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クラスで一番冷たい彼女と小説を書くことになった  作者: セバスーS.P
第 四 章: 過去と向き合い、未来へ踏み出す一歩
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第112話 心に残る痛み

 二人はまだ頭を下げたまま、真希の返事を待っていた。


 その姿を見て……真希は泣いていた。


 嬉しくて流す涙じゃない。


 長い間抱えてきた憎しみや恨み、悔しさ。自分でも整理しきれないほどの感情が、一気に溢れ出しているようだった。


「こんなこと……全部やったあとで、ただ許してほしいなんて……!」


 その謝罪は、今の彼女にとっては侮辱にしか感じられなかったのだろう。


 真希は勢いよく立ち上がった。


「謝れば……謝れば、全部許されると思わないで!」


 そう叫ぶと、彼女は振り返ることなく走り出した。


 俺を置き去りにして。


 その場には、重苦しい沈黙と、彼女が残していった感情だけが取り残された。


 反応する暇なんてなかった。


 さっきまで穏やかだった空気が、一瞬で張り詰めている。


 真希がどれだけ傷ついているのか、そのすべてを理解できるわけじゃない。それでも、今は追いかけて話すべきだと思った。


 もちろん、彼女の両親の言い分も聞く必要はある。


 ただ、自分の立場を良くするためじゃない。


 真希の傷を少しでも癒すためだ。そのためには、いつか彼女と両親が向き合い、和解できることが一番いい。


 でも……。


 今はそんなことを考えている場合じゃない。


 もういい。


 どうにでもなれ。


 ただ、真希に何かあってほしくない。


「真希と話してきます。また後で」


 二人にそう言い残すと、俺はすぐに走り出した。


 真希を守らないと。


 何かあってほしくない。


 今は、それだけが頭の中にあった。


 あんなに必死になって走っている人間が、周りなんて見えているはずがない。事故に遭ってもおかしくない。


 そんな最悪の想像を振り払うように、俺は必死に足を動かした。


 どうか、間に合ってくれ。


 そう願いながら、全力で走る。


 しかも、真希は足が速い。


 気づけば、もう姿が見えなくなっていた。それでも、向かっている場所には心当たりがあった。


 家だ。


 きっと、あそこへ戻ろうとしている。


 角を一つ曲がる。


 そして、もう一つ。


 その先に、真希の姿が見えた。


 大通りを渡ろうとしている。


「真希!」


 叫びながら、俺はさらに速度を上げた。


 少しずつ距離が縮まっていく。


 でも、その瞬間だった。


 真希が道路へ飛び出した。


 車の運転手は彼女に気づいていなかった。


 信号が変わるのを待つこともなく、真希はそのまま道路を渡ろうとしていた。


「危ない!」


 声を張り上げた。


 けれど、間に合わない。


 そう思った瞬間、俺は反射的に目を閉じた。


 最悪の光景が頭をよぎる。


 すべて、俺のせいだ。


 大きな衝撃音が響いた。


 ――でも。


 恐る恐る目を開ける。


 そこには、まだ走り続けている真希の姿があった。


「……え?」


 車は……確かに何かに衝突していた。


 でも、真希じゃない。


 何が起きたのか理解できなかった。


 ありえない。


 そう思った、その時だった。


「待て……」


 視界の端に、見覚えのある姿が映った。


「なんで雨宮がここに……?」


 でも、今はそんなことを考えている場合じゃない。


 何より大事なのは、真希が無事だということだ。


 俺は再び走り出した。


 雨宮のことは、あとで聞けばいい。


 それにしても……あまりにも怪しい。


 まるで、すべてを知っているかのように。


 それどころか、この状況すら楽しんでいるように見えた。


 あいつは昔からそういうところがある。


 だからこそ、最近ではもう少しくらいのことでは驚かなくなっていた。


「くくくく……幸運を祈るよ、和泉」


「また後で話そう、雨宮」


 今は笑う気分じゃない。


