第13話:甘い地獄! わんこスイーツ対決〜現代の宮廷料理と脂質糖質の暴力〜
「――さあ、日本中の胃袋を震撼させる、狂乱の宴が今、幕を開けます!!」
日本テレビの巨大スタジオに、熱血実況MCである陣内拓海の野太い声がこだました。
無数の照明が星のように瞬き、極彩色のレーザーがスタジオ空間を縦横無尽に飛び交う。客席を埋め尽くした数百人の観覧客から、割れんばかりの拍手と歓声が巻き起こった。
特番『日本一決定! 爆食サバイバル・バトルロイヤル』の収録が、ついにスタートしたのだ。
「本日のメインイベントを飾るのは、二人の美しき大食い女神たちによる直接対決! まず入場するのはこの方! テレビ界で無敗を誇る絶対女王! 可憐な笑顔で全てを喰らい尽くす、現役アイドル大食いクイーン、姫野くるみぃぃぃっ!!」
華やかなポップミュージックと共に、スモークが焚かれたゲートから姫野くるみが登場した。
ピンク色のフリフリなアイドル衣装に身を包み、完璧に巻かれたツインテールを揺らしながら、くるみはカメラに向かってとびきりキュートなウインクを放つ。
「みんなぁ〜っ! くるみのお腹、ペコペコだよっ♡ いーっぱい食べて、みんなに笑顔を届けるから、応援よろしくねっ、えいえいおーっ!」
観客席からは、地響きのような「くるみちゃーん!」という野太い声援が飛ぶ。
彼女はまさに、プロのアイドルであり、プロのテレビタレントだった。先ほど前室でシルフィに見せた『氷のような敵意』など微塵も感じさせない、一〇〇パーセントの純度で精製された『あざとかわいい』を全身から放っていた。
「そして! 女王に挑むのは、ネットの海から突如として現れた規格外のダークホース! 二郎系ラーメン五キロのスープまで飲み干した伝説を持つ、謎の美少女エルフ系YouTuber、シルフィリアァァァッ!!」
陣内の絶叫と共に、逆サイドのゲートが開く。
重低音のファンファーレの中、スモークをかき分けて現れたのは――。
「…………っ」
スタジオの空気が、一瞬だけ奇妙な静寂に包まれた。
現れたのは、透き通るような金髪と、宝石のように澄み切った碧眼を持つ、息を呑むほどの超絶美少女。そのルックスだけならば、国民的アイドルであるくるみをも凌駕するほどの圧倒的なオーラがあった。
しかし、彼女が着ているのは、絶妙にダサい『あずき色の高校指定ジャージ(白の二本線入り)』だったのである。
「魔法の板の向こうの皆様、そして闘技場にお集まりの皆様! エルフのシルフィリアです! 本日は美味しいご飯が食べられると聞いて、お腹を極限まで空かせてやって参りました! よろしくお願いいたします!」
シルフィはジャージの萌え袖をパタパタとさせながら、深々と、そして優雅にお辞儀をした。
そのあまりのギャップと、本当にどこかのファンタジー世界から迷い込んできたような浮世離れした美しさに、観客たちも戸惑いながら拍手を送る。
「え、なにあの子、顔面偏差値バグってない?」「ジャージなのにめちゃくちゃ綺麗……」「エルフ設定ってマジなのかな」と、ざわめきが広がっていた。
カメラの映らない袖(セットの裏側)から見守っていた結衣は、祈るように両手を握り合わせていた。
(シルフィ、とりあえず入場は完璧よ……! でも、問題はここから。陣内プロデューサーが用意したっていう『極秘のメニュー』が何なのか……!)
