第55話 私のために用意されていた贈り物
しばらくして、真昼ちゃんのお母さんが何事もなかったかのように戻ってきて、ごく自然に会話へ加わった。
でも、その笑顔にはどこか違和感があった。
まるで共犯者みたいな笑み。
反射的に視線を落とした。
え……?
和泉くんがいない。
そう思った瞬間——
「お誕生日おめでとう、黒川真希!」
みんなの声が重なった。
目の前に現れたのは、十六本のろうそくが灯ったケーキ。
揺れる灯りが、部屋を優しく照らしていた。
「みんな……」
一瞬、息が止まった。
こんなふうに誕生日を祝ってもらうのなんて……十年ぶりだった。
最後にお父さんとお母さんが祝ってくれた時。
あの頃は、ただ二人がそばにいてくれるだけで幸せだった。
でも今は……
今は、みんながここにいる。
真昼ちゃん。
雨宮くん。
和泉くん。
その光景を見ただけで、胸が甘く痛んだ。
六歳の時を最後に、自分へ向けられる「お誕生日おめでとう」を聞くことなんてなかった。
なのに今は……
みんなが私を祝ってくれている。
私がここにいることを、祝ってくれている。
涙が止まらなかった。
「ありがとう……みんな。本当にありがとう……」
「黒川さん、誕生日なんだからさ。祝うのは当然だろ」
和泉くんは真っ赤になりながら視線を逸らした。
「あなたは、その……大事な存在なんだ。いや、俺たちにとって」
みんなが一斉に彼を見た。
和泉くんは明らかに緊張した様子で、ぎこちなくケーキをテーブルへ置いた。
ああ……
和泉くん……
このままじゃ、本当に勢いで変なことしちゃいそう。
いや、ダメ。
今は落ち着かないと。
願い事……
そう、何か考えなきゃ。
みんなが幸せになれるような願いを。
ゆっくり目を閉じた。
みんなが夢を叶えられますように。
雨宮くんは私たちとは違う目標を持ってるかもしれない。
それでも、少なくとも真昼ちゃんと和泉くんと私は、同じ場所を目指している。
そう願いながら、一息でろうそくを吹き消した。
目を開けると、みんなが拍手していた。
そしてなぜか……
やっと心から笑えた気がした。
十六歳。
その隣には、大切な友達がいる。
「これは私と和泉くんからのプレゼント」
真昼ちゃんがプレゼントの袋を差し出した。
中には小さな箱が入っていた。
みんなの視線を感じながら、ゆっくり開ける。
そして——
ネックレスだった。
すごく綺麗だった。
小さな黒い石が、部屋の灯りを受けて静かに輝いている。
「ねえ、和泉くん。つけてあげなよ」
「そうそう、やってみなって」
「え? い、いや……坂本さんがつけてあげなよ。だって、一番仲いいだろ」
真昼ちゃんは少しだけ迷った。
でも、私も同じ気持ちだった。
「いいよ……お願い、真昼ちゃん」
ネックレスを渡すと、彼女はそっと私の首につけてくれた。
その指先は、驚くほど優しかった。
つけ終わった瞬間、私は思わず彼女を抱きしめた。
「ありがとう……こんなにたくさん、私のためにしてくれて。それに……ごめんね」
「気にしなくていいよ」
真昼ちゃんは柔らかく微笑んだ。
「それに、あのことももう気にしないで。私はただ……あなたたち二人に幸せになってほしいだけだから」
少しだけ寂しそうに笑う。
「だから、ちゃんと幸せになってね。約束だよ?」
「私……できるかわからない。そもそも、あれが本当に両想いなのかも……」
「はは……」
真昼ちゃんは、少し疲れたように笑った。
「じゃあ一つだけ教えて。あれ以外の理由で、私が振られると思う?」
その言葉に、私は返事ができなかった。
それでも……
気になった。
でも、これ以上は教えてくれないってわかってた。
今は、それだけで十分だった。
その可能性を信じたかった。
たとえ、ほんの少しでも。
抱きしめ合ったあと、ゆっくり身体を離した。
「雨宮くんは? 何か持ってきたの?」
「え? へへへ……俺という存在そのものがプレゼントだよ〜」
得意げな口調に思わず笑ってしまい、真昼ちゃんもつられるように笑った。
結局、本当に大事なのは……
みんながここにいることだった。
そうして、その日は過ぎていった。
和泉くんは真昼ちゃんのお兄さんに挨拶しに行って、そのあとには真昼ちゃんのお母さんがごちそうを振る舞ってくれた。
何度「ありがとう」を言っても……
全然足りない気がした。
私のお母さんも、少しはあんなふうだったらよかったのに。
* * *
「本当にありがとうございました。こんなにしてもらうなんて……」
「気にしなくていいのよ」
真昼ちゃんのお母さんが優しく首を振った。
「応援したかっただけだから。これくらいしかできなかったけどね」
今、私たちは家の外にいた。
真昼ちゃんとお母さん。
