表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/52

第37話 ぎこちない二人の距離

 しばらくして、二人が戻ってきた。和泉くんは俺たちのことを何か話したらしく、こちらを見るたびにトマトみたいに真っ赤になっていた。


「ただいま」


 もう落ち着いたように見えたが、私と目が合うと、また顔を赤くする。私も、ほお火照ほてっているのを感じた。


 ――その様子に、真昼ちゃんが気づいた。


 一瞬だけ、彼女の表情がくもる。


 その瞬間、理解した。


 でもすぐに、彼女は何事なにごともなかったかのように表情を戻した。まるで、今のがまぼろしだったみたいに。


 ……きっと、彼女も気づいたんだろう。


「真昼ちゃん、違うの。あなたが思ってるようなことじゃないから、誤解ごかいしないで」


 少し慌てて言った。


 彼女はすぐに手を振り、それから少しれたように私たちを見た。


「そんなこと考えてないよ。全然」


 体を丸めて恥ずかしがっていると、和泉くんが優しく声をかけた。


 まるで子犬こいぬみたいに、彼女の頭をでる。


 嬉しそうにしているのが、見なくても分かる気がした。


「ほほ〜、いちゃったりしないの、黒川さん〜?」


 雨宮くんは相変わらずの調子で、二人が自分たちの世界に入っているすきに、小声でささやいてきた。


「別に」


 興味きょうみがないふりをして答える。


「いいじゃん、認めなよ〜。そんなに冷たくしないでさ。教えてくれないなら、『クーデレちゃん』って呼ぶよ?」


 慌てて、二人に気づかれないように彼の頭を軽くたたいた。


「変なこと言わないで。和泉くんのことが好きかどうかなんて、私の問題でしょ」


 彼は、いたずらっぽい猫みたいな目でこちらを見て、小さな声で続けた。


「……ただ助けたかっただけだよ。君が絶対気になるだろうこと、例えばさ」


 一度咳払せきばらいをしてから、わざとらしく声を張る。


「俺は知ってるんだよ、誰が……慧翔! の好きな人か」


 ――完全に、パフォーマンスだ。


 案の定、和泉くんはすぐに彼の口をふさいで、また外へ連れ出した。


 ……間違いない。


 あいつ、何か知ってる。


 真昼ちゃんと私は、同時に入口の方を見る。


 すると彼は、こっちに向かって親指を立ててきた。


 その意味が分からなくて、一瞬固まる。


 ……誰に向けた合図なのかすら分からない。


 二人が戻る前に、真昼ちゃんがスマホを取り出し、顔色を変えた。


 次の瞬間、急に立ち上がり、からになった弁当箱を手に取る。


 ぎこちない笑みを浮かべて、出ていく前に言った。


「ごめん、急に用事思い出しちゃった。次はもっと一緒にいようね」


 あんなに慌てている真昼ちゃんを見るのは、珍しい。


 そのまま、彼女は行ってしまった。


 三人で顔を見合わせる。


 本当の理由は分からない。でも――なんとなく、胸に引っかかるものがあった。


 ……後で、ちゃんと話そう。


 * * *


 それから、昼休みが終わった。


 この時間を使って、何か書こうと思う。


 子供こどもの頃の自分の話。少女だった頃の気持ちを、今こそ形にする時だ。


 ただ――少し手を加えて、もっと深みを出したい。


 あの二人が、この話に興味を持ってくれるといいけど。


 せっかく頑張ったのにダメ出しされたら、正直つらい。でも和泉くんなら、きっと気に入ってくれるはず。


 ……自分の知識ちしきを使えばいいだけだし、難しくないよね?


 …………

 ………

 ……


「内容は悪くない。でも、問題は別にあるな……」

「同感だ」


 授業じゅぎょうが終わったあと、三人は喫茶店きっさてんにいた。


 二人とも、私が今日書いたものを読んでいる。


 けど――その表情は、明らかに微妙だった。


「何かあるなら、はっきり言ってよ。遠回とおまわしにしないで」


 二人は顔を見合わせて、同時にうなずいた。


「話はいいんだけど、語り方がな……」

「ひどいな。今まで見た中で一番かも」


 雨宮くんが容赦ようしゃなく付け加える。


「……ひどい、って」


 ――刺さった。


 でも……どうして? どうして一番得意とくいなことで失敗しっぱいしたの?


 ベストはくしたはずなのに……


 雨宮くんは私の沈黙ちんもくを見て、うでを組み、少し考えるように目を細めた。


「和泉、俺のスタイル知ってるだろ? 彼女にこういう話の書き方、教えてやれよ」


 ……どういう意味?


 和泉くんが、私に何を教えるっていうの?


