第40話 ツンデレか、それともクーデレか?
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…………
………
……
ん……
「わっ!」
驚いて体を起こし、周りを見回す。
黒川さんがいるはずの場所に……誰もいなかった。
それでも、そこはまだ温かい。ついさっきまで彼女がいたみたいに。
ゆっくり立ち上がり、顔を上げると、彼女の姿が見えた。
いつもの黒川さんだった。
「和泉くん、おはよう。よく眠れたみたいね」
「……──真希……あ、ごめん。おはよう、黒川さん。君も元気そうでよかった」
「あ、うん。真夜ちゃんからさっき電話があって。休みの時に二人で行けるって、もう一葉さんに伝えたって」
もうすぐ休みか……彼女の誕生日の数日後だったはず。
そんなことを考えていると、スマホが震えた。
[どうだった? もう彼女になれた?]
……この野郎。
「何見てるの、和泉くん?」
後ろから声がした。驚いてスマホを隠す。
「な、なんでもない! ただ……通知、そう、ストレージのやつ」
疑わしそうにこちらを見ていたが、すぐにキッチンへ視線を移した。
「怪しい……まあいいや。起きて。学校の準備して。朝ごはん、もうすぐできるから」
ソファから立ち上がり、自分の部屋へ向かった。着替えて、学校へ行く準備を整える。
朝ごはんを食べて、部屋を出た。
なんだか……昨夜のことが全部、夢みたいに感じられた。
黙ってエレベーターまで歩く。 彼女はいつも通り、落ち着いている。 俺はイヤホンをつけて、音楽を言い訳に考えるのを避けていた。
彼女が隣に来て、横目でこちらを見た。
「これ……最初に二人が近づいた日と同じだね」
懐かしそうな声だった。 それで俺も思い出す。
「ああ……あの日々《ひび》があってよかったと思う」
彼女はほんの少し微笑んだ。
「和泉くん、私の悩みを聞いてくれて、嬉しかった」
「そうだな……一緒に小説を書こうって言い出したの、正解だったと思う。あ、そうだ、今日も続きやろう。君の話から始めたいし、放課後に少し練習しよう」
「うん、でも……なんであれが正しい書き方じゃないって言われるんだろう」
「それは本人に聞いたほうがいいよ。俺は……そういうの得意じゃないし、うまく説明できない」
疑わしそうにこちらを見る。
「本当に……?」
「──…本当だよ。あ、そうだ、坂本さんとは話した? 最近ちょっと様子おかしいけど」
彼女は少し迷った。その目には罪悪感が浮かんでいた。
「何があったかは知らないけど、ちゃんと話したほうがいい。俺の書き手と絵描きがギクシャクしてるのは嫌だから」
「喧嘩はしてないよ……でも、話してみる」
それで少し安心した。
話しながら学校に着いた。 いくつかアドバイスをしたけど、ほとんどはもう実践していた。
「真希ちゃん〜〜、和泉くん〜、おはよ〜」
「あ、坂本さん。おはよう。今日は機嫌が良さそうだね」
二人を見ていると、いつも通りだった…… もしかしたら、俺が考えすぎていただけかもしれない。
「あ……あそこにいるの、雨宮じゃないか?」
二人がその方向を見る。
寝起きの顔だった。 クマができていた……でも、いつもの笑顔は変わらなかった。
「んー……おはようございます〜〜」
挨拶してるつもりなんだろう。
「おい、それで挨拶になるのか?!」
坂本さんの言葉は、雨宮にはまったく響いていないようだった。
彼女には目もくれず、そのまま学校へ向かって通り過ぎていった。
明らかにイライラしている女子と、二日連続で寝てないような顔の男子。その光景がなんだかおかしくて、思わず笑いがこぼれた。
気づくと黒川さんがこっちを見ていた……けど、なぜかすぐに目をそらした。
それから坂本さんの手を取って、本当に遅刻しそうな勢いで引っ張り始める。
「真昼ちゃん、行こう。遅刻したくないし……あなたも、和泉くん、急いで」
呆然としながら、二人が去っていくのを見送った。 やることもなく、歩き出す。
実際には、そこまで遅刻しそうな時間でもなかったのに……
あ……そうだ。今日は体育がある。
こういう日は決まって、ジャージ姿の黒川さんの体の話題で持ちきりになる。
もちろん……似合ってるのは否定できない。 でも家ですら、そんな格好は見たことがない。
いつも全身を隠す服ばかり着ていて……正直、そのほうがいい。 そうじゃなかったら、とっくに正気を保てなくなってたかもしれない。
ため息をついて歩き続けた。雨宮の姿はもう見えない。今は一人だ。
* * *
結局、門が閉まる直前にギリギリで間に合った。
教室に入ると……彼女がいた。
……待て。 なんで俺の席の隣にいるんだ?
あ……そうか。今日は席替えだった。
黒板を見ると……またか。
同じ場所だった。
ただ今回は、黒川さんが隣の席だった。
そして雨宮は……彼女の前の席。
なんて偶然だ。 三人の作家が、ほとんど隣り合わせに座っている。
来年は坂本さんも加わって、四人になるといいな。
たとえ別のクラスでも……不可能じゃない。
「いつまで突っ立ってるの? 邪魔なんだけど」
その口調は冷たかった。冷たすぎる。 まるで昨日の出来事がなかったみたいに。
……昨夜の黒川さんはどうしたんだ? 今朝のは?
あまりにもギャップがありすぎて、一瞬、全部夢だったのかと思った。
「黒川ちゃん、彼氏には結構キツいんだね。何したの、和泉?」
雨宮がからかうように言った。
でも、いつものように反応する代わりに、黒川さんは黙り込んで…… 顔色まで青ざめていた。
「……何もしてないよ。本当に……とにかく座って」
うつむいたまま、また書き始める。
何も言わないほうがいい。 これ以上悪化させたくない。
「ほっといてくれない? それに雨宮くん、彼女って呼ぶのやめてよ。クラスで変な噂立てられたくないから」
「…………」
どうしちゃったんだ……? 今朝は全然違ったのに。
なんで急にこんなに変わったんだ……?
何にせよ、謝るべきだ。
「もし気に障ることがあったなら、悪かった……」
「何もされてないよ。ただ……無視してて」
その言葉は素っ気なかった。
でも……もしかしたら、それが正しいのかもしれない。
「わかった」
自分の返事は、思っていたより冷たかった。 彼女も一瞬、驚いたようだった。
「あなたの言う通りにするよ」
彼女の体が強張った。 何か言おうとした……でも言葉が出てこない。
その時、ドアが開いた。
授業が始まろうとしていた。
そして彼女は……ただ黙り込んだままだった。




