第47話:原点回帰! 白米と無限おかずバイキング〜輝く銀シャリと魂のおかずたち〜
巨大な銀色のフードカバーがゆっくりとワイヤーで天井へと引き上げられ、もうもうたる湯気がステージの中央から晴れていく。
そこから現れた光景に、東京ビッグサイトを埋め尽くす一万人の観客は、文字通り息を呑み、そして次の瞬間には割れんばかりの大歓声を爆発させた。
「見よぉぉぉぉぉっ!! これぞ我ら日本人の魂! DNAに直接刻み込まれた、究極の食卓の完成形だぁぁぁっ!!」
実況の陣内拓海が、興奮のあまりマイクを握りしめたまま大きくのけぞって絶叫した。
「決勝戦の食材は! 直径一メートルに及ぶ巨大な特注の秋田杉の『おひつ』にたっぷりと詰め込まれた、炊きたての【白米】! そして……その周囲を取り囲むのは、揚げたての【鶏の唐揚げ】、新鮮な【生卵】、真っ赤な【明太子】をはじめとする、【無限のおかずバイキング】だぁぁぁぁぁっ!!」
ステージの中央、シルフィリアと四宮凛子の間に鎮座していたのは、まさに夢のような光景であった。
巨大なおひつの蓋が開けられると、中からは真珠のようにツヤツヤと輝き、ふっくらと立ち上がった『銀シャリ』が、甘い湯気と共に顔を出した。最高級のブランド米を、巨大なガス釜で一気に炊き上げた、まさに米の芸術品。
そして、そのおひつを円陣のように取り囲む巨大な銀盆たち。
一つ目の盆には、大人の拳ほどもある特大の鶏の唐揚げが、キツネ色の衣をまとい、ジュージューと熱い油の音を立てて山積みになっている。
二つ目の盆には、殻を割れば濃厚なオレンジ色の黄身が飛び出してくるであろう、最高級のブランド生卵が山のように盛られている。
さらに、脂の乗った厚切りの焼き鮭、ピリッとした辛味が食欲をそそる大ぶりの明太子、ネギトロ、納豆、海苔、そして熱々の豚汁が入った巨大な寸胴鍋。
高級フレンチでも、豪華な海鮮丼でもない。
それは、日本のどこにでもある、しかし誰にとっても「最高にご飯が進む」原点の味。
「……ああっ!」
シルフィリアの顔に、今日一番の、いや、この現代日本に迷い込んでから一番の、極上の至福の笑顔が弾けた。
彼女の碧眼から、キラキラと感動の涙がこぼれ落ちそうになっている。
「結衣殿! ゲンさん殿!」
シルフィは、観客席の最前列でフェンスから身を乗り出している二人に向かって、大きく手を振った。
「これ、私が初めてこの世界でいただいた、あの時の『ご馳走』と同じです!」
そうだ。
異世界の森から現代日本の公園に落ちてきて、空腹で行き倒れていた時に、結衣から恵んでもらったシャケ弁の『白米』。
そしてその翌日、定食屋『満腹亭』で、ゲンさんが作ってくれたマンガ盛りのご飯と『唐揚げ』。
エルフの少女が、現代日本の食文化に触れ、YouTuberとして大食いの道を歩み始めるきっかけとなった、彼女のすべての『原点』。
「なんて素晴らしい計らいでしょうか……。大会運営の皆様、神々、そしてこの国のお米と命に、心からの感謝を捧げます!」
シルフィは、両手を胸の前で合わせ、深く、長く祈りを捧げた。
「シルフィ……!」
結衣は、カメラを回しながら、こらえきれずに涙をポロポロと流した。
