第31話:いざ全国へ! デカ盛りツアー開幕〜中古ミニバンと遠足気分のエルフ〜
大食い新人王決定戦での劇的な優勝から、一週間。
『エルフちゃんねる』を取り巻く熱狂は、冷めるどころか、まるで油を注がれた炎のように燃え上がっていた。
シルフィリアがステーキ十五枚を平らげ、神々しいまでのオーラ(魔力)を放ちながら優勝を決めたあの動画は、瞬く間にネット上のあらゆるプラットフォームで拡散された。
「美人すぎる大食いモンスター」「エルフの胃袋はブラックホール」「最後の一粒まで残さない天使」といった見出しがネットニュースを踊り、なんとチャンネル登録者数は九十万人を突破。夢のミリオン(百万人)の大台が、いよいよ現実の目標として見え始めていた。
篠原結衣の暮らすボロアパートの一室。
だが、その部屋の空気は、大成功を収めたYouTuberのそれとは思えないほど、どこか生活感と切迫感に満ちていた。
「……はぁ。登録者が増えるのは嬉しいんだけど、やっぱりお財布のヒモは引き締めないとね」
結衣はちゃぶ台の上で家計簿のアプリを睨みながら、深いため息をついた。
大会の優勝賞金として獲得した夢の百万円。
しかし、そのほとんどは、大会終了直後に銀座の超高級寿司店『鮨・久兵衛』にて、シルフィリアの無慈悲なまでの食欲(主に大トロとウニの無限ループ)によって、文字通り胃袋の中に消え去ってしまったのだ。
残った金額は、わずか十数万円。
家賃の更新や新しい機材の購入を考えると、引っ越しをして優雅な生活を送るなど夢のまた夢であった。
「むにゃ……結衣殿ぉ、あのお寿司、本当に美味しかったですねぇ……。あのオレンジ色の珠、また食べたいです……」
部屋の隅で、昼寝をしながら幸せそうに寝言を呟いているのは、諸悪の根源……もとい、エルフちゃんねるの絶対的エース、シルフィリアである。
彼女は緑色のワンピースからいつものあずき色のジャージに着替え、スヤスヤと規則正しい寝息を立てている。
結衣は、そんなシルフィの無防備な寝顔を見て、怒る気にもなれず、フッと笑みをこぼした。
「まあ、あんなに幸せそうな顔を見せられたら、文句も言えないわよね。それに、あんたのその食べっぷりのおかげで、私たちはここまで来れたんだから」
結衣は家計簿アプリを閉じ、キリッと表情を引き締めた。
「でも、ここで立ち止まっている暇はないわ。エンタメの世界は『鉄は熱いうちに打て』が鉄則! 新人王の肩書きがある今こそ、次の大きな仕掛けに打って出ないと!」
結衣は立ち上がり、パンパンと勢いよく手を叩いた。
「シルフィ! 起きて! 重大発表があるわよ!」
「はわっ!? お、おやつの時間ですか!?」
シルフィがガバッと跳ね起きた。
「違うわよ。まあ、ある意味おやつ以上のビッグニュースだけどね。ちょっと下までついてきなさい!」
結衣はシルフィの腕を引っ張り、アパートの外へと連れ出した。
秋晴れの空の下、アパートの駐車場に停まっていたのは、見慣れない一台の車だった。
色は少し色褪せたシルバー。ボディのあちこちに小さな擦り傷があり、かなり年季が入っていることが窺える中古のミニバンである。
「ジャジャーン!! 見て、これ!」
結衣が誇らしげにミニバンを指差した。
「……車、ですか?」
シルフィが不思議そうに首を傾げる。
「これは、馬の代わりに鉄の塊が走るという、現代日本の乗り物ですね。結衣殿、なぜこのような巨大な箱を手に入れたのですか?」
「ふふん、よくぞ聞いてくれました! これはね、今後の私たちの『城』であり、『移動基地』になる車よ! なけなしの賞金の残りと、今月のYouTubeの収益を前借りして、激安の中古車屋さんで買ってきたの!」
結衣はミニバンのスライドドアをガラッと開けた。
そこには、後部座席がフルフラットに倒され、ふかふかのマットレスと寝袋が敷き詰められた、立派な『車中泊仕様』の空間が広がっていた。
「おおおおおっ!!」
シルフィの碧眼が、キラキラと輝き始めた。
「中にベッドがあります! これは、移動するお家ですね! なんという魔法の箱!」
「でしょ? これで、宿泊費を浮かせながら、どこへでも行けるわ。名付けて……『エルフちゃんねる・全国デカ盛り行脚ツアー』企画の開幕よ!!」
結衣はビシッと指を突き出して宣言した。
