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第99話 君の言葉を信じて

 

 ◇◆◇◆◇


 また真希と一緒に眠る夜だった。前回とは違って、今度は本当に付き合っている。


 それが嬉しかった。けれど、だからといって小説から気を逸らしていいわけじゃない。


 そろそろ、もっと頑張らないといけない。真希がどんどん先へ進んでいく中で、俺だけが取り残されたくなかった。間違いなく、俺も成長しなきゃいけない。それを今やっておけば、今だけじゃなく、きっとこれから先の未来にも役立つはずだ。


 今は、とにかく彼女のそばにいる必要がある。


 そのためにも、できることは全部やろう。


 そう心の中で決意しながら、俺は静かに息を吐いた。


 ………………………………


 …………………………


 …………………


 気づけば、もう夜が明けていた。前回と同じように、真希は隣にいなかった。


 けれど、今回は違った。


 キッチンのほうから、真希が小さく鼻歌を歌っているのが聞こえてくる。


 その声はとても楽しそうで、それを聞いているだけで、なぜか胸の奥が少しだけ軽くなった。


 そういえば……俺のスマホはどこだ?


 昨夜から一度も見かけていない。変だな。


 そう思って部屋を見回し、振り返ると、テーブルの上に俺たちのスマホが並べて置かれていた。


 俺は立ち上がって、そこへ向かい……


 自分のスマホを手に取った。


 けれど、画面は真っ暗なままだった。


 電源が切れている。


 何時なのか知りたかったから、いつものように電源を入れようとした。


 ……けれど、つかない。


 もう一度ボタンを押してみる。


 それでも反応はなかった。


「あ、私が切ったの。つけるの忘れてた」


「切った? なんで?」


「誰にも邪魔されたくなかったから。結局、二人きりでいる時間が一番好きなんだ」


 この子は……。


 まさか、二人の時間を誰にも邪魔されないようにするために、そこまでしていたとは思わなかった。


 そのことを知ると、思わず小さく笑ってしまった。


「ありがとう、真希。学校に行く準備をしよう。俺は身支度してくる」


「うん。朝ごはんは待ってるから」


「分かった」


 それ以上は何も言わず、俺はそのまま風呂に入りに向かった。


 ---


「真希、もう準備できたか? 急いでるんだ」


「もうすぐ! すぐに出るから、ちょっと待ってて。もし先に行ったら許さないからね」


「行かないよ。だから早くしてくれ」


 くそっ、この子は……。


 そう思いながら、俺は小さくため息をついた。


 そういえば、昨日のアクセス数はどれくらいだったんだ?


 真希がそのことについて何も言わなかったのが、少し不思議だった。


 でも……ちょっとだけ見てみてもいいよな?


 俺はスマホを取り出すと、深く考えることもなくアクセス解析を開いた。


 そして、表示された数字を見て、思わず目を疑った。


 60。


 それが、昨日の読者数だった。


 ……60。


 俺にとっては、これまで見慣れていた数字と比べると、あまりにも少なすぎる。


 どうして、こんなに少ないんだ?


 胸の奥がざわつき、指先がわずかに冷たくなった。


 きっと、何かの間違いだ。


 そう思って、もう一度画面を確認する。


 けれど、数字は変わらない。


 ……いや、そんなわけない。


 これは間違いなんかじゃない。


 俺は画面を見つめたまま、何も言えずに固まっていた。


「慧翔くん、準備できたよ。出るね」


「ああ──」


 彼女が出てきて、俺の前に立った。昨日とは違って、どこかいつもとは違うように見えた。


 髪はいつもより艶やかで、肌も普段より輝いているように見える。


 まさか……。


「メイク、したんじゃないか?」


 彼女は少し心配そうに頷いた。俺はしなくてもいいと言ったけれど、それはメイクをしちゃいけないという意味じゃない。それに、実際に彼女の姿を見てしまえば、素直に認めるしかなかった。


