第63話 物語に映る本音
そう時間を置かずに、彼は読み始めた。でも、その表情はあまり満足そうではなかった。
何かあったのだろうか……?
「どう思う、慧翔くん?」
「.........真希、何かあったのか? 最近までと雰囲気が違う気がする」
「わからないわ。何か変だった?」
気づけば、少し彼の近くに寄っていた。でも、突然彼が離れた。少し顔を赤くして、緊張しているみたいに。
どうして今さらそんな反応をするんだろう。手まで繋いだっていうのに……
「............あなたのご両親や真夜ちゃんに全部話した後で、今さらそんなに恥ずかしがるなんて、なんだかむかつくわ」
「......そうだな。『付き合ってる』ってことになってたから、そうしてたんだよな?」
最後にもう一度うなずいた。
彼がそんな風にするのが、少し悲しかった。でも、そんな簡単に諦めるつもりはなかった。
「そう。じゃあ、着いた時に言ってくれたことは全部無意味だったんだね。そんな人だと思わなかったよ、慧翔くん。がっかりした」
彼は少し不機嫌そうだったけど、黙ったまま私の言葉を噛みしめていた。
私が……私が先に動かないと。
その時が来た時に、ちゃんと準備ができていて、最後の最後で後悔したくない。
だからやらなきゃ。
誇りを少し犠牲にしても、彼のためなら……彼のことなら、構わない。
立ち上がって、彼のところへ行き、手を取って自分の方へ引き寄せた。
「さあ、座って。何が気に入らないのか言ってみて」
数秒迷って、絡めた手を見下ろした。
「わかった。でも君も……」
「やだ! 離したくない。今度はあなたも自分で言ったことくらい守りなさいよ」
こんなに恥ずかしいことを言って、頬が熱くなるのを感じた。
一方、彼は観念するしかなかった。
「......好きだ」
言葉が止められず、思わず口からこぼれた。
「え?」
「違う、私……! 小説の話よ! 変な意味じゃないから!」
「ああ、そうか。俺も好きだよ。面白い話だと思う。それに、よかったら似たような話があるから貸せるよ」
なんで彼はそんなに『好きだ』を強調するんだろう?
慧翔くんはひどい……
でも、その言葉が自分に向けられたらいいのに。
「まあ……続けて。何が足りないの?」
「主人公がすごく不安定に見えるんだ。何か言いたいのに結局言えない、みたいなのを繰り返してる。だから気になったんだ」
「......それは……そのまま読み進めて。それに、書き方だけで私のことなんてわかるはずないでしょ」
「不可能じゃない。ただ君のことを知ってるんだ。それじゃダメか?」
「.........バカ。でも、私のことをわかってくれてるのは嬉しいよ」
「実は、君が思ってるよりずっと君のことを知ってるんだ」
「証明してみせて。私のことを知ってるなら、証明して」
彼は口を開けたまま、私の言葉の意味を考えていた。
何か言う前に、ドアが開く音がした。
「ただいま〜」
その声で、慧翔くんの手が私の手から離れた。すぐに立ち上がって、玄関まで迎えに行った。
今日書いたものを見て、もう一度急いで読み返した。
そして数ページ読み直して……
やっぱり、もう一度書き直さないと。
今、彼の言いたかったことがわかった。
* * *
リビングでの出来事の後、部屋に戻って、彼に見せた部分を書き直した。
どうしてあんなに拙い文章だったのに気づかなかったのか。
それに気づいた瞬間は、間違いなく今までで一番恥ずかしいことの一つだった。
でも、もうその話は終わりにしよう。
もう修正している。少しずつ良くなっているのがわかる。
あと一つ何かが足りない気がしたその時、スマホの画面に真夜ちゃんからのメッセージが表示された。
[ちょっとお姉ちゃんの部屋に行ってもいい? 話があるの]
これは……予想外だった。
返事をする前に、ドアを三回ノックする音が聞こえた。
「お姉ちゃん、開けて。話があるの」
あまりに突然で、一瞬動けなかった。
そしてようやく我に返ると、立ち上がってすぐにドアを開けた。
そこには彼女がいた。唇にいたずらっぽい笑みを浮かべて、まるでこの先どうなるか全部わかっているみたいに。
「えへへ〜。もうすっかり落ち着いたみたいだね、お姉ちゃん」
「えっと……思ってたより快適だよ。それに、温泉に入ってからすごくリラックスできてる」
「気に入ってくれてよかった。あ、そうだ。ちょっと聞いてほしいことがあったんだ」
「聞いてほしいこと? 何?」
真夜ちゃんは小さく笑ってから答えた。
「明日から花祭りが始まるんだけど、プレゼント、今渡してもいいかなって思って」
「え? 本当? それは全然予想してなかった」
「で、どう? いい? 試着してみてほしいんだ」
「えっと……そう言うなら。それに、ちょっと気になるし」
「やった! すぐ持ってくるね」
そう言って、部屋を飛び出すように出ていった。鼻歌まで歌いながら、まるで世界で一番嬉しい知らせでも聞いたみたいに。
思わず小さなため息が漏れたけど、口元には笑みが浮かんでいた。
「もう、真夜ちゃんったら……」
そういえば……
どうして?
慧翔くんと一緒に行けばいいじゃないか。
悪くないアイデアだ。
うん、それが一番だと思う。
数分後、真夜ちゃんが戻ってきた。部屋に入るなり、すぐにドアを閉めて、興奮した様子で私の方を向いた。
「よし! 試着してみて。外で待ってるから、準備できたら教えてね」
「あ……うん」
彼女はまた部屋を出ていき、私はドアに鍵をかけてから、持ってきてくれた包みを慎重に開けた。
しばらく、黙ってそれを見つめていた。
浴衣は落ち着いた色合いで、夜空を思わせる濃紺と、光の加減でわずかに表情を変える黒が溶け合うような色合いだった。
布地に散りばめられた赤みがかった花が上品に映え、袖や裾には繊細な明るい色の装飾が施されていた。
濃い紅色の帯が、それをさらに……華やかに見せていた。
「……これ、絶対に安物じゃないよね」
思わず呟いた。
不思議な気分だった。
こんなものを誰かから贈られたのが、いつだったのか思い出せない。
布地を指先でなぞり、その柔らかな感触を確かめながら、私はゆっくりと着替え始めた。




