第122話 世界、ルート、そして『またね』
わあ、すごい。もっと知りたかったな~。
すごく面白かった。まさか、小説家の世界がこんなに複雑だとは思わなかったよ。
読み終えた本を閉じながら、僕は物語のあれこれを懐かしく振り返っていた。
こんな感想を抱いたのは初めてだ。物語を読み終えたとき、もっと先を読みたかった、もっと続きがあればよかったのに、と思うなんて。
それに、あんな世界が無数に存在するなんてね~。
でも、それだけじゃない。結局、無数にある世界の中で、この世界こそが本編だったんだ。
数ある世界の一つには、こんな物語もあった……。
くくくく~。
・慧翔は、真希と一度も話すことがなかった。
高校一年のとき、坂本さんが文化祭で告白し、二人は付き合い始めた。
もちろん、慧翔は恋愛に疎かったから、坂本さんは彼に自分を好きになってもらうまで苦労した。それでも、何年か後には二人で家庭を築いていた。
しかし――。
慧翔の夢は、完全には叶わなかった。小説の連載を勝ち取ることができなかったのだ。彼に足りなかったもの。それは、真希が持っていたものだった。
一方の真希も、思うような結果を出せなかった。ほかに選択肢もなく、結局は両親の会社を継ぐことになった。
それが、この世界での三人の人生だった。
けれど、慧翔にとっては、どこかほろ苦い結末だった。その苦みは、一生消えることがない。
それでも、坂本さんと一緒に幸せな人生を送れたのだから、それでよかったと言えるんじゃないかな?
そして、前にも言ったように、ほかにもたくさんの世界がある。例えば……。
・優希さんは、高校一年の頃から慧翔に恋をしていた。この世界では、高校二年になって初めて慧翔と同じクラスになった。
ある日、グループワークで一緒になったとき、優希さんはそのチャンスを逃さなかった。
実のところ、優希は一年も前から慧翔に恋をしていた。ただ、どうやって距離を縮めればいいのかわからなかっただけだ。
でも今回は、彼女の恋はうまくいった。二人は少しずつ距離を縮めていった。
そしてある日、屋上で告白し、慧翔は迷うことなくその気持ちを受け入れた。
結局、坂本さんのときと同じような展開になった。慧翔はライトノベル作家になるという夢も叶えたのだ。
あ、そうそう~。
もちろん、前の世界と同じく、この世界線でも真希と慧翔が関わることはなかった。でも今回は、真希と坂本さんが関わることになった。
この世界では、二人はライバル同士だった。一人は小説家、もう一人はイラストレーター。ただし、競い合うのは小説に関する分野だけだ。
こうして見ると、優希さんが見事に『賞品』を手に入れたようなものだね。そして、二人は幸せに暮らした。
作者のお気に入りの世界の一つ。なかなかいい結末じゃないか~。
さて、次は……くくくく~。
葵さん、幼なじみルート!
・高校を卒業して大学に進学した慧翔は、大学を卒業すると実家に戻った。その頃、葵さんは子供の頃と同じように、長い髪に戻していた。
真希とも坂本さんとも縁がなかったため、二人の関係はこんな形になった。そして葵さんは、慧翔に自分の気持ちを伝える絶好の機会をうかがっていた。
けれど、予想どおり、またしても気持ちを伝えられなかった。
それでも、彼女には二度目のチャンスが巡ってきた。
運命のいたずらか、二人は同じ会社で働き始めた。そして、何年もの後悔を重ねた末、二人きりの親密なデートで、ついに告白することになった。
二人の関係はずっと秘密にされていたが、やがてみんなの前で正式に公表するのにふさわしいタイミングが訪れた。
それを境に、二人の関係は間違いなく順調に進み始めた。
でも……真希にはハッピーエンドがなかった……。
この世界では、真希は一人で両親の会社を継いだ。結婚相手に求める条件を満たす人が誰もいなかったため、結婚することはなかった。本人も、結婚するつもりはなかった。
でも、ここで一つ疑問が浮かぶ。
もし慧翔と真希が付き合っていたとして、それでも『ノヴェリスト』としての夢を叶えられなかったとしたら?
