第2章 聞き分けない男
私が次につかんだ「フリークス・ブロッサム」の情報、開催時期は4月の半ばだった。
会場となる場所は、数年前にとある大規模な環境災害が起こり、人の立ち入りが禁止された町である。
住んでいる人間は他の地域に避難をし、町は無人となった。
一時的な帰宅は認められるものの、定住はいまだに再開されないエリア。
人の棲まない街。
狂気の夜会にそれほどうってつけな場所はあるまい。
開催場所は山奥ではなく、海辺の公園である。
ここに近づくのは難儀した。
なにせ人っ子一人いないことが当たり前の街である。
私のような部外者がうろついていれば、一発で怪しまれるのだ。
町として開発され、地形が開けているので山林のように身を隠しながら移動することも難しい。
そしてところどころ、公権力の検問、通行規制が敷かれており、一般人が基本的に立ち入ることができないという事情も重なって、接近、侵入は多難を極めた。
最終的に私は、使われていない街なら使われていない下水道があるはずだ、と言う半ば賭けのような希望的観測のもと、現場から離れた下水道入り口に無断で侵入した。
実際のところ、それで目的地付近に出られるほど世の中は甘くなかった。
しかし下水道をくぐることで、検問や出入り規制の地点を越えることだけはできた。
そののちに夜の闇に乗じて、建物の陰を縫うように目的地に近づく。
今回は地平ではなく、会場となっている公園を見下ろせる位置の廃ビルに隠れて様子をうかがった。
災害の爪痕は生々しく、窓ガラスは割れ、壁にヒビが入っている。
コンクリートが崩落し、鉄筋がむき出しになっている箇所もある。
ここに来るまでの間、亀裂の入ったアスファルト道路や、地盤が緩んで傾いた信号機や電信柱を何本も見た。
桜が数本、そして児童用の遊具が数種類ある、なんの変哲もない中規模の児童公園が眼下に広がっている。
ここの桜もやはりソメイヨシノだった。
もちろん、珍しいことではない。日本各地、どこにでもある桜の樹だ。
町に人がいた頃なら、近隣住民の花見スポットとして親しまれていた場所だろうことは想像に難くない。
しかし災害と、それに伴う自主避難や行政措置によってこの一帯から住人は姿を消した。
そんな公園に、見覚えのある黒塗りの高級車が数台。
中から出てきた見覚えのある黒服。
黒服に促されて、けだるそうに車を降りたのは、若い男だった。
B系とでも言うのだろうか。
ヒップホップ系のゆるゆるとした衣服に身を包んでいながら、その男が異彩を放っていたのは、傍らに犬を連れていたからだ。
まるで訓練された盲導犬のように、行儀のいい犬だった。
主人であるヒップホップ男の傍らにお座りをし、微動だにしない。
しかし街で目にする盲導犬のようなレトリバー犬種ではなく、もっと小さな犬である。
犬にそれほど詳しくはないが、ミニチュアのテリア系だろう。
「で、今回の相手は何人?」
男は黒服たちに説明を求めるための質問をした。
今回の、と言うことは彼は「フリークス・ブロッサム」の常連なのだろう。
「5人だ」
黒服は言葉少なに、多少不機嫌な口調で答えた。
「あんたらを合わせても10人ちょっとか。楽な仕事だな」
「……ふざけるな」
どこかずれたやりとりに、黒服は明らかに苛立っているようだった。
「そもそもこんな祭りが根本的にふざけてるんだからよ。これ以上俺が何言ったところで、ふざけてるうちに入らねえだろう。せめて少しでも楽しく気分よく、殺らせてくれよ」
「毎度毎度、皆殺しにする必要はないと言っているんだ」
「あんたらのボスはそう言ってねえけど? 死んだら死んだで構わん、それまでの奴だった、ってよく言ってるじゃん」
軽い口で物騒なことを述べる若い男を、黒服は無視して返答しなかった。
