第18話:原宿クレープ・コラボ撮影〜女の子同士の甘い休日と友情の味〜
若者と最新のファッション、そして色とりどりのスイーツがひしめくポップカルチャーの中心地、東京・原宿。
JR原宿駅の竹下口を抜けた先にある巨大なアーケードの入り口で、篠原結衣とシルフィリアの二人は、目の前を行き交う凄まじい人波に圧倒されていた。
「おおおおおっ……! 結衣殿、なんという色彩の暴力! すれ違う人々が、まるで極彩色の鳥のような奇抜な衣装を身に纏っています! ここが、現代日本の『はらじゅく』という名の魔境ですか!」
「魔境じゃないわよ、若者の街よ。シルフィ、あんまりキョロキョロしないで。今日はただでさえ目立ってるんだから」
結衣がため息をつきながらたしなめると、シルフィは「はーい」と素直に頷きながらも、周囲の看板やショーウィンドウから目を離せずにいた。
今日のシルフィは、いつもの『あずき色の高校指定ジャージ』ではない。
先日、テレビ特番で歴史的な死闘を繰り広げた現役アイドル大食いクイーン・姫野くるみとの『プライベートコラボ動画』を撮影するため、結衣が徹夜でミシンを踏んで仕立て上げた、真新しいファンタジー風の衣装を着ていたのだ。
森の緑を基調とした軽やかなワンピースに、金糸で施されたツタ模様の刺繍。彼女の透き通るような金髪と、少し尖ったエルフの耳によく似合う、本物の妖精のような出で立ちである。
「しかし結衣殿、手先が器用ですね! この衣装、私の故郷の村で着ていたものよりも遥かに動きやすく、しかも可愛らしいです! ジャージというスライムの皮も捨てがたいですが、これも素晴らしい!」
「まあ、元々ディレクター兼小道具係みたいなこともやらされてたからね……」
結衣がカメラのピントを合わせながら苦笑していると、背後から「ちょっとぉ!」と押し殺したような小声が聞こえてきた。
振り返ると、真夏だというのに長袖の薄手トレンチコートを着込み、目深に被ったバケットハットに、顔の半分を覆う巨大な黒いサングラス、さらには黒いマスクという、完全に『不審者』のフル装備をキメた小柄な人物が立っていた。
「ひっ!? 暗殺者ですか!?」
シルフィが身構えるが、その不審者は周囲をキョロキョロと警戒しながら、サングラスを少しだけずらした。
「暗殺者じゃないわよ! くるみよ、くるみ! ちょっとエルフちゃん、あんたなんでそんなガッツリ『エルフです』って格好してんのよ! 目立ってしょうがないじゃない!」
「あ、くるみ殿!」
現れたのは、今日のコラボ相手である姫野くるみだった。
現役のトップアイドルであり、先日のテレビ出演でさらに知名度が爆発した彼女にとって、原宿を顔出しで歩くのは暴動を引き起こすに等しい危険行為なのだ。
「くるみちゃん、お疲れ様。その変装、逆に怪しくて目立ってる気がするけど……」
「そう? でも仕方ないじゃない。事務所には『プライベートで友達と遊んでくる』って言ってこっそり抜け出してきたんだから」
くるみは周囲に人がいないことを確認し、マスクをスッと顎まで下げて、カメラに向かっていつものアイドルスマイルを作った。
「はいっ、カメラ回して結衣さん! いくよぉ〜っ!」
結衣が録画ボタンを押し、親指を立てる。
「みんっな〜っ! こんにちはぁっ、くるみだよっ♡ 今日はなんと、先日のテレビ特番で一緒に戦ったエルフちゃんねるのシルフィちゃんと、原宿に遊びに来ちゃいました〜っ!」
「はい! エルフのシルフィリアです! 本日は、原宿の街を支配するという『くれーぷ』なる食べ物を、くるみ殿と一緒に討伐しに参りました!」
二人の美少女が並んで画面に収まる。一人はフリフリの私服を着たプロのアイドル、もう一人は異世界からやってきた本物のエルフ(という設定)。
テレビでのバチバチの煽り合いや、限界まで胃袋を酷使した死闘とは打って変わって、今日の企画は『時間無制限・ただ美味しく原宿中のクレープを食べ歩く』という、完全に競技から離れた平和な日常回である。
「それじゃあ、早速一軒目のお店に行ってみよぉ〜っ!」
くるみがシルフィの手を引き、竹下通りの賑やかな通りへと歩き出す。
カメラを構えながら後を追う結衣は、二人の背中を見てふと微笑んだ。
(テレビの時はあんなに険悪だったのに……すっかり仲良くなっちゃって。やっぱり、美味しいご飯を一緒に食べるっていうのは、人と人を繋ぐ最高の魔法なんだね)
竹下通りを少し歩くと、甘く焼けるような香ばしい匂いが漂ってきた。
