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第47話 真希が夢中になったもの

 * * *


 部屋に着くと、彼女は疲れた様子も見せず、ドアを開けるなりキッチンへ直行した。


「最新話、投稿しておいて。終わったら、私の話も読んで」


 その最後の一言で、ようやく理解した。


 彼女はただ、自分の書いたものを読ませたくて、早く帰ってきたかっただけなんだ。


 なるほどな……まさか、俺とのデートより小説のほうが優先とは。


 でも正直、今さら彼女の考えを変えられる気もしなかった。


「何作るんだ? 軽めの夜食か?」


「……そのつもり。何か食べたいものある?」


 食べたいもの、か……


「ハンバーガーとか。作れそうか?」


 彼女は少しだけ迷ってから、静かにうなずいた。


「作ったことはないけど……レシピ見れば、たぶんできる」


「本当にできるのか? すごいな」


 彼女は少し得意げに腰へ手を当て、それからくるりと背を向けて、髪をまとめながらエプロンをつけた。


「じゃあ、ここは私に任せて。あなたは話を読んでて。それと……できれば、あんたたちが前に言ってた方法で書いてみて」


「やっぱ、あの批評ひひょう、結構効いてたんだな」  軽く笑った。 「まあ、そこまで気にしてるなら、お前が満足できるようにしてやるよ」


 彼女はちらりとこっちを見ただけで、そのままハンバーガー作りを始めた。


「いいわ。そんなに時間かからないから」


「ここで読んでてもいいか? 部屋にこもるより楽だし……それとも、恥ずかしいとか?」


「私が恥ずかしがってるって言いたいの?」


 その妙に強気な口調が、逆に図星だって物語っていた。


「ここ、俺とお前しかいないだろ?」


「……バカ。いいから早く読みなさいよ。私はこっちやってるから」


 デートの時間を削ってまで、自分の小説を読ませたいのか。


 思わず深いため息が漏れた。


 まだ、水を買いに行った時に時間をかけすぎたことを根に持ってるんだろうか。


 そんなことを考えながら、ファイルを開く。


「なあ、黒川さん……まださっきのこと怒ってるのか?」


「なんで怒るの? 別に怒る理由ないし。私、そんな簡単に怒らないから」


 そう言いながら、お互い、それが嘘だってわかっていた。


 今回のデートは、もっと特別なものになると思ってたのに。


 結局、想像してたのとはずいぶん違う形になってしまった。


 ……まあいい。今さら考えても仕方ない。


 さて、彼女の――


 ……え?


 ファンタジーの世界観せかいかん、どこ行った?


 全部、現代モノの日常系にちじょうけいに書き換わってるじゃないか。


 読み進める前に、彼女が慌てて駆け寄ってきて、俺の手からノートを奪い取った。


 明らかに気まずそうな顔で、こっちを見ている。


「……間違えた。それじゃない」


 彼女の頬は、見る見るうちに真っ赤になっていった。


「ちょっと待ってて。ちゃんとした方、持ってくるから」


 そう言って、慌てた様子でノートを持っていく。


 ……気になる。


「何が書いてあるんだ? そんなに見られたくないようなことでも書いたのか?」


「あなたには関係ないでしょ」  視線をそらした。 「少し待ってて……あ、それと、その後はちゃんと勉強しなさいよ。もうすぐ期末なんだから」


「はいはい。どうせ落第らくだいはしないって」


 しばらくして戻ってくると、彼女は新しいノートをわざとらしく机に置いた。


「はい、これ。今度こそ本当に正しいやつ」  目線でノートを示す。 「さっきのことは、もう二度と言わないで。いい?」


「なあ……なんでまたそんな冷たくなるんだ?」


 怒ってるわけでも、おびえてるわけでもない。


 ただ……あの日から、彼女の態度がどこかおかしいだけだ。


 少しはわかってきたつもりでも、まだ慣れない。


「私はあなたの彼女じゃないんだから。そんな特別扱い求められても困るわ」


「別にそんなこと頼んでないだろ……」  疲れたようにため息をついた。 「もういい。この話はやめよう。こんなことで喧嘩したくない」


 彼女は黙ってうなずき、そのまま振り返らずにキッチンへ戻っていった。


 ……よし。


 今度こそ、時間を無駄にはできない。


 ノートを確認すると、今度こそ本当に正しいものだった。


 しかも——改善されている。


 まだ前と同じようなミスは残っていた。


 それでも、読み進めるうちに……


 ……え?


