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第93話 彼女が抱える秘密

 あれが……真希の父親なのか……?


 目の前に立つだけで、真希よりもさらに冷たい雰囲気を放っていた。まるで周囲の空気まで凍らせてしまうような、近寄りがたい威圧感がある。以前、真希の母親が「私たちは似ている」と言っていたことを思い出したが、今の俺には、その意味がまったく理解できなかった。こんな男と自分に、いったいどんな共通点があるというんだ。


 そう考えていると、彼の鋭い視線がゆっくりとこちらへ向けられた。


 その瞬間、真希の手がさらに強く俺の手を握りしめた。指先に力が入り、ほんの少し震えているのが伝わってくる。それでも、彼女は俺の隣から離れようとはしなかった。


「新しい一年の始まりに、遅刻するつもりか?」


「父さん……どうしてここに?」


 真希の声は、普段よりもずっと硬かった。


 さっきまで周囲にあったざわめきも、いつの間にか小さくなっている。まるで誰もが、この親子の間にある重い空気を感じ取って、自然と口を閉ざしているようだった。


「来てはいけないのか? まあいい。今週末に少し話をしたい。それで……そちらは誰だ?」


「そちら……?」


 俺のことか?


 心臓が一瞬だけ強く跳ねた。


 真希がこれほど警戒している相手なら、俺も下手な態度を取るわけにはいかない。彼女は俺を信頼してくれている。だったら、少しでも良い印象を持ってもらえるように、できる限り礼儀正しく接するべきだ。


「初めまして。和泉慧翔と申します。真希のクラスメートで……彼女と付き合っています」


 できる限り落ち着いた声で、最大限の礼儀を込めて頭を下げた。


 少なくとも、これで少しでも認めてもらえればいい。


 そう思っていた。


 しかし――。


「説明してもらおうか、真希。お前は、そんな……」


「私の人生を好きにさせてよ! 何度も言ってるでしょ!」


 真希の声が校門前に響き渡った。


 近くにいた生徒たちが一斉にこちらを振り返る。真希自身も、言ってしまったことに驚いたのか、肩をわずかに震わせていた。


 けれど、父親は怒鳴り返すこともなく、ただ静かに真希の目を見つめていた。


 その視線だけで、真希の勢いが少しずつ失われていく。


 握っていた俺の手にも、再び力が入った。


「帰ったら話そう。そして、お前……私はお前を彼氏として認めたわけではない。黒川の名を汚さないでくれ。それだけだ」


 それだけを言うと、彼はそれ以上何も語らなかった。


 ゆっくりと背を向け、先ほどまで乗っていた黒い車へと歩いていく。


 真希はその場から動かなかった。


 数秒間、ただ黙って父親の背中を見つめ続けていた。


 車のドアが閉まる音がして、やがて車が走り去っていく。


 その姿が完全に見えなくなったところで、真希はようやく小さく息を吐いた。


「ごめん……彼はいつもこうなんだ。いつも……いつも私が他の人と一緒にいることを許してくれなかった。でも……あなたのことは認めてほしい。でも、きっと……簡単じゃないよね」


