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第40話 ツンデレか、それともクーデレか?

 ◇◆◇◆◇

 …………

 ………

 ……


 ん……


「わっ!」


 驚いて体を起こし、周りを見回す。


 黒川さんがいるはずの場所に……誰もいなかった。


 それでも、そこはまだ温かい。ついさっきまで彼女がいたみたいに。


 ゆっくり立ち上がり、顔を上げると、彼女の姿が見えた。


 いつもの黒川さんだった。


「和泉くん、おはよう。よく眠れたみたいね」


「……──真希……あ、ごめん。おはよう、黒川さん。君も元気そうでよかった」


「あ、うん。真夜ちゃんからさっき電話があって。休みの時に二人で行けるって、もう一葉さんに伝えたって」


 もうすぐ休みか……彼女の誕生日の数日後だったはず。


 そんなことを考えていると、スマホが震えた。


 [どうだった? もう彼女になれた?]


 ……この野郎。


「何見てるの、和泉くん?」


 後ろから声がした。驚いてスマホを隠す。


「な、なんでもない! ただ……通知、そう、ストレージのやつ」


 疑わしそうにこちらを見ていたが、すぐにキッチンへ視線を移した。


「怪しい……まあいいや。起きて。学校の準備して。朝ごはん、もうすぐできるから」


 ソファから立ち上がり、自分の部屋へ向かった。着替えて、学校へ行く準備を整える。


 朝ごはんを食べて、部屋を出た。


 なんだか……昨夜のことが全部、夢みたいに感じられた。


 黙ってエレベーターまで歩く。  彼女はいつも通り、落ち着いている。  俺はイヤホンをつけて、音楽を言い訳に考えるのを避けていた。


 彼女が隣に来て、横目でこちらを見た。


「これ……最初に二人が近づいた日と同じだね」


 懐かしそうな声だった。  それで俺も思い出す。


「ああ……あの日々《ひび》があってよかったと思う」


 彼女はほんの少し微笑んだ。


「和泉くん、私の悩みを聞いてくれて、嬉しかった」


「そうだな……一緒に小説を書こうって言い出したの、正解だったと思う。あ、そうだ、今日も続きやろう。君の話から始めたいし、放課後に少し練習しよう」


「うん、でも……なんであれが正しい書き方じゃないって言われるんだろう」


「それは本人に聞いたほうがいいよ。俺は……そういうの得意じゃないし、うまく説明できない」


 疑わしそうにこちらを見る。


「本当に……?」


「──…本当だよ。あ、そうだ、坂本さんとは話した? 最近ちょっと様子ようすおかしいけど」


 彼女は少し迷った。その目には罪悪感ざいあくかんが浮かんでいた。


「何があったかは知らないけど、ちゃんと話したほうがいい。俺の書き手と絵描きがギクシャクしてるのは嫌だから」


「喧嘩はしてないよ……でも、話してみる」


 それで少し安心した。


 話しながら学校に着いた。  いくつかアドバイスをしたけど、ほとんどはもう実践していた。


「真希ちゃん〜〜、和泉くん〜、おはよ〜」


「あ、坂本さん。おはよう。今日は機嫌が良さそうだね」


 二人を見ていると、いつも通りだった……  もしかしたら、俺が考えすぎていただけかもしれない。


「あ……あそこにいるの、雨宮じゃないか?」


 二人がその方向を見る。


 寝起きの顔だった。  クマができていた……でも、いつもの笑顔は変わらなかった。


「んー……おはようございます〜〜」


 挨拶してるつもりなんだろう。


「おい、それで挨拶になるのか?!」


 坂本さんの言葉は、雨宮にはまったく響いていないようだった。


 彼女には目もくれず、そのまま学校へ向かって通り過ぎていった。


 明らかにイライラしている女子と、二日連続で寝てないような顔の男子。その光景がなんだかおかしくて、思わず笑いがこぼれた。


 気づくと黒川さんがこっちを見ていた……けど、なぜかすぐに目をそらした。


 それから坂本さんの手を取って、本当に遅刻しそうな勢いで引っ張り始める。


「真昼ちゃん、行こう。遅刻したくないし……あなたも、和泉くん、急いで」


 呆然ぼうぜんとしながら、二人が去っていくのを見送った。  やることもなく、歩き出す。


 実際には、そこまで遅刻しそうな時間でもなかったのに……


 あ……そうだ。今日は体育がある。


 こういう日は決まって、ジャージ姿の黒川さんの体の話題で持ちきりになる。


 もちろん……似合ってるのは否定できない。  でも家ですら、そんな格好は見たことがない。


 いつも全身を隠す服ばかり着ていて……正直、そのほうがいい。  そうじゃなかったら、とっくに正気しょうきを保てなくなってたかもしれない。


 ため息をついて歩き続けた。雨宮の姿はもう見えない。今は一人だ。


 * * *


 結局、門が閉まる直前にギリギリで間に合った。


 教室に入ると……彼女がいた。


 ……待て。  なんで俺の席の隣にいるんだ?


 あ……そうか。今日は席替えだった。


 黒板を見ると……またか。


 同じ場所だった。


 ただ今回は、黒川さんが隣の席だった。


 そして雨宮は……彼女の前の席。


 なんて偶然だ。  三人の作家が、ほとんど隣り合わせに座っている。


 来年は坂本さんも加わって、四人になるといいな。


 たとえ別のクラスでも……不可能じゃない。


「いつまで突っ立ってるの? 邪魔なんだけど」


 その口調は冷たかった。冷たすぎる。  まるで昨日の出来事がなかったみたいに。


 ……昨夜の黒川さんはどうしたんだ? 今朝のは?


 あまりにもギャップがありすぎて、一瞬、全部夢だったのかと思った。


「黒川ちゃん、彼氏には結構キツいんだね。何したの、和泉?」


 雨宮がからかうように言った。


 でも、いつものように反応する代わりに、黒川さんは黙り込んで……  顔色まで青ざめていた。


「……何もしてないよ。本当に……とにかく座って」


 うつむいたまま、また書き始める。


 何も言わないほうがいい。  これ以上悪化あっかさせたくない。


「ほっといてくれない? それに雨宮くん、彼女って呼ぶのやめてよ。クラスで変なうわさ立てられたくないから」


「…………」


 どうしちゃったんだ……?  今朝は全然違ったのに。


 なんで急にこんなに変わったんだ……?


 何にせよ、謝るべきだ。


「もし気に障ることがあったなら、悪かった……」


「何もされてないよ。ただ……無視してて」


 その言葉は素っ気なかった。


 でも……もしかしたら、それが正しいのかもしれない。


「わかった」


 自分の返事は、思っていたより冷たかった。  彼女も一瞬、驚いたようだった。


「あなたの言う通りにするよ」


 彼女の体が強張こわばった。  何か言おうとした……でも言葉が出てこない。


 その時、ドアが開いた。


 授業が始まろうとしていた。


 そして彼女は……ただ黙り込んだままだった。

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