第61話 女の子同士の話 パート1」
部屋に戻ると、私がドアを閉めるより早く、真夜ちゃんと慧翔くんが何も言わずに荷物を片づけ始めた。
一瞬、心臓が跳ねる。
……下着を見られたらどうしよう。
それだけは本気で恥ずかしかった。
片づけはあっという間に終わった。
さっきまでとは違って、部屋にはもう私の気配がちゃんと溶け込んでいる。
私は少し緊張しながら、その空間を見回した。
ここで、一週間以上過ごすんだ……。
「なんか、もうお姉ちゃんの部屋って感じだね〜」
「えっと……もう結構遅いね。そういえば、葵さんはもう帰ったの?」
「気づいてなかったの? お姉ちゃんたちの『関係』聞いたあと、すぐ帰ってたよ」
言われてみれば、いつ帰ったのか全然気づかなかった。
……でも、もう少しここにいる気がしていた。
「まあいいや。それじゃ、私はそろそろ失礼するね〜。お風呂、沸かしてこようか?」
「え? 私たち、温泉行くんだけど」
「「へっ?」」
「知らなかったの、お姉ちゃん? すっごく気持ちいいんだよ。絶対リラックスできるから!」
そういえば、温泉なんて子供の頃以来入っていなかった気がする。
しかも、前に来たのもここだったような……。
「まあ、今さら断れないし……そんなに気持ちいいなら」
「よかった! お兄ちゃんはお留守番ね。私たちだけで行くから」
慧翔くんの顔が、全部を物語っていた。
何か言い返そうとしている。
たぶん、「夜道は危ない」とか、「もう遅い」とか、兄らしい理由を探していたんだと思う。
でも真夜ちゃんは、そんな隙を与えなかった。
まるでスパイみたいな素早さでクローゼットからバスタオルを二枚取り出し、そのまま私の手を掴んで出口へ向かう。
「一時間くらいで戻るねー! お兄ちゃん、お姉ちゃんいなくて寂しくなっても泣かないでね〜!」
玄関からウインク付きでそう言い放ち、勢いよくドアを閉めた。
慧翔くんは口を半開きにしたまま、完全に固まっていた。
外へ出ると、夜の空気がひんやりと肌を撫でる。
私は小さく肩をすくめた。
空は綺麗に晴れていて、星が一面に広がっていた。
都会で見るより、ずっと明るい。
私たちは石灯籠に照らされた小道を歩いていく。
聞こえるのは、足音と虫の鳴き声だけだった。
夜風は冷たかったけど、真夜ちゃんはずっと楽しそうだった。
私の隣をぴょこぴょこ歩きながら、大事そうにバッグを抱えている。
「よく来るの?」
私は静かに尋ねた。
「んー、まあね。試験前とかはよく来るよ。すっごいストレス溜まるし」
「なるほど。ちゃんと効果ありそう」
今まで見てきた限り、真夜ちゃんはいつも元気だった。
今日も例外じゃない。
数分ほど歩くと、硫黄の匂いがふわりと漂ってきた。
どうやら、もう近いらしい。
建物はとても綺麗だった。
古い木造の外観が、この町の景色に自然に溶け込んでいる。
中へ入ると、すぐに水の流れる音が聞こえてきた。
漂う湯気と熱気に包まれて、自然と肩の力が抜けていく。
受付で入館料を払い、案内された女性用の暖簾をくぐった。
脱衣所は広く、綺麗に整えられた畳の上に籐のかごが並んでいる。
奥の扉の隙間からは白い湯気が漏れていて、その温かさだけで今日の疲れが溶けていきそうだった。
真夜ちゃんはバッグをかごへ置くと、まるで気にした様子もなくジャケットのボタンを外し始める。
そして、きらきらした目で私を見た。
「さあ、お姉ちゃん!」
小さな声なのに、まるで拒否権なんてないみたいだった。
「ここまで来たんだから、もう約束の時間だよ」
私はごくりと唾を飲み込んだ。
服を脱ぎ始めると、心臓の音が嫌なくらいはっきり聞こえてくる。
もう逃げられなかった。
できるだけ急いで服を脱ぎ、恥ずかしさを誤魔化すように籐のかごへ綺麗に畳んで入れていく。
でも、タオルを取ろうと振り返った瞬間——
脱衣所が妙に静かなことに気づいた。
真夜ちゃんが、私のかごの前でぴたりと止まっていた。
視線の先にあるのは私じゃない。
さっき脱いだブラジャーだった。
真夜ちゃんは目を丸くしたまま、じっとタグを見つめている。
そして次の瞬間、恐る恐る手を伸ばした。
まるで信じられないものを見るみたいに、背中側のタグを摘まむ。
サイズを確認した途端、彼女は大げさなくらい深いため息をついた。
両手で頭を抱え、そのまま羨ましそうに私を見る。
「そ、それ本物なの!?」
声を震わせながら叫ぶ。
「お姉ちゃんずるい! スタイルいいし、肌も真っ白なのは知ってたけど、そんなのまで隠してたなんて! なんでそんな細いのにそんなにあるの!?」
恥ずかしかった。
こんな風に身体を褒められるなんて初めてだった。
真昼ちゃんですら、こんなこと言わなかったのに。
「ちゃんと隠せてると思ってたんだけど……。それに、そこまで大きいわけじゃないよ」
「いやいや、大きいって! ほんと全然気づかなかったもん。服で隠すの上手すぎるよ。それに持ってきてる服も、全部ゆったりしてるし」
「……あんまり目立たせたくないから」
「えー、なんで? 学校ではどうしてるの?」
「スポーツブラ使ってるの。それに制服の下に少し大きめのインナーも着てるから」
私は小さく息をついた。
「夏はちょっと暑いけど……普通に制服着たいなら、その方が楽なの」
説明を聞き終えた真夜ちゃんは、信じられないものを見るみたいな顔で長いため息を漏らした。
「へぇ……ずっと忍者みたいな隠密スキル使ってたんだね……」
ようやくブラをかごへ戻す。
でも、驚きの視線はまだ消えていなかった。
「もったいないなぁ、お姉ちゃん。でも逆によかったのかも。こんなの学校の男子にバレたら、お兄ちゃん絶対嫉妬で毎日大変なことになってるよ」
その言葉に、少しだけ嬉しくなる。
でも同時に、すごく恥ずかしかった。
「ま、真夜ちゃんっ! 慧翔くんのこと、そんな風に言わないで……! でも、本当にそう思う?」
「うーん。お兄ちゃん、知らないうちに人生最大の当たり引いてたんじゃない?」
真夜ちゃんは楽しそうに笑った。
「ほら、こんなところで固まってないで、早く温泉入ろ!」
その言葉のおかげで、少しだけ気持ちが楽になった。
私は頷き、小さな手拭いを手に取る。
でも、それだけじゃ全然隠しきれなくて、逆にちょっと面白かった。
真夜ちゃんはくすっと笑いながら、優しく私の背中を押した。
そして温泉へ続く扉を開ける。
次の瞬間、濃い湯気と熱気が一気に私たちを包み込んだ。
……これなら、赤くなった顔も隠せそう。
私は心の中で、そっと安心した。
そして——
ついに、その時が来た。




