第66話 彼女の後悔、私の決意
* * *
「ただいま。あ、真夜ちゃん、玄関で待っててくれたの?」
彼女は返事をしなかった。
その代わり、少し申し訳なさそうな表情で私を見た。
「葵さんと何かあった?」
それで私たちを見ていたんだ。
そうとしか思えなかった。
彼女が私たちが会ったことを知る方法は、他になかった。
でも、彼女を心配させたくなかった。
それに、これは自分で整理したいことだった。
「ううん、何もなかったよ。運動の話をしてただけ。うん、それだけ」
平静を装うことには慣れていたから、緊張を顔に出さないようにした。
「そう……仲良くなれてよかったね。友達になれるといいね」
それはどうだろう。
彼女とはうまくやっていけないし、それが変わるとも思えなかった。
でも、何も言わなかった。
ただうなずいて、家の中に入った。
玄関をくぐった時、ちょうど出てこようとしていた誰かとぶつかりそうになった。
「あ、真希。ごめん……」
顔を上げた。
そして、そこに彼がいた。
「慧翔くん……」
「君に会えなくて心配してたんだ。俺は……」
「お兄ちゃん、言いなよ。言えるってわかってるでしょ」
慧翔くんは数秒迷った。
それから目をそらし、言葉を探すように口を開いた。
「俺……俺は君のことが心配だったんだ。今度からはちゃんと知らせてから出かけてくれ」
「言えた! そういうことだよ、お兄ちゃん」
「……次からはそうするよ。でも、一緒に行ったほうがいいかもしれないね」
気づけば、言葉が口からこぼれていた。
「……そうだね。君の言う通りかもしれない」
慧翔くんは私の返事に驚いたようだった。
「心配してくれてありがとう」
少しうつむいた。
「嬉しいよ」
それが正直な気持ちだった。
たぶん、表情には出ていなかったと思うけど。
恥ずかしさが追いついてくる前に、私はリビングへ向かった。
これ以上そこにいるのは気まずすぎた。
慧翔くんも何も言わなかった。
ただ黙って食堂へ向かい、そこにはすでに朝食が用意されていた。
変な感じだった。
他人の家でこんなに居心地がいいなんて、想像もしていなかった。
あの部屋でさえ、こんな風には感じなかった。
キッチンから一葉さんが微笑みかけてきた。
「まあ、疲れたでしょう。朝ごはんの前に、お風呂に入ったほうがいいわね。真夜もね」
「は〜い!」
真夜ちゃんの元気な返事の後、私も承諾した。
* * *
湯船でゆっくりした後、食堂に下りてみんなで朝ごはんを食べた。
食べ終わると、自分から皿を洗うと言い出した。
もてなしへの感謝を伝える、簡単な方法だった。
それに、何か手伝いたかった。
一葉さんは反対しなかった。
でも、気になることがあった。
「私も手伝うよ、お姉ちゃん」
真夜ちゃんの声が後ろから聞こえた。
なぜか、背筋に嫌な予感が走った。
彼女の登場はあまりにもタイミングが良すぎた。
「そう、手伝ってくれると助かるわ」
彼女は満足そうに笑って、私の隣で皿をすすぎ始めた。
でも、彼女がただ手伝うためだけに来たわけじゃないことはわかっていた。
遅かれ早かれ、あのことを聞いてくるだろう。
そして予想通り、彼女はすぐに口を開いた。
しばらく沈黙が続いた後、彼女は遠慮がちに話し始めた。
「……で、どうするか考えた? 遅くなる前に誘ったほうがいいと思わない?」
「えっと……なんて言えばいいかわからない。お祭りに男の子を誘ったことなんて、一度もないし……」
一瞬だけ、彼女の顔に失望が浮かんだ。
まるで別の答えを期待していたみたいに。
でも、すぐに笑顔を取り戻した。
「えへへ〜〜」
危険な笑みがゆっくりと浮かぶ。
誰かが危険なアイデアを思いついた時の、あの笑顔だった。
何かを聞く前に、彼女はキッチンを出て、まっすぐリビングへ向かった。
そこには慧翔くんがいた。
真夜ちゃんは彼に近づき、何かを耳打ちし始めた。
そこからは彼女の言葉は聞こえなかった。
でも、キッチンからでも彼女の勝ち誇った笑顔は見えた。
そして、なぜかとても嫌な予感がした。
そうして数分後、真夜ちゃんが私のところに戻ってきた。
そして、満足そうな笑顔を浮かべていた。
「よし。あとは私の発表を待つだけだよ。お姉ちゃんが輝く時だね〜」
「───……慧翔くんにいったい何を言ったのか、教えてくれる?」
彼女は首をかしげた。
あの独特の、無邪気さといたずらっぽさが入り混じった表情で。
まるで秘密を教えるべきか、それとも私がもっと悩むのを眺めているべきか決めているみたいに。
それだけで、ますます気になった。
「後でわかるよ。待ってれば」
「───……変な子ね」
それでも、彼女を信じるしかなかった。
「そうそう、今日の午後から準備が始まるんだよ。花祭りの準備があるからね」
「うん」
私の返事は冷静だった。
でも心の中は全然違った。
慧翔くんにいったい何を言ったんだろう?
何度考えても答えは出なかった。
そして最悪なのは、真夜ちゃんが私の困惑を楽しんでいるようにしか見えないことだった。
「えへへ〜」
「……そんな風に笑わないでよ」
「どんな風に?」
「何か企んでるみたいな笑い方」
「ひどいなあ、お姉ちゃん」
これ以上問い詰める前に、リビングから足音が近づいてくるのが聞こえた。
間もなく、慧翔くんがキッチンの入り口に現れた。
そして、なぜか私と目を合わせようとしなかった。
変だ。
とても変だ。
「あ、お兄ちゃん」
真夜ちゃんがすぐに微笑んだ。
それは、導火線に火をつけて、今か今かと爆発を待っている人みたいな笑顔だった。
「どうかしたの?」
慧翔くんは迷った。
ほんの一瞬だけ。
「えっと……実はな」
真夜ちゃんが笑みを隠すように少しうつむくのが見えた。
それはあまり良い予感がしなかった。
「今日の午後から花祭りの準備が始まるんだ」
「知ってるよ」
「それで……えっと……」
彼の視線が部屋の中をさまよった。
そして、私のところで止まった。
「終わったら、一緒に帰ろうと思ってな」
「……」
一瞬、動けなくなった。
お祭りに誘われたわけではなかった。
でも、慧翔くんが自分から言い出すようなことでもなかった。
ほとんど反射的に真夜ちゃんの方を見た。
彼女はもう別の方を向いていて、口笛を吹いていた。
まるで自分は何も関係ないかのように。
嘘だ。
彼女が関係ないはずがなかった。
「……いいよ」
できるだけ自然に答えた。
「だって、今は同じ場所に住んでるしね」
「ああ……そうだな」
慧翔くんは明らかに安堵したようだった。
肩の力が少し抜ける。
認めたくないほど緊張していたみたいだった。
それだけで、ますます胸が高鳴った。
間違いなく。
間違いなく真夜ちゃんが何かした。
でも……
嬉しかった。
たとえ小さな提案でも。
ただ一緒に帰るだけだとしても。
彼から言い出してくれた。
それだけで、ずっと考えてしまいそうだった。