結衣の心配をよそに、スタジオの中央に立った陣内が、マイクを握りしめて高らかに宣言した。
「さあ、お二人にはこれから、胃袋の限界を賭けた過酷なデッドヒートを繰り広げていただきます! その対決の舞台となる、本日の『極秘メニュー』を発表いたしましょう!! アンベール!!」
陣内の合図と共に、二人の美少女の間に置かれた巨大な長テーブルを覆っていた、真っ赤なベルベットの布が勢いよく引き剥がされた。
「おおおおおっ!?」
シルフィが、碧眼をこれ以上ないほどに見開いて感嘆の声を上げた。
観客席からも「うわぁぁっ!」というどよめきと、黄色い歓声が沸き起こる。
そこに並んでいたのは、肉でもなく、巨大なラーメンでもなかった。
色とりどりの、まるで宝石箱をひっくり返したかのように美しく、そして凶悪なカロリーを秘めた食べ物の山。
そう、銀座や表参道に店を構える超有名店の『絶品スイーツ』の数々であった。
「本日の対決ルールは……『有名店絶品スイーツ・わんこそば形式対決』です!!」
陣内の声がスタジオに轟く。
「皆様ご覧ください! このテーブルに並べられたスイーツの数々! 銀座『ル・ショコラ』の特製チョコレートパフェ! 表参道『ストロベリー・ガーデン』の究極のショートケーキ! さらには、和栗を丸ごと使った絞りたてモンブランに、季節のフルーツを山盛りにした特大タルト! これら、一つ一つが数千円は下らない超高級スイーツを、なんとお二人の背後に控えるメイドたちが『わんこそば』の要領で次々と皆様のお皿に追加していきます!」
陣内の説明の通り、くるみとシルフィの後ろには、銀色のトレイにスイーツを乗せたメイド姿のスタッフが、十人以上もズラリと待機していた。
「制限時間は六十分! 一皿完食するごとに次のお皿が置かれる、無限の甘味地獄! 最終的に、より多くの皿を平らげた方の勝利となります!!」
ルールの発表を聞き、スタジオは興奮の渦に包まれた。
しかし、袖で見ていた結衣の顔からは、サッと血の気が引いていた。
(スイーツ……! 甘いもののドカ食い対決……これは、大食いにおいて一番キツいパターンのやつだ!)
一般的に「甘いものは別腹」と言われるが、競技としての大食いにおいて、スイーツはラーメンやカレーをも凌駕する『最悪の難敵』として知られている。
なぜなら、スイーツの主成分は『糖分』と『脂質(生クリームやバター)』だからだ。
大量の糖分は、摂取した直後から急激に血糖値を跳ね上げ、脳の満腹中枢を強烈に刺激して「もう食べられない」という錯覚を強制的に引き起こす。さらに、生クリームやバターの濃厚な脂質は、胃壁にねっとりと張り付き、消化器官の働きを著しく低下させるのだ。
しかも、今回はパフェの『冷たさ』や、モンブランの『水分の奪われやすさ』、タルト生地の『硬さ』など、咀嚼と嚥下を妨害するありとあらゆるギミックが詰め込まれている。
(陣内プロデューサー……本気で二人の限界を引き出すつもりね。これはただの胃袋の大きさじゃ決まらない。ペース配分と、精神力の勝負になるわ!)
結衣が冷や汗を流す中、当のシルフィはというと――。
「…………っ!!」
シルフィは、目の前に広がるスイーツの海を前に、完全に言葉を失い、感動のあまり打ち震えていた。
彼女の故郷であるエルフの森では、『甘いもの』といえば、野生の木の実や、ごく稀に手に入る蜂の巣から採れる少量の蜂蜜くらいしかなかった。
それがどうだろう。
目の前にあるのは、純白の雪のように泡立てられた生クリーム、真っ赤な宝石のように輝くイチゴ、黄金色のオーラを放つ和栗のペースト、そして、滑らかで艶やかなチョコレートの川。
「ゆ、結衣殿……!」
シルフィはマイクを通さずに、袖にいる結衣に向かって興奮気味に叫んだ。
「これは、現代の宮廷料理ですか!? 王族が宴の最後に食すという、幻の『お菓子』というやつですね!?」
「そうだけど! シルフィ、気をつけて! 生クリームは胃に重いから、油断したら一気にやられるわよ!」
「胃に重い……? なんのこれしき! これほど美しく、神々しい芸術品を前にして、エルフの胃袋が尻込みするなどあり得ません! 早く、早く私にその白い山をください!」
シルフィはスプーンとフォークを両手に構え、目をキラキラと輝かせていた。
一方、対戦相手の姫野くるみは、カメラの回っていない瞬間に、ふっと冷酷な笑みを浮かべた。
(……スイーツの大食い。私の最も得意とするジャンルね)
くるみは内心でほくそ笑んでいた。
スイーツの過酷さは、プロである彼女が一番よく知っている。糖分による血糖値のスパイクと、乳脂肪分の胃もたれ。これらを克服するには、緻密な計算と、ある種の『競技としての割り切り』が必要なのだ。
(あのエルフもどき、ただ美味そうだからってペースを考えずにガッツけば、開始二十分で血糖値が限界突破して手が止まるわ。そこを一気に私が突き放して、絶望させてやる!)