 本気か、この子……


 まだちゃんと教えてもいないのに、もうそこまで辿たどり着いていたのか。


 すごい。


 あの時、雨宮が言っていたやり方を、もう自分なりに取り入れて書いている。


 考えられる理由は一つしかない。


 彼女は、一人で同じ結論に辿り着いたんだ。


「おい、黒川さん……お前、これ……」


「驚いた?」


 彼女はキッチンから、どこか得意げに微笑んだ。


「当然でしょ」


 まるで勝負に勝った直後みたいな顔だった。


「サプライズにしたかったの」  少しだけ横顔を向ける。 「お願いだから……ちゃんと読んでほしい」


「……わかった。正直、ここまでできてるとは思わなかった」


 彼女は上機嫌そうに鼻歌を口ずさみながら料理を続け、俺は黙って続きを読む。


 そして、五分もしないうちに問題点に気づいた。


 繰り返しが多すぎる。


 不要な会話もあるし、逆に展開てんかいが急すぎる部分もある。それに、男視点おとこしてんのナレーションがところどころ不自然だった。


 なるほど……


 今度は、俺がそこを直す番ってことか。


「これのことだろ?」


「うん、そう」  料理をしながらうなずく。 「今回は、あなたに直してほしいなって思ってたの」


「難しいことじゃない。いいよ、任せろ」


 彼女はキッチンで満足そうにうなずき、そのまま上機嫌じょうきげんに鼻歌を続けた。


 俺は慎重に読み進める。


 細かい部分まで確認してから、パソコンを開き、修正を書き始めた。


 最初の一章だけ直すつもりだから、そこまで時間はかからないはずだ。


 今はただ……


 彼女がどんな反応をするのか見てみたかった。


 それから数分。


 キーボードを打つ音がリビングに響き、料理の香りが部屋いっぱいに広がっていく。


 そして、しばらくして完成した。


 ……思ってたより、ずっと良くなった気がする。


「和泉くん、ハンバーガーできたよ。食べよ」


 テーブルへ目を向ける。


 想像していた以上に、ちゃんと手間をかけて作っていた。


「ちゃんと上手くできてるじゃん」


「私は早く自立できるように育てられたの。当然でしょ」


「はいはい、さすがですね、黒川さん〜」


 わざわざ理由を聞く必要もなかった。


 彼女の家庭環境かていかんきょうを考えれば、一人で色々できるのも不思議じゃない。


「いただきます」


「いただきます」


 ハンバーガーにかぶりつく。


 ……美味い。


 パンはふわっと柔らかく、肉はジューシーで、味のバランスも完璧かんぺきだった。


 一瞬、言葉が止まる。


 彼女は、そんな俺の反応を見透かしたみたいに、満足げな笑みを浮かべていた。


「美味しいでしょ?」


 隠しきれなかった。


 わかりやすい反応をしてしまったのが少し恥ずかしくて、軽くうなずく。


「驚いた。こんなに美味いとは思わなかった」


「ふふっ……気に入ってもらえてよかった」  得意げに笑ってから、何かを思い出したように口を開く。 「あ、そうだ……下書きの修正、もう終わったの?」


「ああ。食べ終わったら見てみろ」  自信ありげに笑った。 「多分、お前も気に入ると思う」


 その言い方が気になったのか、彼女の目に好奇心こうきしんが浮かぶ。


 真希はかなりの勢いでハンバーガーを食べ終えると、皿をシンクへ運び、そのままほとんど駆け足でリビングへ戻ってきた。


 パソコンの前に座り、俺が修正した文章を読み始める。

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