「最高じゃない……! あんたが一番美味しく食べられる、最高のご飯よ! 思いっきり、胃袋の底まで味わい尽くしてきなさい!」
「おうよ! 日本の白米の力、あの機械女に見せつけてやれぇっ!!」
ゲンさんも、割烹着の袖を振り回して大声でエールを送る。
一方、対角線上に立つ四宮凛子は、その感動的な光景を前にしても、メガネの奥の瞳を微塵も揺らすことはなかった。
「……原点回帰、ですか。陳腐な演出ですね」
凛子は、左手のスマートフォンに、瞬時に食材のデータを入力していく。
「白米という単一の炭水化物の巨大質量。それに付随する、高タンパク・高脂質の鶏肉の揚げ物と、高塩分の魚卵など。……実にシンプルで、計算がしやすい。余計な味覚の変動や、温度の極端な落差がない分、トライアスロンよりも遥かに処理が容易です」
凛子にとって、白米は「グラムあたり約一・五キロカロリーの質量」、唐揚げは「グラムあたり約三キロカロリーの脂質の塊」でしかない。
「シルフィリア。あなたがどれだけ感情を爆発させようと、十キロという絶対的な重量の壁を前に、あなたのシステムは必ず破綻する。……業務、最終フェーズを開始します」
冷徹な計算を終えた凛子が、スプーンと箸を両手に構える。
シルフィリアも、祈りを終え、自分の顔よりも大きな特大の丼を手に取った。
「ルールは至ってシンプル! 制限時間は六十分! この巨大なおひつと、おかずバイキングから、己の限界まで盛り付け、ひたすらに喰らうのみ! 終了のブザーが鳴った時点で、食べた総重量が重かった方の優勝となります!!」
陣内が、高々と右手を振り上げた。
「日本一の称号を懸けた、最後の晩餐! レディィィ……ゴーォォォォォッ!!」
ゴォォォォォォンッ!!
アリーナを震わせる銅鑼の音と共に、決勝戦の火蓋が切って落とされた。
「いただきますっ!!」
シルフィは、巨大なしゃもじを握りしめ、おひつの中から湯気を立てる銀シャリを、自らの特大丼に山のように盛り付けた。
そして、おかずには目もくれず、まずは白米だけを箸で大きくすくい上げ、口の中へと放り込んだ。
「っっっ!!!」
咀嚼した瞬間、シルフィの脳髄を、強烈な感動が突き抜けた。
「あまい……! 甘いですぅぅっ!!」
シルフィの歓喜の絶叫が、マイクを通して一万人の観客の耳に届く。
「一粒一粒が、まるでお口の中で踊っているかのようです! 噛みしめるたびに、お米の芯からじんわりと、どこまでも優しく、力強いデンプンの甘みが溢れ出してきます! どんな高級なお肉や、華やかなケーキにも負けない、これぞ大地の恵みの結晶! 白米だけで、無限に食べ続けられそうです!!」
シルフィは、顔をくしゃくしゃにして至福の笑顔を浮かべながら、猛烈な勢いで白米をかきこんでいく。
ハフハフと湯気を吐き出しながら、純白の米粒を胃袋というブラックホールに転送していくその姿は、見ている者すべての腹の虫を強制的に鳴らさせるほどの、圧倒的な『メシウマ』の引力を持っていた。
「そして! この白きキャンバスに、黄金の彩りを加えます!!」
シルフィは、丼の半分を空にすると、すぐさまバイキングの盆から、大ぶりの鶏の唐揚げを三つ、ご飯の上にドカンドカンと乗せた。
大きな口を開け、キツネ色に揚がった衣に豪快にかじりつく。
――ザクッ!! ジュワァァァァッ!!
