ! うちの看板娘が日本一になる瞬間を、テレビなんかで見てられるかってんだ!」


「ゲンさん……お店の営業中だったのに……」

結衣が涙ぐみながら言うと、ゲンさんはバンッと自分の胸を叩いた。

「いいか嬢ちゃん!! 俺はな、あんたがこの国で初めて白米を食った時の、あの美味そうな顔を誰よりも知ってるんだ! あんたの胃袋は、誰よりも純粋で、誰よりも食い意地が張ってんだよ!」

ゲンさんの野太い声が、アリーナの喧騒を切り裂いてシルフィに届く。

「相手が機械だろうがバケモノだろうが関係ねぇ! あんたなら絶対に食い切れる! お前ならいける!! 思いっきり、楽しんでこい!!」


「お前ならいける!!」

結衣とゲンさんが、二人がかりでフェンスから身を乗り出し、シルフィに向かって最大の声援を送った。

その声は、アリーナの観客たちにも伝播し、いつしか会場全体から「シルフィ!」「いけるぞエルフちゃん!」という大合唱へと変わっていった。


「結衣殿……ゲンさん殿……。そして、応援してくださる皆様……!」

シルフィの碧眼から、一粒の温かい涙がこぼれ落ちた。

孤独ではない。

異世界から一人迷い込んできた自分には、こんなにも温かく見守ってくれる仲間がいる。自分の「食への愛」を信じ、肯定してくれる人たちがいる。

シルフィの体内で、マナ・クラフター(魔力変換器官)が、これまでにないほど力強く、そして穏やかに脈動を始めた。

黄金色の魔力のオーラが、彼女の身体を優しく包み込み、これからの過酷な戦いに向けて、胃袋を完璧な状態へと整えていく。


「……ふん。外野がどれだけ騒ごうと、結果は変わりません」

凛子は、アリーナの大合唱を完全にシャットアウトし、右手のスプーンを握る準備を整えていた。


「さあ! 会場の熱気はすでに最高潮!!」

陣内拓海が、ステージの中央に歩み出た。

「これより、全日本大食いチャンピオンシップ・決勝戦! 因縁の二人による、頂上決戦の火蓋を切って落とします! 泣いても笑っても、これが最後の勝負!!」


ゴゴゴゴゴゴ……!!

重厚なモーター音と共に、ステージの奥から、数人がかりで押さなければならないほどの巨大なワゴンがゆっくりと前進してきた。

そのワゴンの上には、直径二メートルはあろうかという、とてつもなく巨大な銀色のフードカバー(クローシュ)が被せられている。

決勝戦の食材。

十キロを超えるであろう、絶望的な質量の正体が、その中にあるのだ。


「日本一の称号を懸けた、最後の食材! 運営が用意した、真の最強の胃袋を測るための究極のメニューとは何か!!」

陣内が、マイクを握りしめたまま、右手を高々と天に突き上げた。

「皆様、刮目せよ!! これが、決勝戦の舞台だぁぁぁぁぁぁっ!!」


ガチャンッ!!

スタッフたちが一斉にロックを外し、巨大な銀色のフードカバーが、ワイヤーでゆっくりと天井に向かって持ち上げられていく。


「おおおおおっ……!?」

シルフィリアが、息を呑んだ。

四宮凛子のメガネの奥の瞳が、微かにピクリと動いた。

結衣とゲンさんが、身を乗り出して目を凝らす。

一万人の観客が、固唾を飲んでステージの中央を凝視した。


フードカバーが完全に持ち上がり、そこから立ち上ったのは……猛烈な熱気を帯びた、真っ白な『湯気』であった。

そして、その湯気と共に会場いっぱいに広がったのは、日本人のDNAに直接語りかけてくるような、どこまでも甘く、優しく、そして強烈に食欲をそそる『あの香り』。


「な、なんてことだ……!!」

陣内の絶叫が、アリーナに響き渡る。

「決勝戦の食材は、まさか、まさかの原点回帰!! これは、我々日本人にとっての魂の食べ物だぁぁぁっ!!」


湯気が晴れたステージの中央。

シルフィリアの目の前には、彼女がこの現代日本にやってきて、初めてその味に感動し、YouTuberとしての道を歩み始めるきっかけとなった『ある光景』が広がっていた。


「……ああっ!」

シルフィリアの顔に、今日一番の、いや、この世界に来てから最高に輝く、極上の至福の笑顔が弾けた。

それは、ただの食べ物ではない。

彼女のすべてが始まった、愛してやまない最高の御馳走の山であった。


データと感情、相反する二つの胃袋が激突する、因縁の決勝戦。

最強の敵・四宮凛子を前に、シルフィリアの無限の胃袋が、いよいよ真の覚醒の時を迎えようとしていた。

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