その答えが、慧翔と真希の第二の世界線だ。
卒業式の日、打ちひしがれている真希を見つけた慧翔は、彼女を慰めようと近づいた。
夢を追いかけてきたのに、結局それを叶えられなかった。その思いが、彼女の心を沈ませていたのだ。
真希は慰めてくれた慧翔に感謝した。けれど、そのときにはもう、彼は彼女の心に消えない痕跡を残していた。
二人は、再会するまで顔を合わせることはなかった。
やがて大人になり、それぞれ仕事に就いた二人は、ふとした瞬間に相手のことを思い出すようになった。
ある日、慧翔は家の鍵をなくしてしまい、真希が彼を自宅に招き入れた。
これで、一時的に条件#3が満たされたわけだ。
それをきっかけに、二人は互いのことを少しずつ知るようになり、やがて惹かれ合っていった。
けれど、恋に落ちても、二人とも自分の気持ちを口にしようとはしなかった。少なくとも、誰かに背中を押されるまでは。
そして、この世界でも慧翔は真希の気持ちを受け入れた。
坂本さんも彼に告白したが、予想どおり断られてしまった。
そう、この世界線でも同じだった。
それ以降の物語も、ほかの世界とよく似た展開をたどっていった。
慧翔は鍵をなくし、真希が彼を家に招き入れる。
これによって、一時的に条件#3を満たした。
それをきっかけに、二人は互いのことをもっと知るようになり、少しずつ惹かれ合っていった。
しかし、恋に落ちても、二人とも自分の気持ちを口にしようとはしなかった。少なくとも、誰かに背中を押されるまでは。そして、この世界でも、慧翔は真希の気持ちを受け入れることになる。
坂本さんも慧翔に告白したが、予想どおり断られた。そう、この世界線でも同じだった。そこから先の物語も、ほかの世界とよく似た展開をたどった。
慧翔は真希を連れて実家に帰り、家族に紹介した。そして東京に戻った後、二人きりで過ごしていたある日、どこか気まずい空気が流れる中、慧翔が彼女に告白した。
真希は嬉しそうにその告白を受け入れ、二人は付き合い始めた。
それから結婚まではあっという間だった。やがて二人は夫婦となり、子供にも恵まれた。
しかし、ただ一つ、心残りがあった。二人とも、自分たちの夢を叶えられなかったことを悔やんでいたのだ。けれど、もう夢を追いかけるための時間は残されていなかった。
二人はすでに親になっていた。小説を書く時間など、もうほとんどなかったのだ。
こうして、いくつもの世界線で起こった出来事を振り返ることができる。
「おい、バカ。もう終わったのか?」
黒に近い色の髪に紫色の瞳をした少女が、冷ややかな口調で尋ねた。
「あれ、陽葵さん。どうしたの?」
光一つない、虚無のような暗い空間。そこにいる彼女は、まるで神のような存在だった。
「詮索しないで、喜稔。ミステリアスな雰囲気を気取るとイライラするって、知ってるでしょ?」
「もうその名前は使ってないよ~。また頑張って探してね、陽葵さん~」
彼女は苛立ちを募らせ、今にも額に青筋が浮かびそうだった。それでも、僕はからかうのをやめなかった。
しかし、彼女は大きく息を吸ってからゆっくりと吐き出した。何があっても平静を保とうとする人のように。
「『天野リオタ』って名前を使ってるんでしょ?」
「またハズレ~、陽葵さん~」
彼女は僕を本気で殺しかねない勢いで追いかけ始めた。
「誰か助けて~! 僕に惚れてる女の子が、僕を殺そうとしてる~!」
僕がそう叫ぶと、彼女は怒りで顔を真っ赤にしながら、この空間を駆け回って僕を追いかけてきた。
「ふざけてるから殺してやる!」
「や~、陽葵ちゃんってば意地悪だな~」
「逃げるな、この卑怯者!」
そんなやり取りをしばらく続けたものの、僕はだんだん飽きてきた。
もう名前を隠しておく理由もない。そう思い、僕は急に立ち止まって彼女をじっと見つめた。
彼女の顔が再び赤くなり始めたが、僕はいつものように気づかないふりをした。
「教えてあげるよ。今の僕の名前は、雨宮海人。忘れないでね」
彼女は一瞬ぽかんとした後、すぐに文句を言い始めた。
「最初からそう言いなさいよ、海人くん。……まあいいわ。これからは名前で呼んであげる。バカ」
そう言いながらも、彼女の顔はまだ赤かった……。
「好きに呼べばいいよ。この名前で呼んでくれるなら、ほかのことはどうでもいいから」
「……わかった。それより、早く行くわよ。あんたのせいで遅刻したくないんだから」
「はいはい、お嬢様」
それじゃあ、また会おう。きっと、その機会はあるはずだから。
こうして、すべては続いていく。あとは、残されたピースを埋めるだけだ。
やれやれ~。
「美咲によろしく伝えておいて。結局、彼女には勝てなかったんでしょ?」
僕はいたずらっぽい目を向け、笑いをこらえきれないといった様子でニヤリとした。
「伝えておくわよ。まったく、なんでこんなヤツに惹かれちゃったんだか……」
「くくくく~。僕のせいじゃないからね。それじゃ、また~」
そう言い残して彼女は去っていった。さて、今度は僕の番だ。僕もそろそろ行こう。
「真希と慧翔の物語、楽しかったな……。作者には、ビーチのシーンを借りっぱなしにされてるんだ。絶対に許さないからな! ……って、待てよ。え、そんなシーンはないって? くそっ……」
いつか、残された謎もいくつか明かされるといいな。これで三度目だし。
でも、最後に一つだけ伝えておこう。この物語には、もう一つの名前があった。もともとは短編で、『ノヴェリスト』というタイトルだったんだ。
うん、きっと最後まで読んでくれたよね。作者はもっと内容がわかりやすいタイトルに変えようとしたんだけど……。
その結果がこれだ。さあ、これで心置きなくお別れできるね~。
最後まで読んでくれて、ありがとう~。