 その言葉を聞いて、俺は何も言わずに彼女の横顔を見つめた。


 父親と向き合っていた時の真希の表情を見れば、それが簡単な相手ではないことくらい、俺にもわかっていた。


 それでも――。


 ここで諦めるつもりはなかった。


「大丈夫だ。認めてもらえるまで頑張るよ」


「慧翔くん……ありがとう。私も頑張る」


 真希はそう言って、小さく笑った。


 まだ不安が消えたわけではない。


 それでも、繋いだ手だけは離さなかった。


 * * *


 その出来事の後、俺たちは坂本さんと雨宮を待ってから、四人で掲示板のある場所へ向かった。


 さっきまでの緊張がまだ胸の奥に残っていたが、今はそれを考えている暇もない。入学式までに自分のクラスを確認しておかなければならない。


「今年は、みんな同じクラスだといいね、慧翔くん」


「俺も同じことを考えてた。確か、雨宮も似たようなことを言ってた気がするな」


 掲示板の前で立ち止まり、生徒たちの名前が並んだリストを上から順番に目で追っていく。


 人が多く、後ろからも次々と生徒が押し寄せてくる。


「お、見つけた。俺は二年A組だ」


 どうやら雨宮は自分の名前を見つけたらしい。


「俺もそこだ。真希も同じだな」


 俺が名前を確認すると、真希も隣から身を乗り出してリストを覗き込んだ。


 二人の名前が同じクラスに並んでいる。


 それを確認した瞬間、自然と笑みがこぼれた。


「よかったね、慧翔くん」


「ああ。これなら今年も一緒にいられるな」


 けれど、まだ一人だけ確認できていない。


 俺は坂本さんのほうへ視線を向けた。


 彼女は少し不安そうな表情を浮かべながら、リストを端から順番に目で追っている。


 指先で名前をなぞりながら、何度も確認しているようだった。


「まだ見つからない?」


 俺が声をかけようとした、その時だった。


 真希がぱっと表情を明るくして、坂本さんのもとへ駆け寄った。


「真昼ちゃん、同じクラスだよ!」


「……え? 本当?」


 坂本さんが驚いたように顔を上げる。


 真希は嬉しそうに掲示板を指差し、そのまま自分の名前の少し下へ指を移した。


「ほら、ここにあるよ。同じクラスだよ」


「……本当だ」


 坂本さんの表情が一気に明るくなった。


 その喜びを隠しきれないまま、彼女は真希へ近づき、そのまま嬉しそうに抱きついた。


 真希も笑いながら、その抱擁を優しく受け止めていた。


 以下のようにすると、意味を変えずに、より自然な日本語のライトノベル調になります。特に**慧翔の一人称を「俺」**に統一し、地の文の視点も前半と合わせています。内容を削らず、表情や仕草を少し補って厚みを出しています。


 * * *


「やった! やっと同じクラスになれたね!」


 真希と坂本さんは、まるで本当の姉妹のように嬉しそうに抱き合っていた。二人とも顔いっぱいに笑みを浮かべていて、その姿を見ていると、こっちまで自然と嬉しくなってくる。


 真希は何度も坂本さんの肩を軽く叩きながら喜んでいて、坂本さんもそんな真希につられるように笑っていた。


「さあ、始まる前に急ごう。そろそろ教室に行かないと遅れるぞ」


「はーい!」


 返事をした二人は、並んで歩き始めた。


 その様子を眺めながら、俺も少し遅れて二人の後を追った。


 * * *


 やっと終わった。


 入学式を終え、今はそれぞれの教室へ向かっているところだった。


 真希と坂本さんは相変わらず一緒にいて、まるで少しでも離れていると寂しいと言わんばかりに楽しそうに話している。


 そんな二人の姿を見ていると、思わず口元が緩んだ。


 今年は新しいクラスメートも何人かいる。


 せめて去年とは違う席になってくれればいいんだけどな。


 そんなことを考えながら教室へ入り、自分の席を探した。


 ………………… …………… ………


 結局、俺の願いは叶わなかった。


 また去年と同じように、窓際の一番後ろの席だった。


 別に悪い席だとは思わない。


 むしろ落ち着いて過ごせるし、周りを気にせず授業にも集中できる。


 でも……


 真希は一番前の席だった。


 しかも、教室のドアのすぐ近く。


 俺の席とは、かなり離れている。


「……?」


 そんなことを考えていると、坂本さんが自分の席へ向かおうとして、ふと足を止めた。


 そして何かを思いついたように、真希のところへ歩いていく。


 何かあったのか?


 少し離れたところから様子を見ていると、真希が立ち上がった。


 そして、入れ替わるように坂本さんが真希の席へ座った。


 その顔には、どこか満足そうな笑みが浮かんでいる。


 どうやら、二人で席を交換したらしい。


 そして真希は、俺のほうへ向かって歩いてきた。


 俺の前まで来ると、少しだけ恥ずかしそうに笑って、そのまま隣の席に腰を下ろした。


「よろしくね、慧翔くん〜。それと、真昼ちゃんにちゃんとお礼を言ってね。彼女が私と席を替わってくれたんだ」


「坂本さんが……そういうことか。じゃあ、後でちゃんとお礼を言わないとな」


「うん。これで安心した〜」


 真希は嬉しそうに笑った。


 まあ……俺としても、この結果には満足している。


 教室の前と後ろに離れているより、こうして隣にいてくれたほうがいい。


 ただ……


 さっきのことが、どうしても頭から離れなかった。


 あの時、真希と父親が話している姿を見て、俺はまだ知らない何かが彼女の中にあることを感じていた。


 父親を前にした瞬間の、あの冷たい目。


 震えそうになりながらも、必死に相手を見つめていた表情。


 そして、別れた後に見せた、どこか寂しそうな笑顔。


 あれを見てしまった以上、何も気にしないなんて無理だった。


 俺はまだ、真希のことを十分に知らない。


 彼女が何を経験してきたのか。


 どうして父親をあれほど恐れているのか。


 そして、黒川家に一体どんな事情があるのか。


 聞きたいことはいくらでもある。


 でも、今すぐ無理に聞き出すのも違う気がした。


 下手に踏み込めば、彼女を傷つけてしまうかもしれない。


 だから今は――


 ただ、彼女のそばにいる。


 それしかできない。


 それでも、いつか本当に彼女が助けを必要とする時が来たなら、その時は何かできる自分でありたい。


 そう思いながら、隣に座る真希をそっと見た。


 彼女は何も知らないように、嬉しそうに新しい教科書を眺めていた。


 その横顔を見ていると、さっきまで胸の中にあった不安が、ほんの少しだけ和らいだ。


 今はそれでいい。


 少なくとも、俺は彼女の隣にいる。


 それだけは、誰にも奪わせるつもりはなかった。

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