「おおっ! 結衣殿、くるみ殿! あちらの小さな館から、とてつもなく甘い匂いがします! ガラスの向こうに、色とりどりの花束のような食べ物が並んでいますよ!」
シルフィが目を輝かせて指差したのは、原宿名物の巨大なクレープ専門店だった。ショーケースの中には、イチゴやバナナ、生クリームがたっぷりと巻かれた食品サンプルのクレープがズラリと並んでいる。
「ふふん、エルフちゃん、初めてのクレープなんだね? ここはくるみにお任せあれっ! すいませ〜ん、この『ストロベリーチョコブラウニー・スペシャル』と『抹茶ティラミス・デラックス』、どっちも生クリーム三倍増し増しでお願いしまーすっ!」
変装の帽子を目深に被りながらも、くるみは慣れた様子で最もカロリーの高そうなメニューを注文した。
数分後。
薄いクレープ生地でメガホン状に巻かれた、ずっしりと重い二つの巨大なクレープが手渡された。
「わぁぁぁっ……!」
シルフィは、自分の顔の半分ほどもある巨大なクレープを両手で受け取り、歓喜の声を上げた。
「なんという美しさでしょう! 焼きたての生地の温かさと、たっぷりと絞られた生クリームの冷たさが、手の中で共存しています! それに、赤いイチゴと四角いチョコレートの塊が、まるで宝の山のように鎮座しています!」
「エルフちゃんの食レポ、相変わらずポエマーだねぇ。それじゃあ、いただきまぁ〜すっ!」
くるみがパクリと抹茶クレープにかぶりつく。
シルフィもそれに倣い、大きな口を開けてストロベリークレープの頂上に喰らいついた。
「っっっっ!!!」
咀嚼した瞬間、シルフィの碧眼に星が飛んだ。
「美味しいです!! 生地が! この薄い生地が、ただの入れ物ではありません! 卵とバターの風味がふんわりと香り、まるで柔らかな毛布のように、冷たい生クリームとイチゴの酸味を優しく包み込んでいます!」
シルフィは頬に手を当て、心の底からとろけるような至福の笑顔を浮かべた。
「ケーキの時とはまた違う、生地と具材の一体感! これを片手で持ち歩きながら食べられるなんて、現代の人間は天才的な発明をしましたね!」
「あははっ、本当に美味しそうに食べるね、エルフちゃん」
くるみは、隣で幸せそうにクレープを味わうシルフィを見て、少しだけ眩しそうに目を細めた。
テレビの収録の時は、勝つことへの執念とプレッシャーで、味など全く分からなかった。だが今、シルフィと一緒に、何の制限時間も設けられずに食べるクレープは、くるみの舌にも驚くほど鮮烈な甘さと美味しさを伝えてきていた。
「……んっ。ほんとだ。ゆっくり味わって食べると、クレープってこんなに美味しかったんだ」
くるみがポツリと漏らした本音を、結衣のカメラはしっかりと捉えていた。
「さあ、次はあっちのお店に行こう! くるみ、原宿のクレープ屋さんの場所は全部頭に入ってるからね!」
「はいっ! 私の胃袋という名のブラックホールは、まだ入り口が潤った程度です! 全店舗制覇を目指しましょう!」
二人の美少女による、恐るべき『原宿クレープ行脚』が幕を開けた。
二軒目、三軒目と、店を変えるごとに二人の食べるスピードは落ちるどころか、むしろ加速していく。
「くるみ殿! この『ツナマヨレタス』というクレープ、甘くありません! お魚と野菜の塩気が、甘くなった口の中を完璧にリセットしてくれます!」
「でしょ〜? 大食いの基本は味変だからねっ! くるみは『テリヤキチキンタマゴ』いっちゃうよ〜!」
「おおおっ! お肉のおかずまでクレープになるのですね! まさに持ち運べる大宴会! メイド殿、いえ、店員殿! 私もその『テリヤキ』というやつをお願いします!」
次々と空になっていくクレープの包み紙。
シルフィはエルフの魔力変換器官をフル回転させ、摂取したカロリーを片っ端から魔力へと変えていくため、どれだけ食べても全くお腹が膨れない。
一方のくるみは、プロのフードファイターとして鍛え上げられた巨大な胃袋を武器に、シルフィに負けじと笑顔でクレープを平らげていく。
道ゆく人々が「えっ、あの子たちさっきからずっと食べてない?」「ていうか、あれ、くるみちゃんじゃ……」と気づき始めていたが、二人は周囲の視線などお構いなしに、ただひたすらに女子高生のように笑い合いながら、甘い休日を満喫していた。
やがて、時刻は夕暮れ時。
原宿の外れ、代々木公園の緑が見える静かなベンチに、二人は腰を下ろしていた。
結衣はカメラの録画を回したまま、少し離れた場所から二人を見守っている。
