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第42話 外は冷たいのに、中はやけに優しい

 そうして電話は終わった。

 もう、自分が何をすべきかはわかっている気がする。


 部屋に戻り、彼女の部屋の前で立ち止まった。


「黒川さん、起きてるか?」


「……何の用? また何かするつもり?」


 その口調には、どこか見下すような響きがあった。

 それでも、こんなことで引くわけにはいかない。


「話がある。入ってもいいか?」


 一瞬の間。

 そして、やがてドアが開いた。


「パーソナルスペースのこと、もう忘れたの?」


「大事な話だって言っただろ。今は関係ない」


 その目はまだ冷たかった。

 それでも彼女は道を空け、俺を中に通した。


 無言で部屋に入り、深呼吸してからベッドに腰を下ろす。

 ……何て言えばいい?


 ………

 ……


「何も言わないなら、帰って……」


 その言葉を遮るように、少し強引に彼女の手を掴んだ。


「話したいんだ。何かあったんだろ?」


 あまりにもまっすぐな視線に、彼女はわずかに震えた。

 その冷たさが、一瞬だけ揺らぐ。


 けど、それもほんの一瞬だった。


「何を言ってほしいの? もう何もないって言ったでしょ」


 まだ突っぱねるのか……

 仕方ない。ここで引くわけにはいかない。


 そっと彼女の頭を撫でる。自分を落ち着かせるためにも。

 思った通り、彼女の頬がすぐに赤くなった。


 一瞬、撫でられるままの猫みたいに見えた……

 けど、すぐにいつもの態度に戻る。


「わかった……でも、もうやめて」


(本当は……もう少しだけ続けてほしいけど、恥ずかしい……)