雨宮くんと和泉くん。
そして私。
真昼ちゃんが穏やかな笑みを浮かべながら近づいてくる。
「休みの間、うまくいくといいね。頑張って、真希ちゃん」
その言い方に、和泉くんの前なのもあって少し恥ずかしくなった。
でも、彼はその意味に気づいてなさそうで……
少しだけ安心した。
「ありがとう……頑張る」
「それじゃ、旅行気をつけてね。行ってらっしゃい」
そうして、私たちは別れた。
あとは……
自分のやるべきことをやるだけ。
家から少し離れたところまで歩いた時、雨宮くんが急に立ち止まった。
「よし、俺はここまでかな〜。うちはこっちだから。まあ、次会う頃には二人とも――」
最後まで言わせる前に、私は慌てて口を挟んだ。
「はいはい、またね〜! 和泉くん、早く行こ。明日の準備もしなきゃだし」
これ以上からかわれる前に、無理やり話を切った。
そのまま反応する暇も与えず、和泉くんの手を掴んで引っ張っていく。
どうやら彼も、私がどうして止めたのか察したみたいだった。
建物の前まで来た時、二人で顔を見合わせて……
同時に吹き出した。
雨宮くんを置いてきちゃったのは、ちょっと悪い気もしたけど。
それでも、おかしくて仕方なかった。
「先、入ってて」
「え……?」
戸惑う間もなく、和泉くんが後ろからそっと両手で私の目を覆った。
「リビングで待ってて。その間、スマホでも見てて」
急にそんなことを言われて、ますます変に思えた。
すごく怪しい。
でも説明してくれる気配もないから、結局そのまま従うことにした。
「わかった……そうする」
和泉くんの様子がどこかおかしい。
それだけで、余計に気になった。
ソファに座ってスマホを取り出す。
未読メッセージが一件届いていた。
どうやら、今朝みんなが迎えに来る前に送られていたらしい。
差出人は……
お母さん?
[お誕生日おめでとう]
件名には、そう書かれていた。
ゆっくりメッセージを開く。
[こんにちは、真希。
もう十六歳になったなんて信じられないわ。元気にしていると聞いて安心しました。お父さんも、あなたの幸せを願っています。
今は色々な意味で力になれないから、せめてこれだけでもと思って。
五十万円振り込んでおきました。好きに使ってください]
スマホをぎゅっと握りしめた。
そのお金の使い道は、もう決まっていた。
和泉くんの家賃を助けるために使おう。
でも、メッセージはそれだけじゃ終わらなかった。
[どうか素敵な誕生日になりますように。
それから、彼のご両親にもよろしくね]
それが最後の言葉だった。
胸の奥に、じんわりと温かいものが広がっていく。
気づけば、涙が静かに頬を伝っていた。
「ありがとう、お母さん……本当に……」
すぐに返事を打とうとした、その時。
ふいに視界が暗くなった。
「……和泉くん?」
「ちょっと待ってて……よし、もう目を開けていいよ」
ゆっくりと目を開ける。
すると、目の前には——
大きなプレゼント袋があった。
「え……?」
震える手でそれを受け取る。
ゆっくり袋を開けると、中には——
くまのぬいぐるみが入っていた。
ふわふわで、柔らかくて。
大きな目と、少しだけ気の抜けた可愛い笑顔。
ほとんど反射みたいに抱きしめながら、私はしばらく黙ってそれを見つめていた。
「俺からのプレゼント」
和泉くんが少し視線を逸らしながら言った。
「誕生日、おめでとう。黒川さん」
ああ……
もう、我慢できなかった。
気づけば私は彼に近づいていて、そのまま頬にキスをしていた。
一瞬だけ。
でも、した瞬間、心臓が壊れそうなくらい跳ねた。
「本当にありがとう……」
ぬいぐるみを胸に抱きしめたまま、もう一度勇気を振り絞る。
「それで……お願いがあるんだけど、いい?」
和泉くんは少し驚いたように瞬きをしたけど、すぐにうなずいた。
「いいよ」
これから言おうとしていることは、すごく恥ずかしかった。
でも、少しでも前に進みたかった。
「これからは……名前で呼び合いたいの。和泉くんが嫌じゃなければ、だけど」
足が震えていた。
でも顔を上げると、彼は優しく笑ってくれた。
「もちろん……真希さん」
違う。
もう少しだけ、近づきたかった。
「敬語もやめて……私にだけでいいから。慧翔くん……」
彼も緊張しているのがわかった。
それでも、少し照れたように笑う。
「じゃあ……そうしてほしいなら、そうする。真希」
ああ……
彼の口から自分の名前が出るだけで、胸が苦しくなるくらい恥ずかしい。
でも……
信じられないくらい嬉しかった。
「ありがとう、慧翔くん……今まで私にしてくれたこと、全部」
彼はまだ少し戸惑っているみたいだった。
その反応が可笑しくて——
私は思わず笑ってしまった。




