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クラスで一番冷たい彼女と小説を書くことになった  作者: セバスーS.P
第 四 章: 過去と向き合い、未来へ踏み出す一歩
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第111話 父親の選択

 ◇◆◇◆◇


 俺は、昔からずっと馬鹿だった。


 いや……馬鹿でいることは、俺にとって呪いであり、同時に祝福でもあったのかもしれない。


 香織と出会えたのも、結局はその馬鹿さのおかげだった。


 彼女はいつも誰かに囲まれていた。誰からも好かれ、憧れられていて、俺なんかとは正反対の人間だった。


 一方の俺は、出席日数を稼ぐためだけに学校へ通うような不良だった。一時間目が終われば、授業なんて知ったことかと、迷わず学校を抜け出していた。


 そんな俺たちが出会ったのは、ある冬の日のことだった。


 冷たい風が吹く校舎の外で、香織は一人で昼食を食べていた。吐く息は白く、細い指先も赤くなっていた。それなのに、彼女は寒さを気にする様子もなく、静かに弁当を食べていた。


 どうしてそんなところにいるのかなんて、当時の俺にはどうでもよかった。


 ただ、なんとなく可哀想に思った。


 だから俺は、自分が着ていた冬用のシャツを脱いで、彼女の肩にかけてやった。


「風邪ひくぞ」


 たったそれだけ言って、その場を離れた。


 次の日、俺は見事に熱を出した。


 どうやら自分のシャツを彼女に渡したせいで、今度は俺が風邪を引いたらしい。


 そして、そのことをよほど気にしたのか、香織はわざわざ俺の家までシャツを返しに来た。


 玄関先で顔を真っ赤にして、どうしていいのか分からないように立っていた彼女を見て、俺は思わず笑ってしまった。


 あの時の彼女の目を、今でも覚えている。


 心配そうで、それでもどこか怒っているような、不思議な眼差しだった。


 それが、俺たちの始まりだった。


 それから俺たちは、気づけばいつも一緒にいるようになった。


 香織は、俺が学校を抜け出そうとするたびに叱った。同じクラスになってからは、俺が逃げ出さないように、まるで監視役のようについて回った。


「今日も帰るつもり?」


「当然だろ」


「じゃあ、私もついていく」


「……なんでだよ」


 そんなやり取りを、何度繰り返しただろう。


 ある日には、俺が学校を休まないようにと弁当まで作ってくれた。


「昨日、ちゃんと授業に出たご褒美」


 最初は、本当にそれだけだった。


 けれど、その「ご褒美」は少しずつ増えていった。


 一週間に一度だったものが、いつの間にか二度になり、三度になり……気づけば、それが当たり前になっていた。


 そして、一年が過ぎた。


 その頃には、香織に対する俺の気持ちは、もう最初の頃とはまったく違っていた。


 だからこそ、俺は彼女を避けるようになった。


 自分でも理由は分かっていた。


 怖かったのだ。


 この気持ちを認めてしまったら、今までの関係には戻れなくなる気がした。


 当然、香織は怒った。


 今でも鮮明に覚えている。


 ある日、彼女は俺の家までやって来た。そして、勝手に「私が彼女だから」と言い張り、俺が止める間もなく部屋へ入ってきた。


 悔しさと怒りで目に涙を浮かべながら、俺をベッドの隅まで追い詰めて……そのまま唇を重ねた。


 あの日の香織の顔は、今まで見たことがないくらい真っ赤だった。


 怒っているのか、恥ずかしいのか、それとも泣きたいのか。


 俺には分からなかった。


 ただ、あまりにも可愛くて、息をすることすら忘れそうになった。


 あれが、彼女なりの告白だった。


 俺たちは、その日から付き合い始めた。


 けれど、すべてが順調だったわけじゃない。


 香織の両親は、俺たちの交際に頑なに反対した。


 それでも、俺は諦めなかった。


 最後の条件を満たすための金も必要だったし、何より、香織の両親に「俺なら彼女を守れる」と認めてもらう必要があった。


 だから勉強もした。


 今までろくに机に向かわなかった俺が、夜遅くまで教科書を開くようになった。


 何度も眠気に負けそうになった。それでも、香織の隣に立ち続けるためなら、やるしかなかった。


 やがて高校を卒業し、そろそろ頃合いだと思えるようになった。


 香織の両親に会う機会も少しずつ増えていった。


 最初に会った頃とは違い、二人の態度もほんの少しずつ変わっていた。


 完全に認められたわけじゃない。


 それでも、少なくとも「認める価値のない男」ではなくなったのだと思う。


 そして、しばらくして最後の条件を満たした。


 俺と香織は結婚し、一緒に暮らし始めた。


 その時、ようやく俺たちは、自分たちの人生を自分たちで選べたような気がした。


 結局、香織の両親も、俺たちを無理やり引き離すことはできなかった。


 ……だが、そこで終わりではなかった。


 むしろ、そこから俺たちの人生は大きく変わり始めた。


 香織が妊娠した。


 その知らせを聞いた時、俺は心の底から嬉しかった。


 やがて、生まれてくる子供が女の子だと分かった。


 その瞬間、なぜか胸の奥に、言葉にできない不安が生まれた。


『俺は、この子をどう育てればいい?』


 それが、娘が幼い頃から何度も自分に問いかけていたことだった。


 生まれてきた娘は、香織によく似ていた。


 笑った時の表情も、目元も、ふとした仕草まで。


 それを見るたびに嬉しくなった。


 それなのに、義父母の会社を支える仕事は、少しずつ俺の心をすり減らしていった。