アリーナの高性能マイクが、唐揚げの衣が弾ける軽快な音と、中から肉汁が溢れ出す音を見事に拾い上げた。
「うおおおおおっ!! 熱い! そして、凄まじいお肉の旨味です!」
シルフィの碧眼に、星が飛ぶ。
「カリッカリに香ばしく揚がった衣を突き破ると、中からニンニクとお醤油の特製ダレにしっかりと漬け込まれた、鶏もも肉の強烈な肉汁がナイアガラの滝のように溢れ出してきます! そして……!」
シルフィは、唐揚げを口に入れたまま、すぐさま白米をかきこんだ。
「その濃厚な肉汁と油を、白米がすべて受け止め、一滴残らず包み込んでくれるのです!! 唐揚げ、白米、唐揚げ、白米! この往復運動は、宇宙の真理! 絶対に止まることのない永久機関です!!」
ガツガツガツッ!と、シルフィの箸が残像を残すほどのスピードで動き続ける。
「す、凄まじい食べっぷりだぁぁっ!!」
陣内が実況席で立ち上がり、唾を飛ばしながら叫ぶ。
「シルフィリア選手、これまでのどの試合いよりも速い! そして何よりも、とてつもなく美味しそうだ!! 見ているだけで、私の胃袋も猛烈に白米と唐揚げを欲してしまっているぅぅっ!」
一方、対角線上に立つ四宮凛子もまた、恐るべきスピードで白米を消費していた。
カチャリ。スッ。ゴクリ。
彼女は、大きなどんぶりに白米と唐揚げを盛り付けると、相変わらず左手でスマートフォンの画面を操作しながら、右手一本で、機械のように正確なリズムで口へと運んでいる。
(……白米の咀嚼回数、十五回。唐揚げの脂質による胃の負担を考慮し、白米三に対しタンパク質一の黄金比で摂取。消化酵素の分泌、正常。現在の処理速度、毎分二百五十グラム。……このペースを維持すれば、完食タイム内に十二キロの摂取が可能。私の勝利は揺るぎません)
凛子の表情には、美味しさも、焦りも、疲労も一切浮かんでいない。
シルフィのような熱狂的な食レポもなければ、歓喜の笑顔もない。ただひたすらに、目の前の炭水化物とタンパク質を胃袋という処理層へと送り込み続ける、完全なる暴食のメトロノーム。
「凛子選手も全くペースを崩さない! 無表情のまま、すでに三キロの白米とおかずを平らげているぅっ! まさに機械! 人間離れした正確無比の処理能力だぁっ!」
試合は中盤戦へと突入し、シルフィの『無限おかずバイキング』の真骨頂が発揮され始めた。
「次は、黄金の泉(生卵)を解放します!」
シルフィは、新たにおひつから山盛りの白米を盛り付けると、中央に窪みを作り、そこにブランド生卵をパカッと割り入れた。
濃厚なオレンジ色の黄身が、純白のご飯の上に鎮座する。そこに、特製の出汁醤油をツーッと垂らす。
「いきます! 卵かけご飯、T・K・Gです!!」
箸で黄身を崩し、白米と一気に混ぜ合わせる。黄金色に染まったご飯を、丼に口をつけて豪快に啜り上げる。
ズルズルズルッ!!
「んん〜っ!! まろやかです! 濃厚な卵の黄身がお米一粒一粒を優しくコーティングし、お出汁の効いたお醤油が全体の味をピシッと引き締めています! 唐揚げの油で少し重くなったお口の中を、この卵の滑らかさが一瞬にして洗い流して、リセットしてくれます!」
間髪入れず、シルフィは真っ赤な明太子をご飯の上に乗せる。
「さらに、この赤い海の宝石(明太子)!」
パクリと一口。
「プチプチとした魚卵の食感と共に、唐辛子の鮮烈な辛さと、昆布のお出汁の旨味が弾け飛びます! この一切れだけで、お茶碗一杯の白米が瞬時に消滅する恐ろしい魔法のアイテムです!」
明太子、焼き鮭、ネギトロ、納豆。
日本人が愛してやまない「ご飯のお供」たちを次々と繰り出し、味覚を無限に変化させながら、シルフィは白米の山を次々と胃袋のブラックホールへと転送していく。
美味しいものを食べることで、彼女の体内のマナ・クラフター(魔力変換器官)は極限まで活性化し、黄金のオーラとなって彼女の全身から立ち上っていた。