 すごく似合っている。


「似合ってるよ、真希」


 そう言うと、彼女は満足そうに微笑んだ。けれど、すぐにその表情を隠すように視線を逸らし、そのまま俺のほうへ歩き始めた。


「ありがとう、慧翔くん。してよかったよ」


 彼女は俺の手を取ることもなく、ただそのまま俺の横を通り過ぎていった。怒っているようには見えない。少なくとも、俺にはそうは見えなかった。


 でも、真希が時々こういう態度を取るのは、なんだか少し面白いと思ってしまう。本人は何でもないような顔をしているけれど、よく見ていれば、ほんの少しだけ機嫌が変わっているのが分かる。


 とにかく、今は急がないといけない。遅刻なんてしたくないし、それに、今日は公開したばかりの話だから、昨日よりアクセス数も増えているはずだ。


 それについて、真希に話すべきだろうか……。


 もし昨日の数字があまりにも少なかったと知ったら、きっと彼女は怒るだろう。


 だから、彼女が自分で気づくまでは言わないほうがいい。俺から教えるよりも、自分で気づいたほうがいいに決まっている。


 そう考えながら、俺は小さく息を吐いた。


 * * *


 結局、俺たちは二人一緒に学校へ着いた。


 けれど、真希は学校に着くまで、一度も俺の手を握ろうとはしなかった。


 そういえば……どうして彼女は、さっきからそんな態度を取っているんだ?


 今回は彼女の母親にも話さないといけない。そうする必要があるのは分かっている。


 でも、その前に……。


「何か言いたいことでもあるのか?」


 俺がそう尋ねると、彼女は足を止めた。そして、少しだけ間を置いてから、ゆっくりとこちらを振り向いた。


「ごめん。まさか、あんなに少ないとは思わなかった……」


 どうやら、もう知っているみたいだ。


 少なくとも、真希も昨日のアクセス数を気にしているんだと分かって、俺は少しだけ安心した。


「言わなくてごめん。自分で気づいてほしかったんだ。たった60アクセスしかなかったって」


「え? 何の話? 今日の予定の話だよ。放課後に真昼ちゃんと約束があるから、あんまり一緒にいられないんだ」


 ……しまった。


 どうやら俺が勘違いしていたらしい。


 てっきり、彼女も小説のアクセス数について話しているものだと思っていた。


 俺は一瞬、何も言えなくなった。さっきまで勝手に真希の気持ちを想像していたことが、急に恥ずかしくなってくる。


「昨日のアクセス数はどれくらいだった? 教えてよ」


 どう言えばいいんだろう……。


 たぶん、かなり言いにくい話になる。でも、ここまで来たら隠していても仕方がない。


 俺は一度だけ深く息を吸ってから、静かに口を開いた。


「えっと……昨日のアクセス数は60だった」


 そう言って、俺は思わず視線を逸らした。


 真希はきっと怒るだろう。


 特に、俺がそのことを隠していたと知ったら……。


 そう思っていた。


 けれど――。


「それはいい知らせだね、慧翔くん! 60アクセスもあれば十分だよ。Xでもどこでも宣伝してないのに」


「え?」


 まったく違う反応を想像していた。


 怒られると思っていた俺は、思わず彼女の顔を見返した。心臓が一瞬だけ大きく跳ねたような気がする。


 まさか、そんなふうに言ってくれるなんて……信じられなかった。


「昨日のアクセス数が少ないって、怒ると思ってた」


 そう言うと、真希は首を横に振って、優しく微笑んだ。


「違うよ。ゆっくりでも、少しずつ増えていくはずだよ。待ってればいいんだ。そのうち、ちゃんと分かるから」


 ……くそっ。


 その言葉を聞いて、俺は小さく息を吐いた。


 どうやら、俺は彼女を信じるしかなさそうだ。


 うまくいくといいけど。


 それに、今日は新学期の初日だ。まだ時間はたっぷりある。


 公開する話だって、まだまだ残っている。


 だから、今すぐ結果を求める必要なんてないのかもしれない。


 焦らずに続けていけば、いつかこの数字も変わっていくはずだ。


 俺はそう自分に言い聞かせながら、もう一度だけ小さく息を吐いた。


 * * *

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