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第50話 知っていた答え

 ショッピングモールを出ようとしていた。


 本当は自分にも何か買いたかったけど、もうお金がほとんど残っていない。


 このまま帰ることになるんだろうな……でも……


「坂本さん、何か食べていきませんか? 俺がおごりますよ」


「えっ、和泉くんがおごってくれるの? それはびっくり。このチャンス、逃せないな〜」


「こんなこと滅多にないし、ありがたくご馳走になります」


 少しわざとらしく気取った言い方をして、場の空気を和らげる。


「よし、決まり。どこ行きたい?」


「私が選んでいいの?」


「ああ、もちろん。ただ、高すぎるところは勘弁してくれよ?」


「了解です」


 結局、いつも小説の進捗確認をしている店に向かうことになった。


 真希ちゃんの話は、もうすぐ百ページに届きそうだった。


 一週間でここまで書いたの……?


 もしかして、ちゃんと寝てないんじゃ……


「ねえ、和泉くん。ちょっと待って」


 少し近づいて、彼の顔をよく見る。


 目の下に、うっすらくまができていた。


 気づけば、私は無意識に彼の頬へ指を伸ばしていた。


「ねえ……これ、何? もっと寝たほうがいいよ」


 軽く眉をひそめながら彼を見る。


「なんでそんなに夜更かししてるの? そんな無茶したらダメだよ。私……」


 うーん……でも今日は、前みたいにそこまで顔色は悪くなかった。


 いや、今はそんなことが問題じゃない。


 大事なのは、彼が無理をしすぎないことだ。


「今日だけだよ。それに、黒川さんの原稿を直してたんだ」


 疲れたように息を吐いてから、彼は続けた。


「それなら、俺より彼女のほうを心配したほうがいいですよ。試験終わってから、ほとんど部屋から出てこないですし」


 真希ちゃん……本当に?


 頑張りすぎだよ……


「なんであなたが彼女に言ってあげないの……?」


 そこまで言いかけて、私は小さく苦笑した。


「あ……いや、なんとなくわかったかも。あなたまで夜更かししてる理由」


「彼女に、あんまり無理しすぎるなって言ってあげて。いい?」


「……わかった。でも、君も説得してみてくれよ」


「任せて。絶対ちゃんと聞いてくれるから」


 それ以上は特に何も話さず、店に入って軽く食べられるものを注文した。


 その時、不意に大事なことを思い出す。


「あ、そうだ。プレゼントは私が持っておくね」


 テーブルの上の袋を軽く持ち上げた。


「真希ちゃんに先に見つかったら、サプライズにならないし」


 彼は何も言わず、袋をこちらへ寄せる。


「わかってる。俺も同じこと言おうとしてた」


 そのあと、あまりにも自然に笑いかけられて、恥ずかしさで思わず目を逸らしてしまった。


 こっそり小さな鏡を取り出して、自分の顔を確認する。


 ……トマトみたいに真っ赤だった。


 落ち着け、真昼。


 ただ優しくしてくれてるだけなんだから。


 ああ……でも、無理……!