その後、おそらくはヒップホップ男と「なんらかの天才、達人比べ」をする今夜の相手がぞろぞろとその場に到着した。
銃を持った男、刀を持った男、素手だが大柄で屈強な男、薙刀を持った女。
そして最後の一人は、白い杖を持った女だった。
「そっちのお姉さん、お仲間? 終わったらデートしない?」
ヒップホップ男が、白い杖の女に声をかける。
やけにオーバーアクションというか、ヒップホップ的に手を前後に振ったり、体をリズムをとって揺らしている。
「あいにくと心に決めた殿方がおりますので、お誘いには応えられませんわ。あなたも目が見えてらっしゃらないのかしら」
「残念。綺麗な声してて、好みなんだけどなっ。仲良くなれると思ったのに」
どうやらヒップホップ男も白杖の女も、お互いに盲目であるらしい。
「開始の合図は、要らんのだろう?」
あいさつや自己紹介もそこそこに、銃を持った男が既に臨戦態勢だった。
「女との話を邪魔するなんて野暮な奴だな。豆腐にぶつかってから馬に蹴られて死んじまえ」
ヒップホップ男が銃口を向けられる。
撃たれる、と思いきや、どこかで「ガキン」と言う音が鳴る。
その刹那に倒れたのは銃を持ったその男だった。
見ると、倒れたガンマンの近くに、尖った石が転がっている。
信じられないことだが、フニャフニャした動きに隠すように、ヒップホップ男は尖った石を投げてガンマンに命中させたのだ。
しかも正面からただ投げたのでは避けられるから、周囲の電灯の柱かなにかに反射させてガンマンにぶつけた。
血が流れている箇所は後頭部である。
正確に後頭部を狙って、殺傷力を確保できる大きさ、重さの石を投げたのだ。
目の見えない人間ができるようなことではない。
「ポチ、男は食っていいぞ♪ 女は俺が食うから手を出すなよ!」
ヒップホップ男は傍らの犬にそうけしかけて、残る四人のもとへ駆けだした。
「ガウッ!」
どこか楽しそうな元気のいい声を上げて、犬が日本刀男に向かっていく。
「哀れな畜生よ……」
日本刀男は目にもとまらぬ抜刀で、犬の体を横一閃に切り捨てた。
ように見えたが、犬は寸でのところで剣撃をかわし、日本刀男と交差した。
「……っ」
どうやら日本刀男は、犬の爪に腕を引っかかれたらしい。
かすかな傷とは言え、自分が犬ごときに不覚を取ったことが許せない、と言った形相で刀を構え直す。
「あ、ポチの爪には毒が塗ってあっから、もうあんたダメだよ」
「……!?」
ヒップホップ男の宣告、そしてポチと言う犬の襲撃。
精神と物理の両面攻撃に気を取られたのか、日本刀男はほんのわずかに集中力を散らせてしまった。
今度は私が見ている、廃ビルの高い位置からだと良くわかった。
ヒップホップ男は、野球のキャッチャーフライかと思うような高さに事前に石を放り投げていた。
もちろん他の動きや、犬の動きの中でそれと悟られにくい動作に混ぜて、である。
そして、犬の動きと自分の動きでもって、その落下地点に日本刀男を誘い込むことに成功していたのだ。
「毒は嘘。アンタはもう終わりだけど」
拳大よりやや小さめ、と言っても高い位置から落ちれば十分に凶器となる石つぶての落下を喰らい、日本刀男は昏倒した。
「フン。武器になんぞ頼るから、たかが石が当たったくらいで死ぬことになる」
周りの人間が倒れて行く様子を冷静に傍観しながら、武器を持たない頑強そうな男が公園の中央へ歩を進める。
「あらそう? とりあえずアンタ、でかくて邪魔だからどいて」
その素手男が、後ろから薙刀の女に首を刎ねられた。
巨体が声も発さず、地面に倒れ伏した。
辺りにはおびただしい量の血が流れた。
「なによ、結局素手でも弱いじゃない。なんでこんな雑魚が、今回の夜会に選ばれたの?」
つまらなそうに薙刀女が言って捨てる。
「ひゃひゃ。4人じゃなんか縁起が悪いから、数合わせじゃねえ?」