「わかった」


 どうやら、少しは折れたらしい。


 まだ頬を赤らめたまま、彼女は深く息を吐いた。認めたくないみたいに。


「せっかくだし……小説の書き方、練習しよう」


「……バカ。でも……そうだね。やろうと思ってたんだけど、どう書けばいいのかわからなくて」


 彼女の机に目をやる。パソコンの画面はまだついたままだった。何か書かれている。


 そっと近づいて、読み始めた。


 彼女は嫌がらなかった。むしろ……俺の反応を待っているみたいだった。


 黙って読み進める。

 新しい展開があった。家を飛び出した少女の話が続いている。


 良くなっている……でも、雨宮の評価を変えられるほどではない。


「ちゃんと頑張ったのは伝わる。前よりずっと良くなってる」


 彼女は、その言葉に特に反応しなかった。まるで当然みたいに。


「ありがと……一応そう受け取っとく。それで、何が足りないの?」


 ……どう伝えればいい? 書き方だけじゃなくて、話そのもののことなんだけど……


「教えたいのは山々だけど……まずは今の小説に、ちゃんとした終わりをつけないと」


 彼女は苛立いらだちを混ぜたため息をついた。


「今教えて。こういう話の書き方を覚えたいの」


 冷たい口調なのに、その切実さは伝わってきた。


 今は……手順だけ教えればいいだろう。それ以上は、俺にもはっきりとはわからない。


「わかった。教えるよ……でも、明日まで待ってほしい。見せたいものがあるんだ」


「……わかった。じゃあ……今は何するの?」


「……どういう意味だ?──……」


 彼女の態度が、少しずつ柔らいでいく。何か小さく呟いた。ほとんど聞こえないくらいの声で。


「ねえ……今日は、夕飯作ってくれない? お腹空いたんだけど……」


 ……なるほど。頼むのも恥ずかしいのか。


 このまま引き受けてもいいけど……今日のこともあるし、少しくらい見返りをもらってもいいかもしれない。


「作ってほしいなら、条件が二つある」


「……何? 約束の範囲外のことはしないからね」


「大丈夫、変なことじゃない。あとでわかる。まずは……ちゃんとお願いしろ」


 プライドが高いせいか、彼女は黙ったまま迷っていた。


「……お願いします……」


 その声があまりにも恥ずかしそうで、心臓が跳ねた。


 でも、これで終わりじゃない。


「よし」


 満足げにうなずく。


「もう一つ。秘密をひとつ教えてくれ。何でもいい」


 彼女は疑うようにこちらを見た。


「……何でも?」


 俺はうなずいた。少し身を乗り出しながら。


 彼女はため息をつく。仕方ない、とでも言いたげに。


「……本当に、何でもいいの?」


 もう一度うなずく。


 しばらく黙り込んだあと……やがて口を開いた。


「私……子供の頃、お母さんのこと、すごく憎んでた」


 その告白に驚いた……でも、どこかで納得もしていた。


「あの人、ほとんど家にいなかったし。いても、全部自分の思い通りにしようとするし。

 幸せになれなかった。

 書きたいものも、書けなかった」


 彼女の視線が落ちる。


「あの、ちょっと焦げたノートのこと、覚えてる?」


「ああ、覚えてる」


「あのノート、私にとってすごく大事なものだった。本当に書きたいことを書いてたの。

 でも、お母さんはそのたびに燃やした。

 それでも私は諦めなかった。書き続けた……いつかわかってもらえるって信じて」


 今、わかった……


 だからあの時、彼女の母親はあんなにも罪悪感ざいあくかんいだいていたんだ。

 そして、自分が嫌われているとわかっていると言ったのも……ただ、黒川さんはまだ気づいていないだけで。


 その語り方は……

 重かった。


 まるでその痛みが、今もそこに残っていて、心の奥深くに押し込められているみたいに。


 彼女の目に涙が浮かび始めた。必死にこらえようとしている。


 彼女がそんな顔をするたびに……俺は罪悪感を覚えた。


 こんなことを無理やり聞き出してしまった自分に。

 彼女を苦しめてしまった自分に。


 ……今、何をすべきかわかった。


 迷わず、彼女を抱きしめた。


 彼女がこんな姿を見せるのは初めてだった。

 これが……せめてものつぐないだと思った。


「ごめん……こんなこと話させて。どれだけ辛かったかはわからないけど……でも、お前が悲しむところは見たくない」


 その無防備な表情……

 今までで一番、可愛かった。


 そして、一番痛々しかった。


 もっと知りたい……でも、これ以上こんな顔はさせたくない。


 少なくとも……数時間前みたいな冷たい女じゃなくなっていた。


 彼女の母親があれだけ彼女のことを想っていて、憎まれてもいいとさえ思っていること……彼女が知ればいいのに。


 本当に……似た者同士だな。


「泣かれると困る……罪悪感がやばいから」


 彼女の腕に力がこもった。

 ぎゅっとしがみついてくる。


「……少しだけ……あと少しだけ……いい……?」


 そんなふうに言われたら……


 もう一度、彼女を抱きしめた。今度はさっきより強く。


 彼女の背中をゆっくり撫でて、落ち着かせる。


 沈黙が二人の間に流れる……

 そして、ふいに彼女が離れた。


 止めることはできなかった。


 をぷくーっと膨らませて、唇を少し尖らせ、まだ潤んだ瞳で……


 思わず笑ってしまった。


「何笑ってんのよ、バカ」


 目をそらしながら、不機嫌そうに俺の手をいじり始める。


「せっかく真面目な話してたのに、あんたって……あっ! 離してよ!」


 離す代わりに、彼女の頬を軽くつまんだ。わざと少し大げさに。


「悪い……教室の『氷の女王』じゃないお前が、可愛すぎてさ」


 思わず笑みがこぼれる。


「安心しろ。お前の秘密は俺が守る。もし誰かに聞かれても……いつも通りだって言っとく」


 彼女はしばらく固まっていた。


 それから小さくため息をつき……額を俺の肩に預けてきた。


 ……降参、ってことか。


 シャツ越しに、温かい息遣いが伝わってくる。


「そうしてくれないと……もし真夜ちゃんとか雨宮にバレたら、殺すから」


 小さな声で呟いた。もう脅しというより、ただ疲れた響きだった。


「ほら……ご飯、作りなさいよ。約束したでしょ」


「了解、船長」


 ベッドから立ち上がる。


「先に休んでろ。『仲直りオムライス』ができたら呼ぶ」


 部屋を出る前に、もう一度彼女を見た。


 毛布にくるまっていた……

 でも、その足は中で小さく動いている。


 まるで、こっそり……喜んでるみたいに。


 間違いなく……今週末のデートは、ただの練習じゃ終わらない。


こんにちは、セバスーS.Pです。

 ようやく最初の270ページ分を書き終えることができました。序盤の数話は完結した形式だったのでボリュームがありましたが、第5話以降は1つの内容を2話、3話と分割して構成しています。そのため、物語が地続きで展開していくのを感じてもらえると思います。


 最終的に全何話になるかはまだ分かりませんが、かなりの長編になる予定です。


 また、近いうちに別の完結済み作品も公開しようと考えています。そちらは第11話から第20話あたりをリライト中ですので、それほどお待たせすることはないはずです。


 実は、この小説には以前別のタイトルがありました。「ノベリスト」というタイトルで、当時はたった2話の短編でしたが、あまり人気が出ませんでした。しかし、今のこの物語は、書いていて一秒たりとも飽きることがありません。自分でもワクワクするような展開や予想外の計画をたくさん用意しているからだと思います。


 これからも、この物語に付き合っていただけたら嬉しいです。

 応援していただき、本当にありがとうございます!

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