「和泉くん……食べ終わったら、ちょっと付き合って。話したいことがあるの」


 食べ終わるまでの間、沈黙が少しずつ重たくなっていった。


 約束通り、彼がハンバーガー二つ分の代金を払って、私たちは店を出る。


 夕方の空気は少し冷たくなり始めていて、街灯も一つずつ灯り始めていた。


 いくつか通りを歩いて、家の近くにある小さな公園へ向かう。


 バッグの中に入った真希ちゃんへのプレゼントが、妙に重く感じられた。


「それで、坂本さん……話したいことって何だったんですか?」


 和泉くんが、街灯に照らされたベンチのそばで立ち止まる。


 疲れているように見えるのに、それでも優しい目で私を見つめていた。


 私が好きで……だからこそ苦しくなる、その優しさで。


 私はゆっくり彼の正面へ立つ。


 手が震え始めて、背中に隠したまま強く握りしめた。


「和泉くん……私たちが一緒に小説作りを始めた頃のこと、覚えてる?」


 小さく息を飲んでから、続きを口にする。


「あの時、もっとあなたたちと仲良くなれるって思って、すごく嬉しかった。でも……それだけじゃなかったの……」


「もちろん覚えてるよ」


 彼は穏やかに微笑みながら答えた。


「君のイラストがなかったら、俺の作品は成り立ってなかった。君は大事な相棒だよ、真昼」


『相棒』


『仕事仲間』


『友達』


 その言葉一つ一つが、彼が無意識に引いている境界線みたいに感じられた。


「──わかってないんだね……」


 一歩前に出て、距離を縮める。


 心臓がうるさいくらい鳴っていて、この音まで彼に聞こえてしまいそうだった。


「小説のためだけじゃなかったの、和泉くん。私は……あなたの近くにいたかった」


 息を吸い込む。


 声が震えないように、必死に堪えながら。


「真希ちゃんがあなたの人生に現れる、ずっと前から……私はずっと、あなたを見てた」


 和泉くんの目が大きく見開かれた。


 驚きで、疲れなんて一瞬で吹き飛んだみたいだった。


 一瞬だけ後ずさりしかけて、でも彼は踏みとどまる。


「坂本さん……君……」


「最後まで言わせて……! 今ここで言わなかったら、私……壊れちゃいそうなの」


 涙がこぼれそうになる。


 それでも、私は彼から目を逸らさなかった。


「一緒に住んでることも知ってる。彼女が、あなたの心を全部埋め尽くしてることも……今日だって、彼女へのプレゼントを選びながら、ずっとわかってた」


 バッグをぎゅっと握りしめる。


「全部わかってる……でも、もうただ表紙を描いてるだけの子じゃいられないの」


 少しだけ声を落として、想いを吐き出した。


「和泉くん……あなたのことが好き。ずっと前から、本当に好きだったの」


 そのあとに訪れた沈黙が、私の最後の希望を壊していく。


 彼の顔に、照れた様子はなかった。


 真希ちゃんの話をする時に見せる、あの困ったみたいな優しい笑顔もない。


 ただそこにあったのは、胸が痛くなるほど深い悲しみだけだった。


 きっと彼は、私が口を開く前からもう決めていたんだ。


「坂本さん……俺は、君の気持ちには応えられない」


 胸がぎゅっと締め付けられる。


「わかってた……ううん、本当は気づいてた。やっぱり、彼女なんだよね?」


 最後まで言い切る前に、彼は静かにうなずいた。


「彼女が好きなんだ。だから……応えられない」


 ああ。


 やっぱり、そうだったんだ。


 唇を強く噛みしめる。


 あの日、もう気づいてた。


 二人で手を繋ぎながら学校へ向かっていた姿。


 あまりにも自然で、お互いの隣が当たり前みたいだった。


 それに……一緒に住んでるんだ。


 気づかないほうがおかしい。


 深呼吸して、ゆっくり息を吐く。


 泣かないように、必死に平静を保ちながら。


 辛い。


 苦しい。


 それでも私は、無理やり笑顔を作って一歩下がった。


 震える足を誤魔化すみたいに、小さな石を軽く蹴る。


「わかってたよ。真希ちゃんのこと、本当に好きなんだなって、見てればわかったから」


 小さく、震えた笑い声が漏れた。


「あの日、見ちゃったんだ。二人で一緒に歩いてるところ」


 片手で顔を覆う。


 それでも涙は止まってくれなかった。


 嫌だ。


 彼の前で、こんなふうに泣きたくないのに。


 でも……痛すぎる。


「ごめんね、和泉くん……もう行くね」


 バッグからハンカチを取り出して涙を拭う。


 それでも、次から次へと溢れてきた。


 こうなるって、ちゃんとわかってた。


 それでも、ほんの少しだけ期待してしまったんだ。


 本当に、馬鹿だ。


 苦しい。


 痛い。


 どうしようもないくらいに。


 それでも……


「せめて……二人は幸せになってね」


 返事を待たず、私は背を向けた。


 そして――完全に壊れてしまった姿を彼に見られる前に、そのまま歩き出した。

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