面白そうにヒップホップ男が笑う。
私の記憶が確かなら、首を撥ねられて死んだ男は空手の日本王者にして、総合格闘技に転向した後も日本人選手のエースと目されていた人物だった。
何か傷害事件を起こして実刑を喰らったというニュースを見たが、裏社会で生きていたのだろう。
その人生もたった今終わったが。
ガンマン、日本刀、素手の男、合計3人が倒れた。
ポチと呼ばれた犬は生きている相手への攻撃行動を中止し、男たちの死体を齧り始めた。
公園に残っているのは、薙刀女と盲目の白杖女。
そしてもう一人の盲目者、ヒップホップ男である。
「やっぱりもうやめてデートでもしない? 俺は二人相手でもオッケーだし」
もう飽きた、と言わんばかりにけだるそうな口調で男が提案する。
「それじゃご褒美貰えないし。悪いけど死んで? あ、マイッタしてくれるなら死ななくてもいいよ」
薙刀女は俄然やる気のようだ。
「わかったよ。参った参った。俺の負け。ポチ、帰るぞ」
「ワンッ」
そう言ってヒップホップ男は後ろを向き、食事中だった犬を呼び寄せた。
「え? ほんとに帰っちゃうの? こんなことで『聞か猿』に勝ったってことになっちゃっていいの?」
「いいよいいよ。俺の方は特に困ることなんかねーし」
薙刀女が困惑する。
ヒップホップ男の通り名は「聞か猿」と言うらしい。
目が見えないのだから「見猿」ではないのかと私は思ったが、何か理由のある通り名なのだろうか。
口を血まみれにして、お弁当代わりの臓物かなにかを咥えた犬が主人のもとにダッシュで駆け戻る。
「よしよし、いい子だいい子だ」
冷酷な殺人鬼ではあるが、愛犬家でもあるらしい。
犬の首や頭をワシワシと撫で……犬がくわえていたなにかを受け取った。
「!!」
薙刀女はその「なにか」に気付いて走って逃げだすが、時すでに遅し。
「バーン」
オートマチック拳銃の黒い銃口が、無慈悲に薙刀女に向けられていた。
ガンマンが持っていた銃を、死体咀嚼のさなかに犬が回収して、主人のもとに届けたのだ。
白杖女はすでに児童遊具の陰に身を隠し、銃弾の軌道から我が身を守っている。
連続した銃声とともに放たれた銃弾が、薙刀女一人に降りかかった。
キンキンキンッ! と確認できただけで3回、薙刀が銃弾をはじいた、のだと思われる。
しかしそれ以外の数発が薙刀女の体に直撃し、がくりと膝をついた。
右足、そして腹を撃たれたようだ……。
「ち、ちっくしょう、クソ犬……」
「うちのポチはクソじゃねーよ、クソ女」
脳天に銃弾を喰らい、薙刀女は沈黙した。
「さすがに『聞か猿』ですね。噂にたがわぬ強さです」
白杖女はどこか楽しげに語りかける。
「俺からすると、相手がバカなだけで俺は別に強くも賢くもないんだけどねえ」
銃の残り弾数を数えながら、遠巻きから言葉を返すヒップホップ男。
「あなたの通り名の由来は、あなたが人の話を聞かないから。そして他の何者も、あなたの話を聞いてもいけないから。あなたの前に言葉は無意味。言葉は嘘で言葉は毒。そういう意味が含まれているのでしょうか?」
「どうでもいいよ。まあ言葉が嘘ってのは、そうかもね。俺だけじゃなく、誰だってそうだろ。言葉は人間が作ったもの。作ったものってのは、どっか嘘があるってことだよ。でも、アンタの声はキレイだ。ずっと聞いていたいよ」
まるで口説いているかのように、甘く優しい語らいだった。
「それも、嘘なのでしょうね」
寂しげに呟いた女が、手に持った杖の先で公園の遊具の柱をこする。
カリカリ、ガリガリ、シャリシャリ、と音楽のようなしらべが夜の公園に響き渡る。
その音を聞いて、公園の外周で事の成り行きを見守っていた黒服の男たちが、なにか苦しみに襲われたかのようにその場にうずくまる。
