第106話 誕生日プレゼント
そう、それにもう話すこともなくなったから、みんなキッチンへ行った。真夜も、坂本さんとすっかり打ち解けたようだった。
後で何があったのか聞いてみよう。今は……
「教えてくれよ、雨宮。自慢の彼女って、どんな子なんだ?」
「えへへ〜。やっぱり気になるんだ? いいよ、教えてあげる」
彼はまるで舞台の主役みたいに立ち上がった。
「彼女は美しいんだ。肌は白くて、目もすごく綺麗で……」
「はいはい、よっぽど気に入ってるんだな。きっとすごく可愛いんだろうな。それで、名前は?」
彼は俺たちに近づき、まるで広告の商品でも紹介するかのような口調で言った。
「彼女の名前は桜 美咲――」
彼はそこで言葉を止めた。
まるで、完全に頭が真っ白になったかのように。
青ざめているわけではなかったけど、突然黙り込んだせいで、みんなの注目が彼に集まり始めた。
「どうしたんだ、雨宮?」
我に返ったように、彼はただ手を振った。
「いや、時には匿名のままのほうがいいこともあるんだよ」
少し焦った様子でそう言った。単に、これ以上の嘘を思いつかなかっただけかもしれない。
「はいはい。あ、そうだ。新しい小説を書いてるって聞いたけど、どんな話なんだ?」
うん、話題を変えるのが一番だ。
この話からは早く離れたほうがいいし、他に話すことも思いつかなかった。
「ああ、うん。すごくいいやつだよ。きっと驚くと思う。ファンタジーじゃないけど、ちょっとだけ関係あるかな」
彼がそんなジャンルの話を書くのは珍しかった。間違いなく興味を引かれた。
「その新しいプロジェクトについて、ちょっと聞かせてくれよ。きっと俺も興味が出ると思う」
少し挑発するような口調で言った。うん、彼が退屈しないようにするには一番いい方法だし、俺だって何もせずにいるのは嫌だった。
雨宮は俺の隣に座り、スマホの画面を見せ始めた。
「見て、二十話も書いて、たった六十人しか読者がいないんだ。すごいだろ?」
彼が、そんなにアクセスを稼げていないことを自慢しているのか、それとも、彼にとっては新しくて、誰も知らないことが単純に嬉しいのか、俺には分からなかった。
「それのどこがいい知らせなんだ?」
彼は熱意を込めてうなずいた。
「こんなに少ない閲覧数は初めてだよ。初めて。だから、少しくらい実験してみるのも悪くないんだ」
こいつは……。
どうやら、マゾヒストなのかもしれない。
「で、その小説はどんな話なんだ? まだ聞いてないけど」
「ドラゴンが転生して……さあ、当ててみて!」
彼はやる気満々だったけど、その妙な好奇心の向け方は、俺にはまったく理解できなかった。
だから、試してみることにした。
まずは馬鹿げたことから。彼を少し考えさせるか、気をそらすために。
「またドラゴンか?」
「……その通り! どうして分かったんだ?」
本気かよ……。
「慧翔くん、雨宮くん、テーブルの準備して!」
それはお願いではなかった。その口調は明らかに命令で、一瞬だけ計算するような視線を見せたあと、彼女はまた作業に集中していた。
もちろん、何もせずにいるわけにはいかなかった。
「行こうぜ、雨宮。俺たちも何かやらないと」
「まあ……どうせ他にやることもなかったし」
* * *
結局、すべてうまくいった。
予想もしていなかったご馳走がテーブルに並び、あとは一つだけ足りなかった。
気づけば、少し飲みすぎていた。
それでも、一日はいい感じに終わった。真希は満足そうだったし、俺ももちろん満足していた。
坂本さんと雨宮がちょうど帰ったところで、あと一人だけ残っていた。
それは真夜だ。
彼女にはいくつか聞きたいことがあったし、真夜もそれをよく分かっていた。だから、俺の視線を避けるようになった。
でも、まさか真希まで彼女を問い詰めようとするとは思わなかった。
結局、真夜は俺の誕生日に来たくて家を抜け出しただけだと話した。
母さんに連絡すると、どうやら真夜は明日、家に帰ることになったらしい。
間違いなく帰りたくなかったけど、他に選択肢はなかった。
もし帰らなければ、母さんがここまで迎えに来ることになる。そしてもちろん、真夜もそれは望んでいなかったから、明日帰ることを受け入れた。
あとは一つだけ問題が残った。
今夜、どこで寝るんだ?
一つだけ確かなことがある。真希は俺をソファで寝かせたりしない。
つまり……。
彼女と一緒に寝るのか?
単純な好奇心から、聞いてみることにした。
でも……どうやら、俺の考えは間違っていた。
彼女は真夜と一緒に寝るらしい。
どうして最初からそう考えなかったんだろう?
余計なことを考えずに済んだのに。
* * *
まあ……これでいいか。
邪魔したくないし、それに最近、二人はかなり仲良くなっている。
あとは夕飯を待つだけだった。
そう思っていた。
リビングで静かに座っていた。一日中、大したことをしていないのに、少し疲れていた。でも、よく考えれば、明日のことを考えすぎていたからかもしれない。
そういえば……。
ケーキは「坂本さんと雨宮からのプレゼント」だったらしい。
つまり、真希は俺へのプレゼントを何も用意していなかったということだ。
「何ももらえないからって別に気にしてないけど、俺と彼女だったら、彼女のほうがお気に入りな気がする」
「何つぶやいてるの、ダーリン♡――?」
「わあっ!」
真希だけだと分かって安心した。
一瞬、さっき言ったことを聞かれたのかと思って、怖くなった。
ゆっくりと彼女のほうを向く。
すると、彼女は何かを持っていた。
プレゼントの箱だった。
思わず、それに見入ってしまった。
「ううん、何でもない! ところで……それ、何?」
真希は、まさにその質問を待っていたかのように笑みを浮かべた。
「当ててみて。あなたへの誕生日プレゼントだよ」
キスをすることも、近づいてくることもなかった。
ただ両手を伸ばして、プレゼントを渡してきた。
「楽しんでね。それと、今夜は一人で寝てね。今朝のことは前借りってことで」