くるみは完璧なアイドルスマイルを作り直し、カメラに向かって「くるみ、甘いものだぁい好きっ♡ ケーキ百個くらいいけちゃうかも〜っ!」と愛想を振りまいた。
「さあ、両者スタンバイ完了です!」
陣内が右手を高く掲げた。
シルフィの目の前のテーブルには、第一陣として『究極のイチゴショートケーキ』が置かれている。
分厚いスポンジの間に、たっぷりの生クリームと、大粒のあまおうイチゴがサンドされた、王道にして最強のスイーツだ。
「制限時間六十分! 極限の甘味地獄、わんこスイーツ対決……!」
スタジオの照明が、赤と青の対決カラーに染まる。
「――スタートォォォッ!!」
ゴングの音が鳴り響いた瞬間。
「いただきまぁ〜すっ♡」
くるみが動いた。
彼女の動きは、可愛らしい声とは裏腹に、極めて機械的で、無駄がなかった。
右手で持ったフォークで、ショートケーキのスポンジとクリームを縦に大きく切り崩し、一気に口の中に放り込む。
咀嚼は、最低限。
左手に持ったグラスの『水』をすかさず口に含み、ケーキを咀嚼ではなく『水流』によって胃の奥へと流し込んだのだ。
「はいっ、次っ!」
ものの十秒。
くるみは最初の一皿を空にし、背後のメイドに皿を渡した。すぐさま二皿目の『チョコレートパフェ』が置かれる。
「次々いっちゃうよぉ〜っ♡」
パフェの長いスプーンを垂直に突き刺し、アイスと生クリームを層のまま掬い上げ、再び水で流し込む。
(……プロの技術!)
袖で見ている結衣は、くるみの洗練された動きに戦慄した。
味わうことを放棄し、ただ『質量を胃袋に移動させること』のみに特化した、フードファイターとしての完成された技術。
一方のシルフィは。
「それでは、森の精霊に感謝して……いただきます」
シルフィは姿勢を正し、フォークでショートケーキの先端を上品に切り取った。
真っ白な生クリームと、柔らかなスポンジが、彼女の桜色の唇に吸い込まれる。
モグ、モグモグ……。
咀嚼した瞬間。
「っっっっっっっ!!!!」
シルフィの碧眼が、これ以上ないほどに見開かれ、その瞳孔に星が輝いた。
フワリと軽いスポンジ生地は、口に入れた瞬間に溶けるような繊細さ。そこに、北海道産の濃厚でコクのある生クリームの暴力的なまでの甘さと、上質な脂質が絡みつく。
極めつけは、真っ赤なイチゴの強烈な酸味。クリームの重さを、フルーツの酸味が完璧にリセットし、口の中を至福のオーケストラが奏でる。
「なっ……なんですか、この食べ物は!!」
シルフィはマイクに向かって、感動に震える声で叫んだ。
「雲! これは雲を食べているのですか!? 口の中に入れた瞬間に、甘い雪のように溶けて消えてしまいました! ですが、消えた後には、圧倒的な幸福感だけが胃袋に落ちていくのです! そしてこの赤い木の実! すっぱさと甘さが奇跡の融合を果たしています! 現代の人間たちは、毎日このような奇跡を口にしているのですか!?」
あまりの美味しさに、シルフィは感極まって涙ぐみながら、ショートケーキを大切に、大切に咀嚼し、ゴクリと飲み込んだ。
「はぁ〜っ……美味しいです! メイド殿、おかわりをお願いします!」
シルフィが一皿目を空にした時、くるみはすでに『五皿目』のタルトに取り掛かっていた。
圧倒的なスピードの差。
しかし、シルフィは全く焦っていなかった。
二皿目として置かれた『和栗のモンブラン』にフォークを入れ、その濃厚な栗のペーストを口に運ぶと、再び昇天しそうな笑顔を浮かべる。
「うわぁぁぁっ! 今度は秋の森の恵みが、何百倍にも濃縮されて口の中で爆発しました! この細い糸のようなものは栗なのですか!? 甘い! 甘くて、ねっとりとして、最高です!!」
スタジオの巨大モニターには、二人の対照的な姿が映し出されていた。
水を駆使して、マシーンのように高速でスイーツを処理していく姫野くるみ。
一つ一つのケーキの味に感動し、食レポを叫びながら、至福の表情で味わい尽くすシルフィリア。
観客たちは、最初こそくるみの圧倒的なスピードに驚愕していたが、徐々に、シルフィのあまりにも幸せそうな『眼福な食べっぷり』に釘付けになり始めていた。
「あの子、すっごく美味しそうに食べるね……」
「見てるこっちまでケーキ食べたくなってきた……」
しかし、勝負は勝負である。
開始から十五分が経過した時点で、スコアは大きく開いていた。
『姫野くるみ:25皿』
『シルフィリア:10皿』
ダブルスコア以上の大差。
くるみは、チョコパフェを水で流し込みながら、横目でシルフィを瞥見した。
(フン。やっぱりね。ただ美味そうに食ってるだけの素人が、この私に勝てるわけないのよ)
くるみは勝利を確信し、カメラに向かって余裕のピースサインを決めた。
「さあ、開始から十五分! 女王・姫野くるみが圧倒的なスピードで独走状態だ! シルフィリア、このまま味わい続けていては、勝負に勝つことはできないぞ!!」
実況の陣内が煽る。
袖の結衣も、タイムキーパーの時計を見ながら焦燥感に駆られていた。
(ダメだ……! シルフィは『美味しさ』に感動しすぎて、食べるペースが全然上がってない! このままだと、タイムアップで負けちゃう……!)