少し離れたビルの上から見ている私も、その音を聞いて眩暈を覚え、足元がおぼつかなくなった。
「ク、クゥ~ン。クゥゥ~ン……」
人間よりはるかに耳がいいと言われる犬のポチも、こらえきれず地面に突っ伏してしまっている。
「ぐえ、何だこりゃ。気持ち悪っ」
ヒップホップ男こと「聞か猿」も、白杖女の奏でるメロディーに体の変調を覚えているようだ。
片膝をついてその場にうずくまってしまった。
遠くで聞いている私でさえ、頭がおかしくなりそうである。
「あなたは覚えてらっしゃらないでしょうけれど、数年前の『フリークス・ブロッサム』で一人の歌手が死にました。あなたに殺されました。私の兄で、私の最愛の人でした……」
杖の音を鳴らしながら、白杖女が徐々にヒップホップ男に近づく。
万が一ヒップホップ男が体の自由を取り戻し、反撃してきても有利な体勢になるように、慎重に背後に回り込むように近付いていく。
杖をこする対象はコンクリートや鉄でなくてもいいらしい。
その気になれば地面をこすった音でも、同じ効果を出せるのだろう。
「ああ、やけに声のキレイな兄ちゃんがいたのは覚えてるよ。アンタの『いい人』だったのか。確かに、似てる声だ。あの兄ちゃん、強かったよ……」
呻きながらも、努めて優しく語りかけるようにヒップホップ男は述懐する。
「兄は自分で望んで、この宴に参加しました。だからあなたを恨む気持ちはございません。ただ、私は私の夢として、望みとして、兄に勝ったあなたをこの手で仕留めたい、そう思って今まで過ごしておりました」
「いいね。それで今、俺が目の前に這いつくばってて、どんな気分だい」
「とりたてて、どうと言うほどのこともございません。こんなものか、というくらいのものでございます」
水のように落ち着いた口調で、白杖女は言った。
「なら素直に死んでやることはできねえなっ」
楽しげにそう返答し、ヒップホップ男は自分の耳の近く銃を当て、続けざまに両耳のそばで2発、発砲した。
それほど火薬の多くない小さな弾丸、小さな拳銃とは言え耳のすぐそばで発砲すれば、一時的に聴覚がおかしくなることは想像できる。
それは相手の不思議な音から身を守るために手っ取り早い手段かもしれないが、諸刃の剣ではないのか。
「光のないあなたが自ら音を遮断するなど、正気の沙汰ではございませんね……」
盲目である以上、周囲の音から状況を把握しているはずである。
相手の武器である不思議な音を封じる代わりに、自分の最大の武器である鋭敏な聴覚、それを利用した状況判断力を捨てるのは、いくらなんでも釣り合いが取れないと思われた。
しかし音の呪縛から解放されたヒップホップ男は悠然と立ち上がり、こう言ってのけた。
「なに言ってるか聞こえねーけど、とりあえず俺、目が見えないわけじゃないよ。そんなこと一言も言ってないし」
「なっ!?」
あわてて距離をとろうとした白杖女。
おそらく弾が切れた銃のグリップで殴ろうと、白杖女に襲い掛かるヒップホップ男。
肉食獣のような瞬発力で一瞬で相手に飛びかかり、銃床の一撃がこめかみに放たれた。
「あ、ああ……」
白杖女は脳震盪を起こしたか、仰向けに倒れて痙攣している。
「アンタの声、キレイだ。もう誰にも渡さない。俺だけのものだ。いただきます」
男が、女の白い喉に食らいついた。
「……!! ……!!!!」
声にならない叫びが、ここまで聞こえてくるようだった。
決着がついた。
その後も、時間をかけて「聞か猿」と呼ばれた若い男は、女の柔肌を貪り喰らっていた。
「お客さんも、楽しんでくれたかな」
去り際、男はそんな言葉を口にした。
まさかとは思うが、私が見ていたことに気付いていたのだろうか……。
商店が機能していない無人の街なので、お土産を買うことができなかったのが私には心残りだった。




