第43話 練習デート
* * *
今日は……その日だ。
二度目の、時計台の下での待ち合わせ。
「先に行ってて、すぐ行くから」って彼女に言われたけど……
*
「先に行ってて……これは練習なんだから、ちゃんとあそこで待ち合わせしないと」
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少なくとも……そう言われた。
彼女に会えるのは楽しみで……
でも、どう振る舞えばいいのか、それも不安だった。
一秒がやけに長く感じる。
このままじゃ……
「和泉くん!」
後ろから声がした。
え……? ああ……黒川さんだ。
白くて軽やかな夏のワンピース。
髪は上品にまとめられていて、うなじが見えている……
その周りには、柔らかくて、少し眩しい空気が漂っていた。
ごくりと唾を飲み込んだ。
……いつもより、ずっと綺麗だった。
こんな彼女、初めて見た。
でも……笑ってはいなかった。
その表情は、見慣れたあの冷たさのままで。
少しだけ化粧をしているみたいだった。
唇にうっすらとした艶……でも、何もしなくても綺麗なんだろうな。
つい、見つめすぎてしまった。
「……そんなに見ないで。気持ち悪い」
慌てて目をそらした。
「ごめん……その……すごく可愛いから……」
彼女の唇がわずかに開いた。何か言いかけて……でも、言葉にはならなかった。
急に顔を背けて、そのまま歩き出す。
「急ごう。ここで立ち止まってる時間はないでしょ」
「あ……そうだな。まず、どこ行く?」
彼女はバッグから小さなノートを取り出して、何かを確認し始めた。
真希……まさか……
「……どこから回ればいいのか、わからなくて……」
メモを見ながら、小さく呟く。
思わず、笑いがこぼれた。
「ぷっ……はは……お前、ほんと変だな、真希」
すぐにうつむいて、顔を隠そうとする。
少し落ち着いてから、彼女に近づいた。
えっと……今は午前十時。
この時間なら……
……カフェ、かな。
「何か飲もうぜ。どう?」
「……うん……」
かすかな声だった。
もう少し近づいて、彼女の様子をうかがう。
「どうかしたの——」
言い終わる前に、彼女が俺の手を握った。
「付き合ってるふりなんだから……これくらい、しないとね」
「……真希……」
「……そうだね」
そっと、指に力を込めて握り返す。
温かかった。
こんなに温かいなんて……離したくなくなる。
手のひらは緊張で汗ばんでいるのに、
それでも離せなかった。
呼吸が少し乱れる……
隠そうとしても。
カフェに入ると、店員が笑顔で迎えてくれて、窓際の席に案内された。
向かい合わせに座る。
二十歳くらいの店員が、愛想のいい笑顔で近づいてきた。
「お飲み物はどうなさいますか? カップル限定の割引もございますが、よろしければ」
……え?
ああ、そういうことか。
でも……俺たちは本当のカップルじゃない。
偽りの関係だけど……
使うべきか?
…………
「はい、お願いします。カップル割引で……ね、慧翔くん?」
真希が柔らかく微笑んだ。
めったに見せない、あの笑顔で。
ほとんど反射的にうなずいていた。彼女が何を頼んだのか、理解する間もなく。
「かしこまりました。すぐにお持ちします」
店員はそう言って去っていった。
さて……
「一応言っておくけど……割引のためだけだから。別に感謝しなくていい。私のためでもあるし……練習でもあるから」
彼女の笑顔は、最初からなかったみたいに消えた。
……予想通りだ。
むしろ、こうなると思ってた。
バッグからノートを取り出し、ペンで何かを書き始める……いや、消しているみたいだった。
「何してるんだ?」
何気なく聞いてみる。
彼女は一瞬驚いて……すぐにノートを胸に抱え込んだ。
「あなたには関係ないでしょ。見せたくないの……恥ずかしいから……」
そう言われると、余計に気になる。
「そんなに恥ずかしいのか?」
覗き込もうとしたけど、彼女はさっと身を引いた。
「見せないって言ってるでしょ」
警戒しすぎだろ……
……怪しい。
真希……
今日は、お互い名前で呼ぶって決めた。
その方が、もっとそれっぽく見えると思ったから。
なのに……
何も変わってない。
……それなのに。
なんで、こんなに冷たいやつを好きになったんだろう。
そう考えかけて、さっきのことを思い出した。
彼女が、少しだけ心を開いてくれたあの瞬間。
あのとき……
胸の奥が、じんわり温かくなるのを感じた。
……だから、好きなんだ。
言えたらいいのに。
こんなふうに思ってるのは、きっと俺だけだ。
……そうだ。
きっと、そうに違いない。
………………
…………
……




