第118話 夢への第一歩
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教室に着き、授業が始まってから、妙に気になることがあった。雨宮が来ていなかったのだ。
先生は出席を取る際、彼の名前を呼んだところで、何かを思い出したような顔をした。
特に詳しい説明はせず、出席簿に何かを書き込んだだけだった。
一方、坂本さんは席を立ち、先生に尋ねた。
「すみません、先生。雨宮くんはどうしたんですか? どうして来ていないんですか?」
先生はどう説明したものかと迷っている様子だった。欠席の理由を尋ねられ、少し言いよどんだ末、こう答えた。
「ご両親の話では、病気らしくてね。しばらく別の場所で療養させるそうだ。もうここには戻ってこない可能性もある。いつ戻れるか次第だろうね」
病気? あの、自分は神だなんて言い出したやつが?
いったい誰がそんなことを想像できただろう。
坂本さんは戸惑った様子を見せながらも、とりあえず納得したようだった。彼女が知りたかったのは、雨宮が来ていない理由だったのだろう。
結局、雨宮に彼女がいるのかどうか、その真相はわからないままだ。
俺たちもしばらくは何もわからないだろう。あとでXから連絡してみるしかない。今の俺たちにできるのは、それくらいだった。
先生はそのまま出席を取り続けたが、真希も俺も、雨宮のいない席がどうしても気になっていた。
* * *
放課後、俺たち三人は再び屋上に集まり、Xから雨宮にメッセージを送ってみた。しかし、返事はなかった。
こんなときになって、電話番号を聞いておかなかったことを後悔した。
坂本さんでさえ、彼の番号は知らないらしい。となると、残された手段はもう限られていた。
このままでは諦めるしかない。先生に電話番号を聞くしかないが、俺がそう切り出すより先に、坂本さんが立ち上がった。
「どこに行くの?」
真希が少し不思議そうに尋ねる。
「もう気になって仕方ないから。先生に雨宮くんの家の電話番号を聞いてくる」
そう言い残し、彼女は職員室へ向かった。真希と俺はその場に残ることにした。そう時間はかからないだろうし、何より俺はまだ昼食を食べている途中だった。真希も同じだった。
俺だって気になっていた。
もし雨宮の言っていた彼女の話が本当なら、坂本さんは謝りに行くつもりなのかもしれない。もちろん、俺だって同じ立場ならそうするだろう。
……そういえば、雨宮は別の場所に移ると言われていたんだった。場合によっては、日本にすらいない可能性もある。
そうなると、結局は彼が戻ってくるのを待つしかないのかもしれない。
「雨宮くんと連絡が取れなくなったこと、やっと実感したみたいだね、真昼ちゃん?」
いつの間にか坂本さんが戻ってきていたらしく、真希が彼女に声をかけた。
その言葉を聞いた坂本さんは、何も言わずに黙り込んだ。
……いや、別に雨宮のことが好きなわけではないらしい。単に好奇心が抑えられないだけだ。結局のところ、この三人は友達同士なのだ。
「だって、二人が本当に婚約したって知ったときの、彼の反応が見たかったんだもん!」
……さっきの考えは撤回しよう。彼女はただゴシップを楽しみたかっただけらしい。
「相変わらずだね」
真希はほっとしたように笑いながら言った。
坂本さんは、ただ楽しそうに微笑むだけだった。
* * *
一日が終わり、真希と俺はそれぞれ自分の部屋に戻った。やることはそれほど多くない。宿題を片づけて、次の小説のアイデアを整理する時間を作るくらいだ。
着替えの途中、まだシャツを脱ぎ終わっていないところに、真希が嬉しそうな様子で俺の部屋に入ってきた。
「慧翔くん、信じられないかもしれないけど……」
俺の姿を目にした途端、彼女の言葉がぴたりと止まった。みるみるうちに顔が赤くなる。
「ご、ごめん! まさか着替えてる途中だなんて!」
そう言うなり、真希は慌てて部屋を飛び出していった。
俺はというと、その反応に少し戸惑っていた。あそこまで恥ずかしがられると、こっちまでどう反応していいのかわからなくなる。
「気にしなくていいよ。すぐ着替え終わるから、そこで待っててくれる?」
「……うん……」
着替えを済ませて部屋を出ると、真希はリビングで待っていた。椅子に座り、何かを書いている。まるで、さっきの出来事などなかったかのような顔をしていた。
「お待たせ。で、何の話だったんだ? 真希」
俺がそう尋ねると、彼女は手元のものを置き、満面の笑みで俺に飛びついてきた。さっきまでの気まずさなんて、すっかり吹き飛んでしまったらしい。
「コンテストで優勝したの! 本を出版できるんだって! やったね、慧翔くん!」
……優勝?
