↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クラスで一番冷たい彼女と小説を書くことになった  作者: セバスーS.P
第 四 章: 過去と向き合い、未来へ踏み出す一歩
110/122

第110話 心からの謝罪

「えっと……ただ、ちょっと気になっただけなんだけど……君は、真希のどこが好きなんだ?」


 真希も、俺の答えを待つようにこちらを見ていた。


 逃げ道なんてないらしい。


「彼女は……どう説明すればいいのか、正直分かりません。だって……好きなところが多すぎて……」


 少し考えてから答えると、香織さんは満足そうに微笑んだ。


「それよ。どこが好きなのか分からないのに、それでも好きなら……きっと、理由なんて必要ないのよ。昔、あの人も同じことを言ったわ」


 そう言って、香織さんは目だけで夫を指した。


 まるで、二人がまだ若かった頃にも、同じようなやり取りがあったかのように。


 つまり……。


 俺はずっと、真希の両親は家の都合や利益のために結婚したんだと思っていた。


 でも、どうやらそれは俺の勝手な思い込みだったらしい。


「娘の前で昔話をするのは、そのくらいにしてくれる? それより……あなたから何か言うことがあるんじゃないの?」


 その言葉を聞いた瞬間、空気が変わった。


 今が、真希にとってのチャンスだ。


 ここで背中を押してやらないと。


「真希、行け。大丈夫だ。お前ならできる」


 小さく声をかけると、真希は一度だけ深く息を吸った。


 握りしめた手が、わずかに震えている。


 それでも、逃げなかった。


「私……お母さん、お父さん。私、叶えたい夢があるの」


 震えていた声が、少しずつ強くなっていく。


「それに……私、作家になりたい!」


 部屋が静まり返った。


 誰もすぐには口を開かなかった。


 時計の針が進む音さえ聞こえそうなほど、重い沈黙だった。


「お母さんも、私がどれだけ小説を好きなのか知ってるでしょう? 子供の頃からずっとそうだったことも……。お父さんだって知ってるよね?」


 真希は二人をまっすぐ見つめた。


「私がどれだけ本気なのか、分かってるでしょう?」


「駄目よ」


 返ってきたのは、香織さんのはっきりとした声だった。


「私たちが選んできた道とは違う道を、あなたが選ぶことはできないの」


 その言葉は穏やかだった。


 でも、そこには一切の迷いがなかった。


 今はただ……黒川さんが何を言うのか知りたかった。


「母さんの言う通りだ。それに……それで本当に食べていけると思っているのか?」


 分かっていた。


 簡単な話じゃない。


 でも、ここで終わらせるわけにはいかない。


 ただ、その前に一つだけ気になることがあった。


「すみません……『私たちが選んできた道』って、どういう意味ですか?」


 その質問をした瞬間、部屋の空気がまた少し変わった。


「…………」


「……」


 誰もすぐには答えなかった。


 やがて、黒川さんが重い口を開いた。


「真希には、いずれ会社を継いでもらわなければならない。それに……香織から聞いていないかもしれないが、真希には婚約者がいる」


「……え?」


 一瞬、何を言われたのか理解できなかった。


 それは、ただ頑固な父親が娘の夢を否定する言葉とは違っていた。


 まるで、俺と真希の関係そのものを認めるつもりがない人間の言葉だった。


 隣を見ると、香織さんまで驚いた表情を浮かべている。


 ……どうして、今それを言う?


 以前、香織さんが俺に話してくれたことを思い出す。


 黒川さんの言っていることとは、明らかに食い違っている。


 二人とも知っているはずじゃないのか?


 それとも……。


 もしかして、俺を試している?


