第74話 空想物語に夢中な真希
彼女は机の向こう側に座り直し、スマホの画面を素早く指で叩きながら書き続けていた。
でも、俺は集中できなかった。
アイデアを考えるのは簡単だ。書くのも簡単だ。本当に難しいのは、それをどう説明するかだった。
「真希、どうやって書いてるのか、コツを教えてくれないか?」
彼女には独特の書き方があった。
行き当たりばったりで書いているわけじゃない。書き始める前から、頭の中ですべてが整理されていて、きちんと組み立てられているように見えた。
「えへへ、それは私の一部みたいなものだよ。もう気づいてると思ってたけど……でも、ノートを使ってアイデアを整理してみたら? きっとやりやすくなるよ」
「……それが一番いい方法かもしれないな。ちょっと下に降りてくる」
「うん、ゆっくりでいいよ」
部屋を出て、階段を下りていると、玄関のチャイムが鳴った。
聞き覚えのある音だった。
それに、真夜は下にいなかったから、自分で出ることにした。
「はーい」
ドアを開けると、そこには予想外の顔があった。
申し訳なさそうで、それでいて罪悪感の滲んだ笑みを浮かべながら、こちらを見ていた。
なぜか、彼女の顔を見ると少し気が沈む……でも同時に、感謝している気持ちもあった。
「葵さん……」
「真夜ちゃんから、あなたたちの間に何があったのか聞いたよ。私……あの時言ったこと、本当にごめん。心から謝りたくて来たの」
彼女は深く頭を下げた。表情には、はっきりと後悔の色が浮かんでいた。
「嘘をついてしまってごめん。私……ただ、あなたに振り向いてほしくて……」
「俺に謝る相手じゃないだろ。誰に謝るべきかくらい、わかってるはずだ」
「……うん」
彼女は唇を噛みしめてから、また口を開いた。
「真希さんに謝らなきゃ……会える?」
ドアをもう少し開けて、中に入るよう促した。
「下にいるって伝えてくる。二人で話せるよ」
「うん……」
彼女は静かに家に入り、リビングで待つように腰を下ろした。
俺は二階へ上がって、自分の部屋に戻った。
「真希、リビングに来客だ」
「……まさか……」
「ああ。下に来てくれ」
彼女は真剣な表情のまま、静かにうなずいた。
その返事を聞いて部屋を出ると、一緒に階段を下りた。
………………
….………
……
一分ほどして、真希がリビングに姿を見せた。
誰が待っているのかは予想していたみたいだったけど、実際に目の前に立っているのを見て、やっぱり少し驚いたようだった。
「葵さん……」
「真希さん……」
迷うことなく、葵さんは真希の前で深く頭を下げた。
「さっき言ったこと、本当にごめんなさい。慧翔くんに、あなたが彼のことをただの友達としてしか見ていないって嘘をつきました。そのせいで彼が……」
「……それはもう終わったことです。それに、あなたを許したからといって、それ以上どうこうするつもりもありません」
頭を下げたままの葵さんに向けて、真希の声は冷たく響いた。聞く者に無視できない距離を突きつけるような、そんな響きだった。
葵さんがゆっくりと顔を上げる。しかし、その目に映ったのは、言葉通りに冷えきった真希の表情だけだった。
「慧翔くん……どう思う? 許したほうがいいと思う?」
本当に俺の意見を聞いているのか、それともただ試しているのか、よくわからなかった。
でも、確かなことが一つだけあった。
もし葵さんがあの嘘をついていなければ、真希があんなふうに追い詰められて、勇気を振り絞って最初の一歩を踏み出すこともなかったかもしれない。
「真希、それは君が決めることだ。許せると思うなら、そうすればいい。君の決断なら、俺は受け入れる」
彼女は数秒のあいだ、黙り込んだ。
その表情は相変わらず強かった。でも、その瞳の奥には迷いが潜んでいるのがわかった。
やがて、彼女は長いため息をついて、背を向けた。
「慧翔くんのために……あなたを許します」
葵さんはゆっくりと顔を上げた。その戸惑いは隠しきれていなかった。
「……ありがとう、真希さん……」
「でも、私はあなたと友達になるつもりも、仲良くするつもりもありません。ただ、これ以上私と慧翔くんの関係に、あんな形で首を突っ込まないでください」
葵さんはしばらくその場に立ち尽くし、その言葉を噛みしめるように受け止めていた。
数秒考えたあと、静かにうなずく。
「わかった……もうしない。あなたたちの関係に、これ以上干渉したりしない。結局、慧翔くんは君のことが好きだから、私を振ったんだ。もうあなたたちの間に割って入るつもりはないから」
その言葉で、ようやく真希の心に残っていた最後の迷いも消えたように見えた。
何も言わずに、彼女は俺のそばまで来て、自然な仕草で手を握った。
言葉にしなくても、葵さんに「私が選んだ人はこの人です」と示しているみたいだった。
少し恥ずかしかったけど、彼女のそんな小さな独占欲みたいなものが感じられて、嬉しくもあった。
葵さんはもう一度軽く頭を下げて、その会話は終わった。
別れを告げて、彼女は自分の家へ帰っていった。
真希と俺は部屋に戻り、また小説を書き進めることにした。
でも、まだ一つ気になることがあった。
真夜はどこにいるんだろう?
もう自分の部屋に戻ったのかな?
少し様子を見に行ったほうがいいかもしれない。
「真希、ちょっと行ってくる。真夜の様子を見てくるよ」
彼女はすぐに察したように、穏やかにうなずいた。
「早く戻ってきて……すぐ寂しくなっちゃうから」
「……すぐ戻るよ」
なんでこんな会話になってしまうんだろう……
真夜の部屋なんて、俺の部屋からほんの数メートル先にあるだけなのに。




