結論
議会の後、事前の連絡通りに近衛隊の詰所に行くと、隊長もいた。いくつかの事項についてやり取りをしたが、肝心なことはなかなか切り出せなかった。
まだ、この人の意見を聞いていない。相変わらず無表情で考えが読めない。本音を語ってくれるかも分からないが。
「宰相閣下とは、話したな?」
「・・・はい。」
意外にも、向こうから話を振ってくれた。そんなに顔に出ていただろうか。
「閣下はその方向で動いておられる。もう知っているだろうが。」
「はい・・・。」
「どうした?」
「貴方は・・・いえ。」
「言ってみろ。」
この人が実際どう思っているのか、正面からは問いにくい。しかし、話を振ってきた時点で、こちらの考えはお見通しだろう。静かに促され、思い切って疑問を押し出した。
「・・・問題がないと、思いますか?陛下のお考えはお伺いしました。本当にそれで、問題はないと?」
隊長は束の間、何かを考えているようだったが、目を逸らすことなく、答えた。
「問題はあった。だが、解消されるだろう。宰相閣下を説得なさったのは、陛下だ。閣下なりの理由もあるだろうが、陛下のご意思に沿って動いておられる。だから、心配しなくてよい。」
心配は、せずにはいられない。宰相の真意も、まだ信じ切れないのだ。
ただ言えるのは、この人は、嘘は言っていない。少なくともこの人は、宰相を信用して良いと、そう考えている。私達を監視する役ではあるし、隙を見せてはならない人だとは思うが、嘘を言ったことは、今まで一度も無かったのだ。だから、今回、この人がエレナやファリエンの脅威になることはない。それだけは、信用できそうだった。
詰所を出ようとすると、どこかの貴族のお仕着せを着た従僕が待っていた。高位の貴族は、王城の中に部屋を与えられ、自分の使用人を連れてくることが許されている。近衛隊に用事かと思ったのだが、彼が待っていたのは私だった。
案内されて来たのは、三公爵の一角、ヴァルトレーテ公爵の居室だった。公爵は窓に背を向けて座り、両手を顔の前で組み、厳つい顔を顰めて睨むように待っていた。獰猛な眼光を除けば、鍛冶の親方を彷彿とさせる。
宰相とライヒス公とは違い、ヴァルトレーテ公は、初めから冷淡な態度だった。三人の公爵の中では、最も感情が表に出やすく、怒りっぽい。それに、リーデンベルフ侯家は、この方の傘下だったということもあり、初めからファリエンには悪感情を抱いている。
「公爵閣下。お呼びと伺い、参りました。」
公爵は姿勢を崩さず、表情も崩さず、話し始めた。
「単刀直入に聞こう。何を望む?」
「申し訳ございませんが、閣下。何に関することでしょうか。」
「陛下と宰相閣下より聞いておろう。それに関して、お前は何を望むかと聞いている。」
曖昧な質問で、どのように答えるべきか迷うところだ。この公爵は、普段から、持って回った言い方を喜ばない。含みを持たせた会話や、腹の探り合いは、私も苦手だ。そういう意味では話しやすい方だが、その結果をどう扱うつもりなのかは、注意が必要だ。
「特段、何もございません。」
「ない?」
「強いて申し上げるなら、当人へ、中傷と暴力が向けられないことです。」
「そんなことか?」
疑わしそうな顔で、探るような目で睨まれるのだが、それ以上に重要なことがあるだろうか。
「この件に関しましては、そもそも私が口を挟めるものではございません。ただ、総長として、隊員の安全は確保したく存じます。」
公爵は鼻を鳴らすと手をほどき、指先で机を叩き始めた。どうやらあまりお気に召さない返答だったようだ。
「お前の副長は、貴族の養女になるようだ。上官のお前が騎士位では具合が悪かろう。どうする?貴族の身分を望むか?」
「いいえ。」
心の底から遠慮したい。名目だけの貴族になったところで、嫉妬が増して面倒が増えるだけだ。宮廷貴族が大騒ぎする様子が想像できてしまって、思わず顔が歪みかけた。
「なぜだ。」
「騎士位で支障はございませんので。」
「当面の身分は望まぬか?だが、部下を王妃に据えれば、大きな後ろ盾ができる。お前達がそれを笠に着て、この国の主導権を握ろうとするのでは、と懸念する者達もいるのだ。」
思わず溜め息が漏れそうになった。そういう勝手な懸念をする人達は確かにいるだろう。だがそれは、とても分の悪い賭けだ。エレナと仲間達を危険に晒す可能性の方が断然高い。誰がそんな危険で面倒なことに手を出すものか。
「それは、才覚のある者がすることです。でなければ、愚か者か。」
公爵は意外なことを聞いたように、少し呆けた顔をした。
「私は、そのどちらでもありませんので、その方々のご懸念は、杞憂でございます。」
押し殺した咳のような音がしたと思ったら、何がおかしかったのか、公爵が豪快に笑い始めた。
「面白いことを言うではないか。そのうち、折を見て、叙爵を進言してやろう。才覚のほどを見せてもらおうではないか。」
嫌がらせだろうか。
それとも、変な裏読みをされたのだろうか。
どちらにしても止めて欲しい。
そんな思いがうっかり顔に出てしまったのか、公爵は机をバンバン叩きながら、大笑いしている。
「畏れながら、閣下。大した功績もないのにそのような栄誉を頂けば、不要な反発を招きましょう。あの近衛隊長殿でさえ、騎士位ですのに。」
別に巻き込むつもりはなかったのだが、ふと思い浮かんでしまったので、つい引き合いに出してしまった。公爵はパタリと笑うのを止め、
「ふむ・・・。それもそうだな。」
と何やら思案したようだが、
「そのうち二人とも叙爵を進言するか。」
と軽く言って、また笑い出した。
どうにかその場を辞したが、どっと疲れた。ビフェルン伯といい、宰相といい、どうして公爵家の方々は、こうも癖が強いのだろう。
その後、街の噂では、王と『王女』の婚約が既定路線となり、いつそうなるのかというのが話題の中心になっていった。宮廷貴族達の反発は消えるはずもなかったが、かなり大人しくなった。宰相からは、とある侯爵家とエレナの養子縁組の打診が内々に来た。
「どうにも、外堀を埋められた感じだな。」
この状況で、『お断りします』などと言おうものなら、街の人達の反応が怖いし、ここまでお膳立てをした宰相や王の不興を被りそうだ。人心をここまでコントロールできる宰相は、恐ろしい人だと思う。
「エレナ。状況は変化した。私が反対する理由は、なくなったと思う。陛下には、そのように返答するつもりだ。あとは、貴女と陛下と、二人で相談して決めなさい。貴女の心のままに決めていい。他のことは、何も心配しなくていい。」
気付けば、近衛隊長に言われたのと、同じ言葉を告げていた。
エレナの目から、綺麗な涙が一筋零れ落ちる。それが全てを語っていた。
間もなく、王の婚約が正式に発表された。期待が高まりに高まっていた王都は、歓喜に満ち溢れ、宮廷内は珍妙な静寂で満たされたのだった。




