第108話 真希が大好きな人との再会
でも、沈黙は長くは続かなかった。スマホにメッセージが届いた。
[遅くなっちゃったけど、お誕生日おめでとう、和泉くん]
優希さんからのメッセージだった。
遅くなったとしても、こうしてたくさんの人から祝ってもらえるのは嬉しい。去年の誕生日なんて、真夜と母さんと父さんくらいだったから、今年はずいぶん違う。
[ありがとう。プレゼント、楽しみにしてるよ]
シンプルな返信だった。彼女に余計な気を遣わせないためだ。こんな時間になったことを少し気にしているかもしれないけど、たとえ今思い出したのだとしても、俺は別に気にしない。
まあ、いいか。
スマホをベッドの脇に置き、布団に潜り込む。今夜は静かに眠りたかった。
* * *
気づけば、もう夜は明けていた。
朝が来た。でも、昨日とは違って、部屋には俺一人しかいない。
リビングのほうから物音がする。というより、今しがた玄関のドアが閉まる音が聞こえた。
どこかへ出かけたみたいだ。
待てよ……。
まさか、真希が……?
ありえる。それに、母さんは朝早く家に来て、駅で待っていると言っていた。
ということは、真希が真夜を駅まで送っていった可能性が高い。
今日は出かける予定もあるし、考えてみれば当然か。
部屋のドアを開けると、予想どおり誰もいなかった。
でも、テーブルの上には置き手紙が残されていた。
[真夜ちゃんと買い物に行ってくるね。後で戻るから]
「はあ?!」
どういう意味だ?
……と思ったところで、スマホにメッセージが届いていることに気づいた。
母さんからだった。
[真希ちゃんから今日のことを聞いたから、真夜は明日送ってくれていいわよ]
そういうことか……。
無駄に驚いてしまった。
でも、真夜を一人でここに残しておくのは、さすがに長すぎないか?
あの年頃の俺を思い出すと、とても一人で大丈夫だったとは思えない。自分のことすらまともにできなかったんだから……まあ、今でも似たようなものだけど。
さて……準備を始めるべきか。それとも、二人が戻ってきてから決めるか。
少し迷ったけど、なんとなく答えは決まっていた。
二人が戻ってくるのを待とう。
* * *
「ただいま~~」
その声は間違いなく真希だった。
続いて、真夜の声も聞こえてくる。
「お兄ちゃん、起きてる?」
俺はまた部屋にこもっていた。今日は彼女の両親に何を話すのか、その練習をしていた。
ちゃんと伝えたい。だからこそ、できるだけ準備しておきたかった。
でも、もう二人が帰ってきたのが聞こえた。
部屋を出て二人を迎えようとしたけど、ちょうど二人がドアの前まで来ていた。
「準備して。朝ごはんを食べたら、私の両親のところへ行くから」
「ああ、分かってる。でも、真夜はどうするんだ? 一人で大丈夫なのか?」
真夜はむっとしたように俺を見た。
まるで、俺が自分のことを子供扱いしているのが気に入らないみたいに。
「失礼だよ、お兄ちゃん。一人で大丈夫に決まってるでしょ? 一日中かかるわけでもないんだから」
真夜は自信満々に笑った。
その顔を見て、俺も少し安心した。
怖がる必要はない。
本人が大丈夫だと言っているなら、信じよう。
「この場所は任せたぞ。期待を裏切るなよ」
そう言ってはみたものの、その前に朝ごはんを食べなければならなかった。
まあ、何も先延ばしにする必要はない。どうせ今日、何かが起こるんだ。
真希は朝から素晴らしい朝食を作ってくれた。サンドイッチだったけど、真夜はもっと食べたそうにしていた。
でも、もう時間がない。このままだと遅刻しそうだった。
だから真夜はゆっくり食べる暇もなく、俺たちは急いで家を出た。真夜には留守番を任せることになった。
そういえば、俺はまだ真希の実家がどこにあるのかすら知らなかった。真希は日本のどの辺りにあるのか、一度も話したことがない。
近いといいけど。
駅へ向かい、天竺方面行きの電車に乗った。
思っていたより近いことが分かって、少し安心した。
今はただ、真希についていけばいい。
……とはいえ、悪い意味で言えば、何を話せばいいのか分からなかった。
彼女の家族について聞けば、かえって気まずい思いをさせてしまいそうで怖かった。
真希は何も言わず、ただ俺の手を握っていた。
その横顔には、普段はほとんど見せない寂しさが浮かんでいた。
きっと、父親に会う心の準備がまだ完全にはできていないんだろう。
でも、彼女は知らない。
俺たちには味方がいることを。
それは、彼女の母親だ。
俺はまだ、それを真希に話すべきか、それとも母親自身が話してくれるのを待つべきか迷っていた。
* * *
ようやく、目的地に着いた。
ある程度は予想していた。
それでも、目の前に現れた家を見た瞬間、思わず息をのんだ。
巨大な屋敷だった。
クラシックな雰囲気を漂わせながらも、派手すぎるわけではない。落ち着いた色合いと上品な造り。その周囲に広がる庭も、とても個人の家とは思えないほど広かった。
門の前には、体格のいい男が二人、警備員のように立っていた。
でも、家の入り口には――。
二十歳くらいに見える美しい女性が立っていて、俺たちが真希の家の車から降りるのを笑顔で迎えていた。
いや……。
むしろ、彼女の視線は真希に向けられているようだった。
まさか……。
真希が前に話していた人だろう。
まさか、今でも彼女の両親のもとで働いているとは思わなかった。
真希が『お姉さん』と慕っている人。
二人は少し離れた場所から微笑み合っていた。
まるで、ずっとお互いを待っていたかのように。
「お姉さん、久しぶりね」
真希が小さく呟いた。
お姉さん……?
真希は一人っ子のはずだ。
俺が疑問に思っていることに気づいたのか、真希はすぐに説明してくれた。
「愛情を込めて、そう呼んでるの。血のつながった姉妹ってわけじゃないよ」
なるほど。
つまり、真希が一人暮らしを始めるまで、彼女の面倒を見ていた人なのか。
「真希を守ってくれてありがとうって、言うべきだよな?」
彼女はしばらく何も言わなかった。
まるで、俺の言葉が聞こえていないかのように、ただ真希を見つめている。
そして、少し経ってから――静かにうなずいた。