「新人王になったとはいえ、世の中にはまだまだ私たちの知らない『デカ盛り』や『ご当地グルメ』が星の数ほどある。だから、この車で日本全国を駆け巡って、各地の猛者たち(デカ盛りメニュー)を片っ端から制覇していくのよ!」
「日本全国の……美味しいものが……!?」
シルフィの尖った耳が、ピクピクと激しく反応する。
「北海道の海の幸、東北のお肉、名古屋の濃い味付け、大阪の粉物、九州のラーメン……。この国に眠るすべての美味しいご飯が、私を待っているというのですね!?」
「そういうこと! しかも、全国を巡りながら動画を回せば、再生回数も爆上がり間違いなし! 一石二鳥、いや、一石三鳥の神企画よ!」
『――ギュルルルルルルルルルルルルルルルルルッ!!』
シルフィのペタンコのお腹から、今にも日本地図を食い尽くさんばかりの、凄まじい歓喜の轟音が鳴り響いた。
「行きます! すぐに行きましょう結衣殿!! 私の胃袋は、すでに全国のグルメを迎え入れるために、マナ・クラフター(魔力変換器官)をアイドリング状態にしています!!」
「あはは! その意気よ! でも、まずは出発前の『買い出し』ね。長旅になるから、道中の食料はしっかり確保しておかないと」
数時間後。
近所の大型スーパーマーケットから出てきた二人は、両手に抱えきれないほどのレジ袋を持っていた。
「シルフィ、いくらなんでもお菓子買いすぎじゃない? これ、遠足に行く小学生でもこんなに買わないわよ」
結衣が呆れ顔で言うのも無理はない。
シルフィの抱えている袋の中身は、特大サイズのポテトチップスが十袋、様々な味のチョコレートが二十枚、グミの詰め合わせ、お煎餅のファミリーパック、そして二リットルのペットボトルのお茶とジュースが数本。これだけでちょっとした売店が開けそうな量である。
「何を仰るのですか結衣殿! 『遠足』という言葉の響きには、おやつという名の魔法が必要不可欠だと、以前魔法の箱で学びました! 車という密室空間で、移りゆく景色を眺めながらパリパリとポテトチップスをかじる……。これ以上の贅沢はありません!」
「まあ、あんたが太らない体質でよかったわ。普通の女の子がこれ全部食べたら、一週間で激太りよ」
荷物をミニバンに積み込み、いよいよ出発の時。
「よし、忘れ物はないわね? ガソリンも満タン! ETCカードもセット完了!」
結衣が運転席に乗り込み、シートベルトを締める。
シルフィは、広々とした後部座席のマットレスの上に陣取り、早速ポテトチップスの袋を開けていた。
「結衣殿! 出陣の準備は完了いたしました! いつでも馬車を出してください!」
「オッケー! それじゃあ、エルフちゃんねる全国デカ盛りツアー、最初の目的地に向かって……出発進行!!」
ブルルンッ!と少し頼りないエンジン音を響かせながら、シルバーの中古ミニバンが走り出す。
高速道路のインターチェンジを抜け、車は一気にスピードを上げた。
窓の外には、ビルの群れから徐々に自然の多い景色へと移り変わっていく日本の風景が流れていく。
秋の高く澄んだ空と、遠くに見える山々の稜線。
ロードムービーの始まりを感じさせる、胸のすくような開放感が車内を満たしていた。
「おおおおおっ!! 速いです結衣殿! この鉄の箱、空を飛んでいるかのように速いです!!」
シルフィは後部座席の窓にピタリと顔をくっつけ、流れる景色に目を丸くして歓声を上げた。
「景色が川のように後ろへ流れていきます! 私の森にも風の魔法を使う者はおりましたが、これほどまでに安定して高速で移動する魔法は見たことがありません!」
「これが日本の高速道路よ。凄いっしょ? でもシルフィ、窓に顔くっつけすぎて鼻水つけないでよ」
「あっ、はい! 申し訳ありません。ですが、本当に素晴らしい眺めです!」
シルフィは窓から少し離れると、抱えていたポテトチップスの袋に手を突っ込み、大きな一枚をパクリと口に入れた。
パリッ。サクサクッ。
「んん〜っ! この『うすしお味』のじゃがいもの薄切り、絶品です! 油のコクと、塩のシンプルな味付けが、旅のワクワク感を何倍にも増幅させてくれます!」
ポリポリ、サクサク。
車内には、シルフィがポテトチップスを食べる軽快な音が響き続ける。
彼女は、ただの市販のお菓子でさえも、一流レストランのフルコースを食べているかのように、心から美味しそうに味わう天才であった。
「シルフィ、あんた本当に美味しそうに食べるわねぇ。結衣さんも一枚ちょうだい」