そんなに早く結果が出たのか?
まさか……
真希は、両親が承諾してくれると最初からわかっていて、俺に内緒で小説を応募したのか?
どうやら、思っていた以上に頭が切れるらしい。
「どうやら、君はご両親が何て言うか、最初からわかってたみたいだな?」
彼女はいたずらっぽく笑うと、そのまま俺にキスをした。まるでクリップで留めるみたいに、何度も素早く。どうやら俺は、彼女の計画に欠かせない駒だったらしい。
「真希、待てって。興奮しすぎだろ、ははは。ご両親が承諾してくれるって、最初からわかってたんだろ?」
「自分の気持ちに従っただけだよ。自分を信じて、思い切ってやってみたの。それに、お父さんはあなたのことを気に入ってくれる気がしてたから」
彼女は俺から少し離れると、いつも俺の気を引く、あのいたずらっぽい目で見つめてきた。
「ご褒美に、一緒に寝てあげる。でも、変なことしたら殺すからね?」
最後のひと言とともに向けられた眼差しは、本気で人を殺せそうなくらい恐ろしかった。
……まあ、俺はそんなことをするつもりなんてないけど。
「君の許可もなくそんなことするわけないだろ。前にも言ったじゃないか」
実際、そういう日がいつ来るのかはわかっている。まだ何年も先のことだし、彼女だってそれはわかっているはずだ。
その時が来れば、すべて自然と進んでいく。焦る必要なんてない。俺だって、ちゃんと待てる。
……とはいえ、一緒に寝るとなると、やっぱり緊張してしまうけど。
「慧翔くん、もしかして、その気だったの? それとも、一緒に寝るのが嫌なの?」
「いや、そういうわけじゃないよ。君がそうしたいなら構わないし、むしろ嬉しいくらいだ」
彼女は急に不安そうな顔になり、さっきの言葉を疑い始めた。
けれど、彼女が何か言い出す前に、俺は先に口を開いた。
「いや、そうじゃなくて……ちょっと聞きたいことがあるんだけど、答えてくれるかな……?」
「いいから聞いてよ。そんなふうに曖昧にしないで、慧翔くん」
そう急かされて、俺は覚悟を決めて尋ねた。
「婚約のことなんだけどさ、結婚する年齢って俺たちで決めていいのか? それとも、君の家で決まりがあるのか……それが気になって」
こんなことを聞くのは恥ずかしかったが、ほかに確かめる方法もなかった。
彼女も俺と同じように、何だか気恥ずかしそうにしていた。実際、かなり恥ずかしい話ではある。
彼女は指を絡めるように組み、うつむきながら口を開いた。
「それは……あなたと私で決めていいんだよ……」
恥ずかしそうに答える彼女があまりにも可愛らしくて、見ているだけで心が和んだ。
「そっか。じゃあ、もし俺たちがこのまま婚約を続けていくなら、結婚するのは何歳くらいがいいと思う?」
彼女はすぐには答えなかった。ただ、もう一度小さくうなずくと、俺から離れて振り返った。
「もし二十歳になっても、まだ一緒にいたら……その時は……その時はね」
消え入りそうな声で、彼女はそう答えた。
四年か……。
悪くない考えだ。お互いのことをもっとよく知る時間は十分にある。それに、彼女の両親とも、今よりもっと親しくなれるだろう。
「いいな。じゃあ、四年後ってことで決まりだな」
彼女は満足そうに微笑むと、台所へ向かっていった。
「じゃあ、慧翔のいいお嫁さんになれるように、今から練習しておくね〜」
そう言いながらエプロンを身につけ、彼女はからかうような笑みを浮かべた。
その言葉に加え、いつもなら「慧翔くん」と呼ぶ彼女が、敬称を外して俺の名前を呼んだことが、たまらなく嬉しかった。
「真希がどんなふうに成長するのか、楽しみにしてるよ」
俺はその場に立ち尽くしていたわけではない。椅子に座り、彼女が今日書き進めた小説を書き写しながら、内容にも目を通していた。
あとで坂本さんにも、コンテストで優勝したことを伝えておいたほうがいいかもしれない。今はとにかく、彼女に置いていかれないようにするのが先決だ。
真希はうなずき、俺たちはそれぞれ目の前の作業に集中し始めた。
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