「……わからない。うまくできるか、自信じしんないけど……」


「教えてやらないのか? 彼女、あんたの彼女だろ?」


 明らかにからかっている。


「彼女じゃない!」

「彼女じゃない!」


 二人同時に声を上げた。顔が一気に熱くなる。


 ――でも……そうだったらいいのに。


「分かりやすすぎだろ……そろそろ告白こくはくすればいいのに」


 彼は独りひとりごとみたいにつぶやいた。


「とにかく、教えてやれよ。一週間あるんだし。準備じゅんびできたら教えてくれ」


「……分かった。黒川さん、今日から始めよう。よかったら」


「うん、賛成さんせい。……でも、休みの日も手伝ってくれるんじゃないかなって思ってる」


「それもいいと思う。でも、まずは今日からだな」


 ――決まった。


 短い打ち合わせは、これで終わり。


 あとは家に戻って、できるだけ早く始めるだけだ。


 雨宮くんと別れて、私たちは帰り道を歩き始めた。


 その途中で、ふと思い出す。


 ……そういえば。


 雨宮くん、帰り際に私のリュックに何か入れて……そのまま逃げるように出ていった。


 気になって、中身を取り出す。


 ――DVD?


「……え、なにこれ?」


 和泉くんがのぞき込んできた。


「『ゾンビワールド I』……初めて見るな。いつ買ったんだ?」


 いやいやいや……


 ホラー映画えいがじゃない。


 雨宮くん……あの人……


 これはもう、確実に“協力きょうりょく”するつもりだ。


 ――だったら。


 このチャンス、使わない手はない。


 ただ……少しだけ勇気ゆうきがいる。


 彼に気づかれないように、そっと深呼吸した。


「ねえ、今夜こんやこの映画、一緒に見ない?……どうかな?」


 一瞬、意味が分からなかったのか、彼は固まる。


 でも少し考えてから、静かにうなずいた。


「いいと思う。こういうの、見たことなかったし」


 ……よかった。


 受けてくれた。


 雨宮くんには、あとでちゃんとれいを言わないと。


 ――さて。


 次は、私の番だ。


 ………………

 …………

   ……

 …

 ◇◆◇◆◇



 やっと着いた。少し疲れた。


 ドアを開けて、そのまま自分の部屋に向かおうとした――が、彼女がそっとシャツの裾を引いて、俺を引き止めた。


 彼女の目は曇っていた……どこか暗い。


 さっきの言葉が、まだ残っているらしい。


「さっきのあいつの言い方……悪かった。きつすぎたな」


「彼のことで謝らなくていいよ。もし私があなたの彼女だったら……ああいうの、嫌だし」


『そうだったらいいのに……』


 喉まで出かかったが、飲み込んだ。


「何かしてほしいこと、あるか?」


 少しの沈黙のあと――突然、彼女の顔が真っ赤になった。


「何考えてるんだ?」

「きゃっ……和泉くん、急に話しかけないでよ」


 俺は手を伸ばして、彼女の額に触れた。……熱い。


「熱でもあるのか?」  彼女は俺の手を払いのけた。少し乱暴に――でも、どこか可愛げがある。


「うるさいな、変なこと言わないで。……何かしてほしいなら……ソファまで抱っこしてよ」


「え?」


 一瞬、意味がわからなかった。


 でも、「何かしてほしい」って言ったのは俺だ。


 ……仕方ない。


 迷わず、彼女を抱き上げた。


 こんな距離で見る彼女の目……その色に、思わず目を奪われる。


 抵抗しない彼女の赤い顔から、視線をそらした。


 ソファまで運び、そっと横にする。


 ……俺の顔も、かなり熱い。


 彼女への想いは、もう抑えきれない。  雨宮にも最初から見抜かれていたくらいだ。


 目の前には――


 彼女の唇。


 ごくりと唾を飲み込む。


 彼女も、真っ赤だった。


 距離が……近すぎる。


「黒川さん、俺……」

「和泉くん、私……」


 ――その時、スマホが鳴った。


 反射的に離れる。


 彼女は赤い顔を隠すように俯いた。


 ……なんで今なんだよ。


 画面を見る。


 坂本さんからだった。最終イラストが届いたらしい。


 [やっと全部終わった。気に入ってもらえるといいな]


 なるほどな。


 [ありがとう。何かあったら連絡する]


 そう返して、スマホをしまう。


 ……で、今どうすればいい。


「………」


 もう一度近づこうとした――その瞬間。


「部屋に行くね。また後で」


 彼女は小走りで出ていった。こちらを見ないまま。


 ……やらかしたか。


 でも、怒っているようには見えなかった。


 少なくとも……そう思いたい。


 いや、考えるな。


 まだ恋人同士じゃない。


「婚約者よ」


 彼女の母親の言葉が、頭をよぎる。


 ……でも、一人で踏み出す勇気はない。


 告白みたいなものだ。しかも――振られるかもしれない。


 ちっ……


「夕飯でも作るか……埋め合わせに」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