結衣は思わず、セットの陰から身を乗り出し、シルフィに向かって叫ぼうとした。
「シルフィ! もっとスピードを――」
だが、結衣の言葉は、シルフィの次の行動によって遮られた。
シルフィは、十皿目のマカロンタワーを美しく平らげた後、ふうっと小さく息を吐いた。
そして、隣で高速でケーキを水で流し込んでいるくるみを見て、不思議そうに首を傾げたのだ。
「……くるみ殿。なぜ、そのような『作業』のようにケーキを召し上がっているのですか?」
「……は?」
手を休めず、くるみが眉をひそめて睨み返した。マイクには入らない程度の小声で毒づく。
「作業って何よ。大食いは競技なの。味わってる暇なんてないのよ。勝つためには、最短距離で胃袋に押し込むのが常識でしょ」
「常識……?」
シルフィは、自分の目の前に置かれた十一皿目の『特製フルーツタルト』を愛おしそうに見つめた。
「私は、そうは思いません」
シルフィの声は、静かだったが、スタジオの喧騒の中でも不思議とよく通った。
「このような、職人の方々が丹精込めて作り上げた芸術品。一口一口に、人を幸せにする魔法が込められているのに。それを、水で無理やり流し込み、味わうことを放棄するなんて……」
シルフィは、碧眼に強い光を宿し、くるみを真っ直ぐに見据えた。
「食べ物は、味わうためにあるのです。美味しさを感じるからこそ、胃袋はもっともっとと喜んでくれるのです!」
「……っ! 綺麗事言ってんじゃないわよ! これは勝負なの! 味わってたら負けるって、まだわからないの!?」
くるみが激昂し、ペースをさらに上げようとした、その瞬間だった。
シルフィの体内で、変化が起きた。
『美味しい』という純粋な感動。
最高級の糖質と脂質という、莫大なエネルギーの奔流。
それらが起爆剤となり、エルフの『マナ・クラフター(魔力変換器官)』が、かつてないほどのフルスロットルで稼働を始めたのだ。
カロリーが、凄まじい速度で魔力へと変換されていく。
魔力が全身を巡り、シルフィの細胞を活性化させ、顎の力、嚥下力、そして胃袋の許容量を、人間の限界値を超えた『ファンタジーの領域』へと引き上げていく。
「メイド殿」
シルフィが、背後のメイドに静かに告げた。
「この先は、一皿ずつでは間に合いません。三皿……いえ、五皿同時に持ってきてください」
「えっ……?」
メイドが戸惑う中、シルフィはフルーツタルトをフォークで一刺しにし、口へと運んだ。
そこからのシルフィの動きは、先ほどまでの「優雅なお食事」とは完全に次元が異なっていた。
味わっている。
間違いなく、一口一口の味を噛み締め、至福の笑顔を浮かべている。
にも関わらず、その『咀嚼から嚥下までのスピード』が、物理法則を無視したかのように異常に速くなったのだ。
タルトが消える。
次に出されたチョコレートケーキが消える。
ミルフィーユが、プリンが、ゼリーが。
まるで、シルフィの口の中にブラックホールが出現し、ケーキたちが自ら進んで吸い込まれていくかのような、シュールで、しかし圧倒的な映像美。
「はぁ〜っ! 美味しいです! 次! 次のお皿をお願いします! 私、この世界の甘いものが大好きです!!」
猛烈なスピードで、しかし一切顔を汚すことなく、純粋な食への愛を満面の笑みで爆発させながら食べ続ける絶世の美少女。
その光景に、実況の陣内も、観客も、そして隣で戦う女王・くるみも、完全に言葉を失い、ただ呆然と見入るしかなかった。
甘い地獄と化したスタジオで、純粋なる食欲のバケモノが、今、完全に覚醒したのである。
スコアボードのシルフィの数字が、凄まじい勢いで回り始めた。




