第53話 真希の苦しい告白
和泉くんと雨宮くんは、文句を言い合いながら笑い声混じりに廊下へ出ていった。
雨宮くんは「先生がこんな雑に追い出されるなんて〜」と大げさに騒いでいたけど、和泉くんはケーキの箱を落とさないよう妙に慎重な手つきで抱えながら、半ば強引に彼を外へ押し出していた。
ドアが閉まる。
その瞬間、さっきまでの賑やかさが嘘みたいに消えて、妙に静かな空気だけが残った。
真昼ちゃんは髪についた紙吹雪を払いながら、小さくため息をつく。
「あの二人、ほんと一緒にいると手がつけられないね」
くすっと笑ったあと、私の表情に気づいたのか、その目が少し柔らかくなった。
「どうしたの、真希ちゃん? なんか静かだね」
私は小さく視線で合図して、自分の部屋へ彼女を呼んだ。
先に入ってベッドへ腰を下ろし、真昼ちゃんにも隣へ座るよう促す。
手が少し震えていた。
寒いからじゃない。
これから口にしようとしていることのせいだ。
「真昼ちゃん……ありがとう」
まっすぐ彼女を見る。
「こんなに準備してくれて、ありがとう。和泉くん、こういうの絶対気づかないタイプだし……真昼ちゃんが考えてくれたんでしょ?」
真昼ちゃんは少しだけ頬を赤くして、指先をいじりながら目をそらした。
「ううん……和泉くんも、すごく頑張ってたよ。私はちょっと手伝っただけ」
優しく微笑む。
「和泉くん、本当に今日の真希ちゃんを喜ばせたかったんだと思う」
ゆっくり息を吸った。
――今しかない。
このまま何も言わずに一緒に笑っていたら、きっとまた言えなくなる。
「真昼ちゃん……話したいことがあるの」
自分の手元へ視線を落とす。
「和泉くんのこと」
名前を口にしただけで、胸が苦しくなる。
一瞬だけ迷った。
でも、もう隠したくなかった。
真昼ちゃんの悪戯っぽい表情がゆっくり消えていく。
代わりに浮かんだのは、何か大事な話を聞く時の、あの静かで鋭い目だった。
「私……もう、ただの創作仲間ではいられないの」
指先を強く握りしめる。
「小説に集中するって約束したのも、三人でチームだってこともわかってる。でも……もう、彼への気持ちを誤魔化せなくなった」
深く息を吐く。
「和泉くんのことが好きなの」
真昼ちゃんは何も言わなかった。
沈黙が長すぎて、廊下の向こうで雨宮くんが「一人でケーキ持つの大変なんだけど〜」と文句を言っている声まで聞こえてくる。
「真希ちゃん……」
低くて、それでも優しい声だった。
「うん……知ってたよ」
彼女は小さく笑った。
「この前、二人で手繋いでたの見ちゃったから」
――じゃあ。
真昼ちゃん、もう気づいてたんだ。
あの日、お母さんが来た時に私たちを見ていた。
だから、あの時から少し距離を取っていたんだ。
真昼ちゃんが私の気持ちに気づいていたなら……
もう隠す意味なんてなかった。
「私……この休みの間に告白しようと思ってる」
ゆっくり顔を上げる。
「もう、自分の気持ちを押し殺したくないの。真昼ちゃんにも隠したくない」
真昼ちゃんは少しだけ唇を噛んだ。
一瞬だけ、彼女の表情に影が落ちる。
小さくて……気づかないくらいの悲しみ。
でも次の瞬間には、もう彼女は優しく私の手を握っていた。
そして微笑む。
完璧なくらい綺麗な笑顔だった。
雨宮くんならきっと、「逆に出来すぎてて怪しい」とか言いそうな笑顔。
「真希ちゃんがそうしたいなら……私は応援するよ」
真昼ちゃんは柔らかく笑った。
「だって私、この物語の主人公には逆らえないもん」
「ありがとう、真昼ちゃん……本当に」
でも、その笑顔の奥にある悲しさを、どうしても見過ごせなかった。