「結衣殿! ゲンさん殿! 私、今、世界で一番幸せです!!」
シルフィは、ご飯粒をほっぺたにつけたまま、満面の笑顔で叫んだ。
「お腹はいっぱいになりそうですが、それでも、もっともっと食べたいという『食への愛』が、私の胃袋に無限の力を与えてくれています!」
「いけぇぇぇぇっ、シルフィ!! そのまま突っ走れぇぇっ!!」
結衣が、涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、フェンスを叩いて絶叫する。
しかし。
試合時間が四十分を経過し、両者の食べた総重量が、ついにあの『壁』に到達しようとしていた。
「おおおおおっとぉぉぉっ!! ここで、巨大モニターに表示された両者の摂取量が、とんでもない数字を叩き出しているぅぅっ!」
陣内の声が、恐怖すら混じったトーンに変わる。
「両者ともに……すでに『九キログラム』を突破!! 人間が摂取できる限界領域と言われる十キロの壁が、すぐ目の前に迫っているぅぅっ!!」
九キロ。
それは、黄龍亭でのカツカレー対決において、シルフィリアの魔力タンクが飽和し、体が完全にフリーズしてしまったトラウマの重量である。
そして、四宮凛子にとっての計算上の「エルフのシステムが破綻する絶対限界点」。
カチャリ、と。
凛子のレンゲの動きが、ほんの一瞬だけ止まった。
彼女は、メガネの奥の瞳で、向かいの席で満面の笑みで白米をかきこむシルフィを見据えた。
(……摂取カロリー、すでに私の想定した限界値に到達しているはず。なぜ、手が止まらない? なぜ、エラーを起こさない?)
凛子の完璧なデータ計算に、初めて微かなノイズが走る。
だが、シルフィの身体にも、確かに『限界』の兆候は現れ始めていた。
「うぅっ……」
シルフィの動きが、ほんの少しだけ鈍る。
どれだけ美味しく食べようと、どれだけ味を変えようと、九キログラムの物理的な質量と、そこから変換された莫大な魔力は、彼女の華奢な体内をパンパンに満たし、強烈な圧迫感を放ち始めていたのだ。
(お腹が……重いです。魔力が、行き場を失って溢れ出しそうになっています……)
シルフィは、どんぶりを持つ手を震わせながら、ポタポタと額から汗を落とした。
十キロの壁。
それは、エルフという種族の身体構造が持つ、絶対的なリミッター。
「……やはり、そこが限界ですね」
凛子が、氷のような声で宣告した。
「感情で一時的に処理能力を引き上げたとしても、物理的なタンクの容量は変えられない。私の計算は絶対です。……さあ、ここで終わりなさい、シルフィリア」
凛子は、ペースを微塵も崩すことなく、九・五キロ、九・六キロと、正確に重量を刻み続けていく。
「シルフィ……っ!」
結衣が、祈るように両手を握りしめた。
一万人の観客も、異変を察知し、息を呑んでステージを見つめている。
エルフの胃袋の底なし伝説は、やはりここでも、十キロという絶対の壁の前に散ってしまうのか。
感情を排除した機械の前に、食への愛は敗れ去るのか。
だが。
どんぶりを持ったまま俯いていたシルフィリアの顔に、諦めの色は一切なかった。
彼女は、フッと息を吐き出すと、どんぶりの中に残った、白く輝く銀シャリを一粒一粒、愛おしそうに見つめた。
(私は、負けません。この素晴らしいお米を残すなんて、絶対に嫌です。……タンクが満タンになったのなら。これ以上魔力が入らないのなら)
シルフィの碧眼が、カッ!と見開かれ、黄金色の強烈な光を放った。
(限界そのものを、ぶち破って広げればいいのです!!)
「いただきますぅぅぅぅぅぅっ!!」
シルフィリアの、魂の底からの咆哮が、東京ビッグサイトの巨大アリーナを激震させた。
その瞬間、エルフの限界を突破する、神々しくも圧倒的な『奇跡』が、一万人の観客と、四宮凛子の目の前で引き起こされることとなる。




