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第52話 みんなと一緒に

 それって、どういう意味なんだろう……?


 しばらく考えてみたけど、思い当たるのは黒川さんのことを話した時くらいだった。


 そうだ。


 それ以外、考えられない。


 でも……


「まさか、黒川さんが……?」


 一瞬そんな考えが頭をよぎったけど、すぐに打ち消した。


 ありえない。


 彼女が出しっぱなしにしていたノートパソコンが、まだテーブルの上に置かれていた。


 四時間近く書き続けて、そのまま寝落ちしたらしい。


 それなのに、俺はまだ七ページ目だ。


「ん……あれ、まだ書いてるの? 遅いね、和泉くん」


「お前のせいだよ。書きすぎなんだって。削れるところ、絶対あっただろ」


 彼女は小さく笑ってから、スマホを手に取った。


 坂本さんからのメッセージを読んで、不思議そうにこちらを見る。


「真昼ちゃんに、私のこと何か言ったの?」


「もっと休めって言われた。お前のこと、心配してたみたいだぞ」


 黒川さんは、数秒間スマホの画面を見つめていた。


 それから、ふっと優しく笑う。


「彼女の言うことなら聞こうかな……彼女のためだけにね」


「彼女のためだけ? 俺は?」


 軽い冗談のつもりで言った。


 彼女はくすっと笑う。


「そうね。ありがと、和泉くん。あなたも少し休んだほうがいいわよ」


「そりゃどうも、先生」


 わざと最後を強調して返す。


 彼女はもう一度だけ笑って、そのまま目を閉じた。


「また寝るのか?」


「ダメ? だって……本当に疲れてるんだもの」


 じっと疑うように見ていると、彼女は布団の中へ逃げ込む。


「おや……今度は眠り姫にでもなるつもりか?」


 彼女は一瞬だけこちらを見た。


 それから、聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で呟く。


「そうだったらいいのに……そしたら、あなたのキスでしか起きないのに……」


「何か言ったか、黒川さん?」


 彼女の顔が一瞬で真っ赤になり、そのまますぐ布団に潜り込んだ。


「何も言ってない……だから……気にしないで……」


「怪しいな……」


 けど、それ以上は追及しなかった。


「とにかく、もう少し休めよ。ちゃんと元気になってほしいんだ。あ、そうだ。今日、最終話を公開するんだったな。どんな反応になるか、楽しみにしとけよ」


 その言葉で思い出したのか、彼女は少しだけ目を開けて静かにうなずいた。


「うん、覚えてる。もう公開して大丈夫よ」


 許可をもらい、ノートパソコンを手に取って小説のページを開く。


 最終話は、もう投稿準備まで終わっていた。


 どれだけの人が読むのかはわからない。


 でも、一つだけ確信していることがあった。


 この物語は、きっと受け入れられる。


 今は――ただ待つだけだった。


 …………………

 ………………

 …………



 * * *


 ◇◆◇◆◇



 小説を書き終えてから、もう数日が経っていた。


 今日は和泉くんが朝から出かけていった。どこへ行くのかも言わなかったし、帰りが遅くなるにつれて、だんだん不安になってくる。


 くそっ……ほんと、私どうかしてる。


 付き合ってるわけでもないのに。


 でも……もしそうなれたら、私は――


「いやいやいや……」


 慌てて首を振った。


 今そんなこと考えても仕方ない。


 ソファから立ち上がろうとした、その時だった。


 玄関のドアが勢いよく開く。


「おいおい、先生の登場だぞ〜」


 聞き慣れた調子に乗った声が響き、その後ろから複数の足音と笑い声が続いた。


 思わず玄関へ視線を向ける。


「和泉くん……雨宮くん……真昼ちゃん……どうしたの、みんな?」


 三人とも、なぜか悪戯っぽく笑っていた。


 そして同時に、背中に隠していたものを取り出す。


「誕生日おめでとう!」


 クラッカーの音が一斉に部屋へ響いた。


「え……?」


 思わず目を見開く。


 和泉くんが、飾りつけされた箱入りのケーキを持っていた。


 突然すぎて、頭が追いつかない。


 こんな風に誕生日を祝ってもらったことなんて、今まで一度もなかった。


 ……というより、自分でも今日が誕生日だって忘れてたくらいだ。


 自然と笑みがこぼれる。


 胸の奥がじんわり温かくなって、思わず目をこすった。


「これ……」


「サプライズしたかったんだよ、真希ちゃん」


「真昼ちゃん……」


 ほとんど反射みたいに、親友へ抱きついた。


 その後ろでは、雨宮くんが面白そうに笑っていて、和泉くんは静かにこちらを見ていた。


 でも今は、そんなこと気にしていられなかった。


「みんな……いつから計画してたの?」


「一か月くらい前かな」真昼ちゃんが得意げに笑う。「でも、雨宮に話したのは今日だよ」


「ちゃんと俺もプレゼント持ってきたからね〜。手ぶらじゃないよ〜」


「ありがとう、雨宮くん……」


 みんながここにいてくれる。


 それだけで、本当に嬉しかった。


 三人がリビングに座るのを見ながら、私はなんとか気持ちを落ち着かせようとする。


 でも……


 和泉くんの様子が少し変だった。


 どこか落ち着かないというか、妙に緊張している。


 まるで何かを隠しているみたいに。


 ……怪しい。


 でも今は、深く考えないことにした。


 後で聞けばいい。


「真希ちゃん、準備して――あ、やっぱ座ってて」真昼ちゃんがパンッと手を叩く。「私、何か作るから。……でも、ここちょっと狭いね。あ、そうだ。私の家行かない? すごく広いし」


「おお、いいね〜」雨宮くんが楽しそうに手を挙げた。「僕も坂本ちゃんの家、行ってみたい〜」


 真昼ちゃんが呆れた顔で彼を見るのが妙におかしくて、思わず笑ってしまう。


 ――その時。


 また視線を感じた。


 和泉くんだ。


 静かに微笑みながら、ずっと私を見ていた。


 その優しい笑顔を見るだけで、また胸がうるさくなる。


「真希ちゃん? どうするの?」


「え? あ……うん、いいと思う」


 反射的に和泉くんを見る。


「和泉くんも、そう思うよね?」


「ああ、賛成。広いほうが楽だろうしな」


 そうして、全部決まった。


「はいはい、男子二人は一回外出て〜」真昼ちゃんが二人を玄関へ押していく。「そこで待ってて」


 和泉くんはケーキを持ったまま、半ば追い出されるみたいに部屋を出ていった。


 それを見ながら――


 もしかしたら今が、真昼ちゃんと和泉くんのことを聞けるチャンスなのかもしれない、と思った。


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