「はいっ! あー、結衣殿、運転中ですので私が口に運んでさしあげます! あーん」
運転席の結衣の口に、シルフィが後ろからひょいっとポテトチップスを放り込む。
「ん、美味しい。……って、ちょっとシルフィ! まだ出発して一時間しか経ってないのに、もう特大サイズ三袋目空けてるじゃない!」
「ふふふ、私の胃袋という名のブラックホールは、おやつ程度では満たされませんよ! カロリーはすべて魔力となり、旅の活力へと変換されています!」
シルフィはペロリと指先の塩を舐めると、今度はチョコレートの箱を開け始めた。
「しょっぱいものを食べた後は、甘いものが欲しくなりますね! この黒くて甘いブロック(板チョコ)も、素晴らしい発明です。口の中でドロリと溶けて、強烈な甘味が脳天を突き抜けます!」
男心をくすぐるような、美少女が車の中でお菓子を無邪気に頬張る光景。
結衣はバックミラー越しにその姿を見つめ、思わず微笑んだ。
(この『飾らない感じ』が、シルフィの一番の魅力なのよね。テレビの特番や公式大会みたいなヒリヒリした舞台もいいけど、こうやって気ままにご飯を食べに行く旅動画の方が、絶対に視聴者も癒やされるはず)
「ねえシルフィ。最初の目的地、どこか分かる?」
「はい! たしか『ほっかいどう』という北の大地に向かっているとお聞きしました!」
「そう! 日本の食の宝庫、北海道! 海鮮も、お肉も、野菜も、全部が規格外に美味しい夢の国よ。でも、そこに行くためには、車ごと『フェリー』っていう巨大な船に乗らなきゃいけないの」
「ふぇりー!? 船ですか!? 海の上を渡るのですね!」
シルフィの碧眼がさらに大きく見開かれた。
「私の故郷には海がなかったので、海を見たのは昨日までの大会の会場近く(東京湾)が初めてでした。あの果てしなく続くしょっぱい水の海を、巨大な船で渡るのですね! 浪漫があります!」
「だから、まずは港を目指してひたすら北上するわよ。途中で、高速道路の『サービスエリア』にも寄るからね」
「さーびすえりあ? それは何かの呪文ですか?」
「ふふっ、高速道路にある休憩所なんだけどね。そこにも、ご当地の美味しいB級グルメがいっぱいあるのよ。アメリカンドッグとか、ソフトクリームとか、豚まんとかね」
「おおおおおっ!! それは聞き捨てなりません! 結衣殿、馬車をもっと加速させてください! 私の胃袋が、さーびすえりあというオアシスを求めて泣き叫んでおります!」
「こらこら、スピード違反になっちゃうでしょ。安全運転で行くから、後ろでおとなしくお菓子食べてなさい」
和気藹々とした車内。
窓の外の景色は、都会のコンクリートジャングルから、次第に緑豊かな山々へと変わっていく。
秋の紅葉が始まりかけた山肌が、夕陽に照らされて美しく輝いていた。
それは、厳しい公式戦を戦い抜いた二人にとって、最高のご褒美のような休息の時間だった。
「むにゃ……結衣殿……。お腹がいっぱいになってきたら、なんだか眠くなってきました……」
ポテトチップス五袋とチョコレート三箱を平らげたシルフィは、マットレスの上でウトウトと舟を漕ぎ始めていた。
魔力変換が活発に行われているとはいえ、エルフの身体も揺れる車内では眠気を誘われるらしい。
「いいよ、寝てなさい。フェリー乗り場に着くまで、まだまだ時間かかるから」
「はい……。結衣殿、おやすみなさい……。夢の中で、巨大な牛さんを……討伐して……むにゃ」
スヤスヤと眠りに落ちたシルフィの寝顔をバックミラーで確認し、結衣は車のカーステレオのボリュームを少しだけ下げた。
「……さてと。日本一の称号を引っ提げての、デカ盛り全国行脚ツアー。どんな強敵(美味しいもの)が私たちを待ってるのかな」
結衣はハンドルを握り直し、前方に続く真っ直ぐな道を見据えた。
北の大地・北海道で待ち受ける、狂気のジンギスカン。
そして、この全国ツアーの果てに彼女たちが出会うことになる、大食い界の隠れた『裏ボス』の存在。
エルフの胃袋の底なし伝説は、ここからさらにスケールを大きくして、日本列島を飲み込んでいくことになる。
夕闇が迫る高速道路を、一台のシルバーのミニバンが、果てなき食欲と夢を乗せて走り続けていた。
次回、いざ試される大地・北海道編へ。
はらぺこエルフの新たなる食の冒険が、今、高らかに幕を開けたのである。




