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第72話 朝の視線と、家族の温かさ

 ◇◆◇◆◇


「ん……」


 え……? 違う……ただの夢だったのか……。


 隣には、明らかに誰かがいた痕跡が残っていた。自分とは違う香りも、まだ微かに残っている。


 普段はこういうことに鈍いはずなのに、どうしてわかったのか、自分でも不思議だった。


「やっぱり夢じゃなかったんだな……」


 真希はここ数日で少し変わった。ずっと隠していた気持ちをようやくさらけ出して、心を開いてくれたような気がした。


 でも、結局真希は真希だ。


 そして、今の彼女のそういう一面を知ることができたからこそ、もっといろんなことを知りたいと思った。


 …………


 それでも……起きるのがめんどくさい。


 でも、仕方ない。


 ゆっくりと体を起こし、部屋を片付けて、ベッドを整えた。散らかっていたのは、そのくらいだった。


 ドアを開けると、向こうで誰かがもう待っていた。


「あ、お兄ちゃん!」


 その口調だけで、この後何を言われるか想像できたから、あまり気にしないことにした。


「まず挨拶だろ」


「おはよう、お兄ちゃん」


 ……この子は。


 くそっ……今は無視しよう。


 階段を下りてキッチンに目を向けた瞬間、足が止まった。


「あ、慧翔くん、おはよう」


 あまりにも自然な真希の挨拶に、なぜか一気に落ち着いた。


「おはよう、息子よ。どうやら昨夜はよく眠れたみたいね。ふふふ」


「…………──」


「…………──慧翔くん……一葉さんに気づかれた……」


「あまりにもわかりやすすぎたのよ〜。あなたたちが二階に上がっていった時、お父さんと私、笑いをこらえるのが大変だったんだから」


 真希と俺は、すっかり気まずくなってしまった。


 バレてる。


「やっぱり真夜が話を持ち出しかけたのが原因だな」


 でも、どのみち今日話すつもりではあった。


「私は何も言ってないよ。話す前に口を塞いだのはそっちでしょ」


 そう言って、真夜は涼しい顔でリビングへ行ってしまった。


 母さんがもう一度真希と俺を見てから、俺を呼んだ。


「慧翔、ちょっと来なさい」


 何も言わず、真希のそばまで歩いていく。


「慧翔、真希ちゃん……おめでとう。やっと二人が付き合うことになって、本当に嬉しいわ。息子が幸せになるところを見られたら、もう安心して死ねる気がするくらいよ」


 真希はすぐに顔を赤らめた。でも、必死に平静を装っていた。


 とはいえ、もうほとんど隠せていなかった。


「私にとって真希ちゃんは、もう家族みたいなものよ。それに、この様子だとすぐに本当の家族になりそうね。ただ、お互いをちゃんと大事にしなさい。もしどちらかが相手を泣かせたら、絶対に許さないからね」


「……そんなこと、絶対にありません。慧翔くんとは別れません。それに、彼は私の婚約者でもあるんですから、なおさらです」


 母さんはその言葉を聞くと、満面の笑みを浮かべたまま真希を抱きしめた。


 その光景を見て、俺は今までにないほど安心した。けれど、母さんが真希の耳元で何かを囁くと、真希はさらに顔を赤くして、小さくうなずいた。


「……二人で何かあったのか?」


「ううん、何もないわよ。ただ、将来のお嫁さんにちょっとお願いしただけ。ね?」


「は、はい……そうです……」


 何を言われたのか気になったけど、真希の反応を見る限り、どうやら教えてくれそうにはなかった。


 結局……女同士の話ってやつか。


「よし、息子よ。先に席について待ってなさい」


 何も言わずに食堂へ向かうと、父さんがもう待っていた。


 満面の笑みを浮かべ、めったに見せないあのいたずらっぽい目をしながら、まるで発言の許可でも求めるように手を挙げた。


「やっと恋人同士になったな。でも正直、あのビデオ通話の時から、こうなるんじゃないかと思ってたよ」


「そんな前からか? じゃあ……真希に対するあの態度も……」


「まあな」後ろ頭をかきながら、見つかった子どもみたいな顔で言った。「半分はそうだ。まだ本当に付き合ってないってわかってたけど、それがいい刺激になると思ったんだ。で、どうやら間違ってなかったみたいだな」


 言い終えた父さんの顔には、隠しきれない誇らしさが滲んでいた。


 つまり、結局母さんは父さんにも話してたってことか……。


 でも、もう気にならなかった。


 むしろ、うまくいってよかったとさえ思った。


 その時、父さんがキッチンの方へ向かうと、まるでその瞬間を待っていたかのように、真希が二人の前に立った。


「誠一郎さん、一葉さん……私を信じてくださって、ありがとうございます。これからも、その信頼に応えられるように頑張ります」


 そう言って、丁寧に頭を下げた。


 思わず小さく笑ってしまった。


「顔を上げなさい。息子の彼女にそんなに堅くなられると、こっちまで照れちゃうわ」


 真希はゆっくりと顔を上げた。


 その表情はまだ真剣だったけど、目にははっきりとした決意が宿っていた。


 よかった……。


 二人があんなふうに受け止めてくれて、本当によかった。


「はい……わかりました」


「さあ、ここもあなたの家だと思って。もっと気楽にしてちょうだい」


 母さんが温かく微笑み、二人はそのままキッチンへ向かって朝食の支度を続けた。


 父さんと俺は、テーブルでじっと待っていた。


 すぐに真夜も加わった。


 真希が俺の隣に座り、向かいには真夜、父さん、母さんが並んだ。


 しばらくは少し気まずい空気が流れていた。


 でも、時間が経つにつれて、みんな少しずつその新しい状況を自然に受け入れ始めていた。


 時々、真希と目が合ったけど、向かいの三人はそれをまったく気にしていないようだった。


 一瞬、食堂が心地よい沈黙に包まれ、食器の触れ合う音と呼吸だけが静かに響いていた。


「お父さん、あーんして」


「あーん」


 ……


 あの二人は一体何をしてるんだ?


 しかも、なんでよりによって今日に限ってそんなことをするんだ?

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