第101話 まだ消えない、あのプラトニックな恋
彼女と話しながら歩いていると、やがて一軒の家に着いた。ここが優希さんの家だった。
クラスメートの家に来るのは初めてだった。まあ、もうクラスメートじゃないけど。
彼女が中に入ってから、振り返った。
「入って、和泉くん。どうやら誰かいるみたいだよ」
一歩中へ踏み入ると、彼女が誰かを呼んだ。
「優太、いる?」
二階から、ゆっくりと階段を下りてくる足音が聞こえた。
「和泉くん、私の部屋で待ってて。奥の右側だよ。すぐに行くから」
「ああ、わかった」
奥へ向かっていると、八歳くらいの男の子が階段を下りてきた。優希さんによく似ていたから、間違いなく弟だろう。
何か彼女に言おうと思って振り返ったけど、もういなかった。思ったより早く姿を消してしまったようだ。
「あれ? お姉ちゃんは?」
何か聞かれる前に、自分から名乗ることにした。
「彼女はすぐに戻るって言ってたよ。俺は和泉慧翔。よろしく」
優しく微笑んだ。子供と仲良くなるには、全力を尽くさないと。
でも、そう簡単にはいかなそうだった。
彼は少し距離を取り、じっと俺を見つめていた。まるで俺のことを分析しているかのように。
「うん、僕……高嶺優太って言うんだ。君……お姉ちゃんとどういう関係? 付き合ってるとか?」
その声は、まるで尋問でもしているかのようだった。
なんで子供って、いつもそういうことを考えるんだろう?
真夜も似たようなことを言っていた。真希と俺がまだ何も始まっていなかった時でさえ。
ちょっと待て……。
つまり、俺はずっと彼女のことを名前で呼んでたってことか。
なんて大失敗だ。
でも、今はとりあえず、はっきりさせたほうがいい。
「いや、そういう関係じゃないから安心しろ。それに、俺にはもう……」
「遅くなってごめん、和泉くん。あら、もう会ってたのね」
「ああ。それにしても、本当にそっくりだな」
どうやら、これ以上ないくらい適当なことを言ってしまったようだ。
「よく言われるよ。さあ、入って」
「お姉ちゃん、どこに行くの?」
優希さんは優太の頭に手を伸ばし、優しく撫でながら微笑んだ。
「優太も来て」
彼の耳元に顔を寄せ、ささやく。
「彼と仲良くしてほしいの。大事なことだからね?」
「……わかった。やってみるけど、こういうことを頼むのって珍しいね」
「ただ、君に私以外の誰かとも仲良くなってほしいだけだよ」
「でも、今のままでいいもん。友達なんていらない」
「とにかくついてきて。きっと仲良くなれるから」
優太は何か言い返そうとしたけど、結局は観念したように頷いた。
どうやら優希さんは満足したようで、微笑みながら俺たちを部屋へ案内した。
* * *
部屋に着くと、そこで待っているように言われた。
思っていたよりずっと女性らしい部屋で、真希の部屋とはかなり違っていた。本棚には何冊かのライトノベルがあったけど、最新のものではなく、昔流行った作品が並んでいた。
どれもきれいに整理されていて、優太も俺と同じくらい驚いているようだった。
「お姉ちゃんがオタクだなんて知らなかった……」
「どうやらそうみたいだな。ここに入るのは初めてか?」
彼は一瞬迷った。まるで記憶を探って、答えられることがないか確かめているようだった。
「うん。でも、二年前に入ったことがあるよ。その時はこんな感じじゃなかった」
どうやら、ここ数年で優希さんはオタクになったらしい。
彼女に小説の感想を聞いてみるべきだろうか……。
そうするべきかもしれないけど、かなり慎重にやらないといけない。プロジェクトのことをあまり明かしすぎるわけにはいかない。
それに、今は優太と仲良くなるのが先決だ。問題は、どうやって仲良くなればいいのか、まったく見当もつかないことだ。
「ただいま。どう? もう友達になった?」
優希さんがオレンジジュースの入ったグラスを三つと、どら焼きをいくつか持って戻ってきた。
そう尋ねながら興味深そうに俺たちを見ていたが、すぐに優太の表情に気づいたようだった。
「お姉ちゃん、君がオタクだなんて知らなかったよ」
間違いなく、優太は率直だった。俺とは違って、遠慮がない。でも、よく考えれば、俺もあまり遠慮するタイプじゃないかもしれない。
「大きくなったらわかるよ。そんな風にからかってると、引きこもりになるかもしれないよ?」
優太はその言葉に一瞬固まった。そして、何か大事なことを思い出したかのように、遠慮なく次の質問を口にした。
「お姉ちゃん、なんで彼は君のことを名前で呼ぶの?」
優希さんが答える前に、俺は急いで口を開いた。この件は、はっきりさせておく必要があった。
「えっと……それが苗字だと思ってたんだ。クラスメートだった時からずっとそう呼んでた」
………
優太は俺の言ったことに、あまり納得していないようだった。
もし真希にこういう弟がいたら、同じような質問をするんだろうか?
正直なところ、弟妹は怖い。真希はどうやって毎日、真夜を相手にしてるんだ?
帰ったら聞いてみよう。今はとりあえず、実際に体験するのが一番いい勉強になるだろう。
「ところで、高嶺さんって呼んでもいいか?」
今まで名前で呼んでいたのに、今さらそんなことを聞くのはかなり馬鹿げていた。それに、もし苗字で呼び始めたら、余計にややこしくなるだけだ。
「やっぱりやめとく。混乱するだけだ。やっぱり優希さんって呼ぶよ。それでいいか?」
彼女は穏やかな笑顔を見せてから、うなずいた。
「いいよ。ありがとう」
どうやら、それで満足したようだ。当然といえば当然だ。もう名前で呼ばれることに慣れていたし、それに、呼ばないでほしいとは一度も言われなかったから。
………
部屋に奇妙な沈黙が流れ始めた。
何を言えばいいんだ?
話題を考えようとするより先に、優太が立ち上がった。
「行くよ。宿題があるんだ、お姉ちゃん。二人で楽しんで」
優希さんは引き止めようとしたけど、彼はすぐに部屋を出て行き、俺たちは二人きりになった。