 仕事が終わって家に帰っても、疲れている。


 思い通りにならないことがあれば苛立つ。


 そして、その苛立ちを上手く言葉にすることができなかった。


 俺は、娘が望んでいたような父親にはなれなかった。


 ただの馬鹿だった。


 怒鳴ることしかできず、自分の感情を抑えることもできなかった。


 ……一度だけ、娘に手を上げたこともある。


 今でも、あの日のことを忘れられない。


 怯えた娘の顔。


 何も言えずに俺を見る、その目。


 あの瞬間、俺は父親として取り返しのつかないことをしたのだと、ようやく理解した。


 でも、それだけでは終わらなかった。


 あの日を境に、娘は俺を怖がるようになった。


 もちろん、娘に非があったわけじゃない。


 あの子はただ、父親に愛されて、安心して笑っていられることを望んでいただけだった。


 なのに俺は、その正反対だった。


 毎日のように、娘は俺の顔色をうかがうようになった。


 俺が少し声を荒らげるだけで、肩を震わせる。


 それを見て後悔する。


 何度も「もう怒らない」と自分に言い聞かせる。


 それでも、また怒鳴ってしまう。


 まるで、自分自身で作った檻の中から抜け出せなくなったみたいだった。


 分かっていた。


 このままじゃいけない。


 分かっていたのに……俺は、変わることができなかった。


 彼女を苦しめた。食事も喉を通らなくなるほどに。


 一日中泣き続け、俺の気配を感じれば、すぐに隠れる。家の中にいるはずなのに、まるで俺から逃げる場所を探しているようだった。


 学校でも、彼女を怖がる生徒が出始めた。教師たちも異変に気づき、何度か俺たちに連絡を寄こした。


 友達はいなかった。


 彼女のそばには、誰もいなかった。


『もっと勉強すれば、友達もできるだろう』


 そんなふうに考えた。


 成績を上げろと言い、彼女は必死に努力し始めた。そして、ついに満点を取った。


 それなのに、俺はまた間違えた。


 自分が子供の頃にはできなかったことを、娘が成し遂げた。その努力を喜ぶどころか、なぜか自分の惨めさを突きつけられたように感じてしまった。


 そして、また彼女を傷つけた。


 それを境に、彼女の笑顔は消えた。


 俺がやったことだ。


 俺のせいだ。


 けれど、俺だけが悪かったわけじゃない。


 香織もまた、何年もの間、楽しそうに彼女の世話をしていたはずなのに、いつしか同じように彼女を追い詰めていた。


 このままでは駄目だ。


 あと数年で高校に入る。それなら、その頃には一人で暮らしたほうがいい。俺たちがそばにいる限り、これ以上、あの子を壊してしまう。


 そう思うようになった。


 そんなある日、彼女の部屋の前を通りかかった。


 ふと、聞き慣れない笑い声がした。


 ……一人じゃない。


 覗いてみると、そこにはエミリがいた。


 うちで働いているレジ係の孫娘、坂上エミリ。いつの間にか、彼女は真希と親しくなっていた。


 その光景を見た瞬間、胸の奥に小さな希望が灯った。


 今度こそ、壊さないようにしよう。


 俺はエミリに感謝し、高校に入るまで真希のそばにいてほしいと頼んだ。高校へ進めば、真希はこの家を出ることになる。それまでの間だけでも、あの子に笑っていてほしかった。


 エミリは引き受けてくれた。


 俺に頼まれたからじゃない。


 真希を、本当の妹のように大切に思っていたからだ。


 あの頃の俺にとって、エミリは唯一の希望だった。


 そして、真希は家を出ていった。


 しばらくして、エミリから真希が書いた物語のことを聞かされた。


 そこに描かれていたのは、ただ幸せになりたかった少女の物語だった。


 自分の家を離れ、新しい場所で、別の家族に受け入れられていく少女。


 その話を聞いたとき、俺は泣けばいいのか、それとも何も感じないふりをすればいいのかさえ分からなかった。


 結局、そこに描かれていたのは、俺たちが真希に与えた痛みだった。


 彼女は新しい場所で、自分の人生を始めていた。


 そんな中で、俺たちは一つのことを知った。


 真希が、小説を書いている。


 そのせいなのか、成績が少し落ちたらしい。


 それが良いことなのか、悪いことなのか、俺には判断できなかった。


 ただ、俺たちは小説の投稿をやめさせようとした。


 そのために雇った人間たちの前に、一人の少年が現れた。


 真希を、あの批判の嵐から守った少年。


 もちろん、俺は真希にここへ戻ってきてほしかった。


 小説に時間を取られ、そのせいで成績が下がっていくのを見るより、こちらにいてくれたほうがいい。そう思っていた。


 けれど、同時に理解もしていた。


 あの小説を書くことが、真希にとって俺たちが与えた痛みから逃げるための、たった一つの方法だったのだと。


 そして、数か月前。


 香織から聞かされた。


 真希には、俺にどこか似た少年と付き合っているらしい、と。


 香織は、すでに二人の関係を祝福していた。


 それでも、俺には足りなかった。


 何が足りないのかは、分かっていた。


 謝罪だ。


 俺たちが真希に与えてきた苦しみ。そのすべてに対して、きちんと頭を下げること。


「プライドなんて捨てて、ちゃんと謝りましょう。たとえ許してもらえなくても、それでも私たちは努力し続けるべきよ」


 香織は、そう言った。


 だから、俺は今ここにいる。


 逃げずに、真希と向き合うために。


 ◇◆◇◆◇

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