「……ぷはぁっ! 二人合わせて、合計五十個! さすがにお腹いっぱいになっちゃったぁ〜!」
くるみがポンポンと自分のお腹を叩きながら、大きく背伸びをした。
「私も、これ以上ないほどに魔力……いえ、幸福感が満ち溢れています! くるみ殿、本日は素晴らしい案内をありがとうございました。本当に楽しかったです」
シルフィが隣で微笑むと、くるみは帽子を取り、サングラスを外して、綺麗なツインテールを風に揺らした。
「……ねえ、シルフィ」
くるみは、テレビ用の「あざとかわいい」声ではなく、等身大の、普通の女の子としての少し落ち着いた声で話しかけた。
「私さ。テレビ局で初めてあんたに会った時、すごく嫌なヤツだったでしょ。……ううん、テレビの本番中も、ずっとあんたのこと見下してたし、心の中で馬鹿にしてた」
「はい。とても鋭い殺気を放っておられましたね。ですが、今はとても穏やかなオーラを感じます」
「……あんたって、本当に裏表がないっていうか、馬鹿がつくほど正直よね」
くるみは苦笑いをして、夕陽に染まる空を見上げた。
「私ね、アイドルとして売れなくて、どうしてもテレビに出たくて、無理して大食いの世界に飛び込んだの。毎日毎日、吐くほど食べて、胃を大きくして。……勝つために、味わうことなんてとっくに忘れてた。食べ物は、私にとってただの『敵』か『道具』でしかなかったの」
くるみの瞳に、少しだけ寂しそうな光が混じる。
「でも……あんたが隣で、本当に美味しそうに、心から幸せそうにケーキを食べてるのを見てたら。私、思い出しちゃったのよね。小さい頃、お母さんが買ってきたケーキを食べて、『美味しいね』って笑い合ってた時のこと」
くるみはシルフィの方に向き直り、ニカッと、今日一番の飾らない笑顔を見せた。
「シルフィ。あんたのおかげで、私、また食べることが好きになれた気がする。……今日は本当に、美味しかった。誘いに乗ってくれて、ありがとうね」
その素直な感謝の言葉に、シルフィは碧眼を丸くした後、花が咲くような至福の笑顔で応えた。
「くるみ殿。私は、誰かと一緒に食べるご飯が一番美味しいということを、あなたから教わりました」
シルフィは、自分の胸に手を当てて言った。
「テレビの闘技場で、あなたが血の滲むような覚悟で食べている姿は、決して美しいだけのものではありませんでした。ですが、あの時のあなたの気迫、そして今、こうして隣で笑いながらクレープを食べているあなたの笑顔は……私の長いエルフの記憶の中でも、最高の『宝物』です」
「た、宝物って……! 大袈裟なんだから、もうっ!」
くるみは照れ隠しのように顔を赤くして、シルフィの肩を軽く小突いた。
「次テレビで戦う時は、絶対に私が勝つからね! 味わいながらでもあんたに勝てるくらい、もっと強くなってやるんだから!」
「望むところです! お互い、胃袋の限界まで鍛錬を積みましょう!」
夕陽に照らされた代々木公園のベンチで、プロのアイドルと異世界の美少女エルフは、固い握手と指切りを交わした。
カメラ越しにその光景を見守っていた結衣は、「はい、カット! 最高に尊い画が撮れたわ!」と小さくガッツポーズをした。
「結衣殿! 素晴らしい撮影でしたね! これで魔法の板の向こうの民衆も、大喜び間違いなしです!」
シルフィが駆け寄ってくると、結衣は「ええ、本当にお疲れ様」と笑い返した。
だが、その笑顔の裏で、結衣はふと、視界がぐらりと揺れるのを感じた。
「おっと……」
「結衣殿? どうされましたか? 顔色が少し……」
「あ、ううん、なんでもない! ちょっとカメラ重くて疲れちゃっただけ。さあ、帰って編集しなきゃね!」
結衣は気丈に振る舞い、シルフィとくるみに手を振って別れの挨拶を済ませた。
テレビ特番の大成功、チャンネル登録者数の爆発的な増加、そしてアイドルクイーンとのコラボ撮影。
『エルフちゃんねる』を取り巻く環境は、この数週間で劇的すぎるほどの変化を遂げていた。
結衣は、社長として、ディレクターとして、そしてシルフィの保護者として、すべての業務を一人で抱え込み、徹夜に次ぐ徹夜で対応し続けていたのだ。
この時、結衣の身体はすでに『過労』という名の限界を、とうに超えてしまっていたことに、能天気なエルフの少女はまだ気づいていなかった。
数日後。
結衣の身体の限界が限界を迎え、思わぬ形ではらぺこエルフの『看病という名のドタバタ劇』が巻き起こることになるとは、夕暮れの原宿では誰も知る由もなかったのである。




