第38話 待ち望む
◇◆◇◆◇
なんでよりによって今なの?! もう少しだったのに……あと少しで気持ちを伝えられたのに……
「今ごろ、私のこと嫌われたって思ってるかな……」 (バカ……! なんで逃げちゃったんだろう。私ってバカ、バカ、バカ……)
「なんとかしないと……せめて謝らないと……」
あ……そういえば、この前、彼が好きなタイプの子を教えてくれたっけ。
でも……真昼ちゃん…… (ごめんね、真昼ちゃん……私も和泉くんのことが好きなの。今日だけは……大好きな人のために頑張りたい。)
◇◆◇◆◇
料理を続ける。今日は得意なやつを作ろうと思って……
……って、誰を騙してるんだ。ネットで調べてるだけじゃないか。作ったことすらないくせに。
それでも、やってみる。男が料理したって、別に変じゃないよな?
うまくできますように……そして彼女に喜んでもらえますように。 これ……もうただの友達の域を超えてる気がする。
ユーチューブの動画を見ながら、まるでシェフにでもなった気分だった。
まだ制服も脱いでいない。それに、もう外は暗くなってきてるし、風呂にも入ってない。
そんなことを思っていたら、黒川さんが着替えを持って出てきた。
俺と目を合わせないようにしている。
あまりにもわかりやすくて、また罪悪感が湧いてきた。
話は後でいい……今は夕飯に集中しないと。
しばらくして、彼女が風呂から出てきた。
濡れた髪がすぐに目に入る。その香りさえ、前よりもどこか柔らかく感じられた。
いや……考えるのはやめよう。
今は彼女と話さないと。
「黒川さん、さっきは悪かった」 「謝らなくていいよ。怒ってないし……むしろ、逃げちゃった私のほうこそ悪いと思ってる」
……
黙って見つめ合う。
笑ってはいるけど、俺の目は彼女に、彼女の目は俺に釘付けになっていた。
恥ずかしくなって目をそらす。 彼女も同時にそらした。
なんとか落ち着いて、会話を続けようとする。
「ところで……風呂入りたいんだけど、夕飯任せてもいい?」
「私たちの約束でしょ。こういうのは私の役目だよ。あなたは休んでて。私がやるから」
そうだ……確かに。
でも……
本当のことを言わずに受け入れるのは辛い……彼女のためにやってるって言えないのが。
風呂に入った。
シャワーを浴びて着替え、部屋を出る。
彼女は鼻歌を歌いながら、優しく微笑んでいた。エプロン姿で。
その光景が……目に焼き付いた。
「あ……そうだ。今日は何も書かないでおこうと思って。映画が長いし、見終わったらそのまま寝ようかなって」
「え? あ……うん、いいよ。そうしたいなら、そうしよう」
もう少しだけ彼女を見つめた。
白い肌……いつもはどこか冷たい表情が、今は柔らかくて……目は期待で輝いていた。
「黒川さん……本当に可愛いよ」
「え?……あ、ありがとう……あなたも悪くないと思う……たぶん、タイプかも」
心臓がすぐに反応した。
でも……それは恋愛感情からじゃなくて、近しい人を評価するような口調だった。
「……ありがとう。ちょっと嬉しいよ……少なくとも君の基準は満たしてるみたいで」 軽い口調で言った。
彼女はうなずいて、改めて言った。
「ところで、夕飯できてるよ。先に座ってて。すぐ持ってくるから」
顔は見えなかったけど、声が少し震えていた。
それでも、俺は食堂へ向かった。
すぐに彼女が料理を運んできた。
肉の香りがすごく良くて、一瞬、天国にいるような気分になった。
「和泉くん……あなたが作ったお肉、すごくいい香り。どこでこのレシピ覚えたの?」
なんて答えればいいかわからなかった。
本当のことを言ったら……笑われるかもしれない。
「えっと……前から知ってたやつで……」
なんとなく彼女を見ると、その表情にはからかうような色があった。「嘘つかないで、知ってるよ」って言われている気がした。
意味ありげな笑みを浮かべて、彼女は俺の隣に近づいた。 「本当? YouTubeで見つけたんじゃないの?」
顔が青ざめた。完全に図星だった。
「そうだとしたら……そうじゃなかったら、どっち?」
俺の後ろに回って、そっと両肩に手を置く。それからささやいた。 「私のために頑張ってくれて、ありがとう」
その言葉だけで、顔が熱くなるのがわかった。
平静を装おうとしたけど……完全に彼女のペースだった。こんなことは初めてだった。でも、このままで終わるつもりはない。次は俺の番だ。
今はただ、こう答えた。 「別に。謝ろうと思ってやっただけだし、思ったよりうまくいかなかったけど。とにかく、早く食べよう……映画見るために」
彼女は優しくうなずいて、自分の席に戻った。 「うん、いただきます」
* * *
皿を洗いながら——お肉の皿、ご飯茶碗、漬物の小皿——黒川さんは映画の準備をしていた。
もしかしたら、今夜こそ仕返しできるかもしれない……でも明日…… そういえば、デートも近づいてる。本当にまだ必要なのか?
「後で聞いてみよう……」
「何を聞くの?」
「あっ!——黒川さん、びっくりさせないでよ」
振り返ると、彼女の表情はもういつも通りだった。何も言わずに皿を拭き始め、そのまま所定の位置に片付けていく。
「大丈夫、大した量じゃないから。残りは俺に任せて」
「早く終わらせたいの……もう映画見たいから」
そういうことか。
「……わかった。そうだな、急がないと」
彼女はうなずいて、黙って片付けを終えた。
全部片付けて、電気を消して、テレビの前に座る。
並んでソファに寄りかかり、画面を見つめた。
三時間近くあることに驚いた。それに、いつもとちょっと違う話で……説明しづらい。
でも……
黒川さんが近すぎて、集中できなかった。 結局、映画より彼女を見ている時間のほうが長かった。
画面の光に照らされた、夢中になっている彼女の表情……
思わず、黙って笑ってしまった。
もしかしたら……俺もちゃんと映画を楽しもうかな。