 こんな状況で、ふざけている余裕なんてあるはずもなかった。


 俺は再び真希を追った。


 そして、二百メートルほど先で、ようやく彼女が立ち止まった。


 当然だ。


 あれだけ全力で走り続けたんだ。止まらないほうがおかしい。


 一方の俺も、ようやく勢いを落とした。


 走りながら何度も「止まれ」と叫び続けていたせいで、喉はすっかり痛くなっている。


 それでも、必死に追いかけ続けた甲斐はあった。


 ようやく追いついた。


「なんで飛び出したんだ! 怪我するかもしれなかっただろ!」


 息を切らしながら、俺は真希に叫んだ。


 叱りつける言葉を続けようとして、俺はふと、自分が今やるべきことを思い出した。


 怒るんじゃない。


 まずは、彼女を落ち着かせないと。


「ごめん……家に帰ろう?」


 真希は小さくうなずいた。


 泣き腫らした目には、まだ涙が残っている。その涙は今にもこぼれ落ちそうなのに、彼女自身は何も感じていないかのように、ただぼんやりと前を見ていた。


 こんな時、いったい何を言えばいいんだ?


 下手に慰めれば、かえって傷をえぐってしまうかもしれない。


 だからといって何も言わなければ、俺が何も気にしていないと思われてしまう。


 どうすればいいのか分からない。


 それでも、今はここにいるわけにはいかなかった。


 とにかく、家へ連れて帰ろう。


 あんなふうに、抱えきれない痛みをその目に浮かべたまま、彼女を一人にしておきたくなかった。


 * * *


 結局、俺たちは家に戻った。


 真希はまだすっかり打ちのめされたままで、その姿を見ているだけで胸が苦しくなる。


 こんな彼女を見るのは辛かった。


 それなのに、彼氏である俺は何もできない。


 ……いや。


 何かできるはずだ。


 そう思い直して、俺は真希を部屋まで連れていった。


 歩いているというより、俺についてきているだけ。


 まるで心の奥に深い傷を負ってしまい、自分の力だけでは立っていることさえ難しいように見えた。


「真希、ここで待ってて。すぐ戻るから。何か飲み物を持ってくるよ。いい?」


 彼女は小さくうなずいた。


 それだけだった。


 他には何の反応もない。


 でも、今の彼女に無理やり何かをさせるのも違う気がした。


 俺はそれ以上何も言わず、台所へ向かった。


 お茶がいいのか、それともコーヒーか。


 ……こんな時、何を飲ませればいいんだ?


「お兄ちゃん、どうしたの? なんか元気ないけど」


 その声を聞いて、俺は思い出した。


 そうだ。


 真夜はまだここにいる。


 どうやら何かに夢中になっていたらしく、俺たちが帰ってきたことにも気づいていなかったようだ。


 でも、今はそれが助かった。


 真夜なら……頼っても大丈夫だよな?


「真夜、真希を慰めてやってくれないか? 何があったのかは、あとでちゃんと説明する。だから……頼む。お前を信じてる」


 俺がそう言うと、真夜は驚いたように目を見開いた。


 けれど、すぐに真剣な表情になる。


「うん。分かった」


 短く答えると、真希のいる部屋へ駆けていった。


 今は、あいつを頼るしかない。


 俺も急いで飲み物を用意しよう。


 結局、数分ほどで準備を終え、盆を手にして真希の部屋へ向かった。


 ドアをノックしてから入ろうとした、その時だった。


 ――ピンポーン。


 玄関のチャイムが鳴った。


 ほぼ同時に、真夜が真希の部屋のドアを開ける。


「これ、真希に持っていって。俺は玄関を見てくる。いい?」


 真夜はうなずき、俺からお盆を受け取った。


「任せて」


 そう言って、そっと真希のもとへ向かっていく。


 俺はその背中を一瞬だけ見送ってから、玄関へ向かった。


 誰が来たのかは分からない。


 でも、なんとなく心当たりはあった。


 ゆっくりとドアを開ける。


 そして、予想は当たっていた。


 そこに立っていたのは、俺よりもずっと長く真希のことを知っている人だった。


「……坂上さん」


 彼女の『お姉さん』。


 こんな時に来る人なんて、他には考えられなかった。

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