だから、そっと抱きしめる。
「ごめんね……」
ゆっくり呟いた。
「誕生日なのに、こんな話して。本当にごめん」
真昼ちゃんは数秒黙ったあと、小さく苦笑した。
「私のことは気にしないで」
少しだけ目をそらす。
「実はね……私、この前もう言っちゃったんだ」
思わず目を見開いた。
「え……?」
「それで、振られちゃった」
あまりにも自然に言うものだから、胸がぎゅっと締め付けられた。
でも、何か言う前に、彼女は手を上げて私を止めた。
「同情するみたいな顔、やめてくれる?」
からかうように小さく笑う。
「それに、どうなるかなんて最初からわかってたし」
それでも……
平気なふりをして笑う彼女を見るのは、苦しかった。
「ほら」
真昼ちゃんはもう一度、明るい笑顔を浮かべた。
「きっとあなたたち、うまくいくよ。だから、和泉くんがドキッとするくらい可愛い服を選ぼう?」
なぜかその目は、とても優しかった。
まるで、大切なものを託すみたいに。
自分がもう諦めた場所を、そっと譲るみたいに。
そして、なぜか……
真昼ちゃんと話していると、お姉ちゃんと話しているみたいな気持ちになった。
ずっと欲しかった、優しい姉みたいな。
私は小さく微笑み返した。
「何を着ればいいと思う?」
「うーん……和泉くんの好みっぽいやつかな」
真昼ちゃんは腕を組みながら考え込む。
「例えば……好きな色とか」
「好きな色……?」
首をかしげた。
「青、かな……たしか」
「完璧」
彼女の目がぱっと輝いた。
「じゃあ、クローゼット見せて」
それは、もう質問じゃなかった。
真昼ちゃんはそのままクローゼットを開け、自信満々に服を選び始めた。
数分後。
ある服を手に取ったまま、じっと見つめる。
それから、少し悪戯っぽく笑った。
「わぁ……これ、絶対和泉くん固まるよ」
「え……?」
耳まで熱くなるのがわかった。
「ほら、お風呂入ってきなよ」
真昼ちゃんは服を私に押しつけるように渡した。
「和泉くんをドキッとさせる前に、ちゃんと落ち着いとかなきゃ」
「真昼ちゃん! 恥ずかしいって……!」
「はいはい、急いで」
彼女は笑いながら、私の背中をそっと押した。
「待たせすぎたらかわいそうでしょ?」
「もう、行くから……!」
結局そのまま、風呂場へ追い込まれた。
温かいお湯を浴びながら、また真昼ちゃんのことを考えてしまう。
あの笑顔。
隠そうとしていた悲しみ。
でも……
どうして和泉くんは、真昼ちゃんを振ったんだろう。
最近の私たちのことを思い返す。
手を繋いだこと。
一緒に寝たこと。
視線。
気まずい沈黙。
それを思い出すたびに、また胸がうるさくなった。
しかも、数日後には和泉くんの家に遊びに行く。
考えるだけで緊張してしまう。
特に、一葉さんに言われたことを思い出すと。
「……」
旅行の前に告白するべき?
それとも、向こうで……?
いや……
絶対、向こうで伝えたい。
「私……ほんと、どうかしてる……」
顔を覆いながら、深くため息をついた。
考えれば考えるほど、緊張ばかり大きくなっていく。
急いでお風呂を出ると、ドアの前にきれいに畳まれた服が置かれているのに気づいた。
「え……? 真昼ちゃん……」
自然と笑みがこぼれる。
「ありがとう……」
もう一度風呂場に戻り、着替えを済ませた。
そして……
ドアの向こうから、かすかなすすり泣きが聞こえた。
本当に小さな声。
必死に隠そうとしているみたいな泣き声だった。
私は静かに目を伏せた。
今は……
そっとしておくのが、一番なんだと思った。
ここで慰めたら、きっと余計に傷つけてしまうから。