「……それなら、信頼できる人に任せることはできないんですか? それに、まだお若いんですから、もうしばらくご自身で会社を率いることもできるんじゃないでしょうか?」


 正しいことを言えているのか、自信はなかった。


 それでも、言わずにはいられなかった。


 黒川さんは、しばらく黙って俺を見つめていた。


 けれど、表情は変わらない。


「……そうだな。俺なら、まだできる」


 低い声だった。


「いや……」


 一度言葉を切る。


 そして、俺は真希の手を握った。


「俺が……俺が真希を守ります。できるかどうかなんて、今は分かりません。でも……できるようになります。だから、どうか俺たちを信じてください」


 簡単に認めてもらえるとは思っていない。


 それでも、賭けてみたかった。


 俺は深く頭を下げた。


 情けないと思われてもいい。


 今は、真希のためなら何だってするつもりだった。


 しばらくして顔を上げると、香織さんは何かを考え込むように黙っていた。


 そして、ゆっくりと口を開いた。


「……できるわ」


 その一言に、真希が顔を上げた。


「でも、条件がある。二人とも、将来は会社を継ぐこと。それを前提にして、今はあなたたちの夢を追っていい。ただし、そのための条件を満たす必要があるわ」


 思いがけない言葉だった。


 香織さんは、俺たちに逃げ道を作ってくれた。


 真希の顔にも、俺の顔にも、自然と笑みが浮かんだ。


「甘すぎるんじゃないか」


 黒川さんが低い声で言った。


「あなたは黙って」


 香織さんは即答した。


「それに、まだ私との約束を果たしてないでしょう? 私が言う前に、ちゃんと自分から言ったらどうなの?」


 その瞬間、黒川さんの顔からわずかに血の気が引いた。


 何か言いたそうにしている。


 でも、それは今の彼のプライドをさらに傷つけるような内容なのだろう。


「さあ、時間をあげるわ」


 香織さんは静かに言った。


「四時間だけよ」


 黒川さんは、それ以上何も言わなかった。


 まるで最後通告を受けたような顔をしている。


 ……なるほど。


 この場で俺たちが話し合えるのも、たぶん香織さんがいてくれるからなんだ。


「お母さん……私、今まで何かをお願いしたことなんてほとんどなかったよね」


 真希が震える声で言った。


「だから、お願い。今回だけは信じて。私の夢を、叶えさせて」


 真希は深く頭を下げた。


 俺もすぐに続いた。


「お願いします」


 しばらく沈黙が続いた。


 やがて香織さんは小さくため息をつき、ゆっくりとうなずいた。


「お父さんに聞いてみなさい。でも、その前に……あなたから言いなさい」


 最後の言葉は、明らかに黒川さんへ向けられていた。


「婚約者なんて、いないって」


「もう、どうしてあなたに惚れたのかしらね。

 ええ、お母さんの言う通りよ。それに、二人ともほとんど条件は満たしている。ただ、真希と付き合うというのなら、将来は二人で会社を継いでほしいの。結局、ほかに継がせられる人もいないからね」


 つまり……そういうことか。


 いや、今は余計なことを考えている場合じゃない。まずは、これから何をすればいいのかを知る必要がある。


「そのためには、真希と同じ大学に進学すること。そして卒業した時点で、もしまだお前が真希を超えられていないのなら、彼女を超えること。それができたなら……二人のことを認めてもいい」


 思っていたより、ずっと具体的な条件だった。


 それは、俺にとって悪い話ではない。むしろ、努力すれば届く場所に道を示してくれたようにも感じた。


 でも、どうしてそこまでしてくれるんだ?


 その疑問を口にするより先に、香織さんが静かに口を開いた。


「私たちが許したのはね、あなたのお父さんと私にも、昔まったく同じようなことがあったからなの」


 そう言って、香織さんは真希を見る。


「私たちも恋に落ちて、付き合いたいと思った。でも、両親は簡単には認めてくれなかった。ただ……いくつか条件があったのよ。あなたたちと違って、私たちは二つしか条件を満たしていなかったから、私は三つ目の条件を自分から作ったの」


「三つ目って、何?」


 真希が少し身を乗り出して尋ねる。その目には、さっきまでの緊張とは違う、純粋な好奇心が浮かんでいた。


「私と彼が一緒に暮らすこと。それを選べば、向こうも嫌でも認めざるを得なくなる。もちろん、そんなやり方に絶対の正解があるわけじゃないけどね。今のあなたたちにも、似たような道を用意したということ。最終的にどうするかは、二人で決めなさい」


 そんな答えが返ってくるとは思わなかった。


 真希も同じだったのだろう。目を丸くしたまま、しばらく何も言わなかった。


 悪い意味ではない。


 ただ、あまりにも突然の話だった。


 そして俺自身も、さっきから心臓が妙に騒がしい。


 つまり俺は今、正式に真希との婚約を認めてもらえるところまで来たということだ。


 そう考えた瞬間、これまで積み重ねてきた時間が頭の中を一気に駆け抜けていった。


 最初に出会った時のこと。


 小説の話をしたこと。


 何度も喧嘩して、それでも離れなかったこと。


 そして今、彼女の両親の前に立っている。


 その一つ一つが、遠い昔の出来事のようでいて、ほんの少し前のことのようにも感じられた。


「おい、君」


 突然、健二(けんじ)さんが俺を呼んだ。


 その声は相変わらず冷たかった。


 けれど、その言葉に込められていたものは、これまでとは少し違っていた。


「……娘を、頼む」


 その一言に、香織さんがわずかに目を見開いた。


 真希も驚いたように父親を見つめている。


 俺は一瞬、言葉を失った。


 けれど、すぐに深く頭を下げた。


「はい。命に代えても、守ります!」


「……そこまで言うか」


 健二さんは驚いたように目を瞬かせ、それから小さく笑った。


 その表情は、まるで昔の自分を見ているようだった。


「香織……いや、何でもない」


 そう言いながらも、彼はまだ完全に俺を認めたわけではないらしい。


「まだ俺からの信頼を勝ち取る必要がある。簡単なことじゃないぞ。……それがどういう意味か、分かっているのか?」


 何か言いたいことがあるのは分かった。


 要するに、これからが本当の勝負だということだ。


「分かっています。精一杯努力します。いつか……あなたと普通に話せる日が来ることを願っています」


 俺はまっすぐ彼を見て、そう言った。


 簡単に叶うとは思っていない。


 それでも、いつか本当にそうなれたらいいと思った。


 これで、ほとんどすべてが終わった。


 そう思った、その時だった。


「健二。そろそろ、約束したことを話す時間じゃない?」


「……」


 香織さんの一言で、健二さんの表情が固まった。


 健二……。


 そういえば、これが真希の父親の名前だった。


 どうやら彼には、まだ俺たちに伝えなければならないことがあるらしい。


 坂上さんも少し離れたところから、黙ってこちらを見守っていた。


 やがて健二さんは、観念したように息を吐いた。


 そして、隣にいた香織さんと顔を見合わせる。


 二人はゆっくりと立ち上がった。


 その動きには、さっきまでとは違う重さがあった。


 俺も自然と背筋を伸ばす。


 何が始まるのか分からない。


 ただ、何か大切なことが告げられる。


 そんな予感だけは、はっきりとしていた。


 そして二人は、俺たちの前で深く頭を下げた。


「真希……今までお前にしてきたことを、すべて謝罪する」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。