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蒼天の星と漆黒の月  作者: 紫月ふゆひ
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水辺の町

 ―――なぜ、私はここにいる。なぜ、故郷から離された。

 ―――なぜ、私は奪われた。溢れ出る怨嗟(えんさ)は、もう抑えようもない。

 ―――私は、全てを見ていた。(よど)み、怒り、嘆き、そして、貪欲な闇を。

 反転していく。―――報いを。等しき闇を―――





 王都の南を流れるラーエ川は、北西部の山地に端を発し、東の国境を流れるクル川へと注ぐ支流である。クル川と合流する地点にある町ベレンは、海から昇ってくる船が停泊する交易地であり、王都に至る水路の入り口に当たる、重要な場所であった。

 そのベレンから、討伐依頼が届いた。国にとっても重要な都市であるから、魔物討伐部隊(ファリエン)からも近衛隊からも十分な人員を派遣することとなった。


 討伐隊は、ファリエンを主体として、近衛隊が同行するものに変わっていた。監視の意味合いも相変わらずあるが、それ以外の理由もある。人員が必要な時は、現地の守備隊や正規軍にも応援を要請することになるが、発足したばかりの私達より、近衛隊士を指揮官とした方が、物事がスムーズに進むという事情もあったのだ。




「よく来てくれた。わざわざすまないね、ヴィルフリート隊長。」

 ベレン一帯の統治を任されているビフェルン伯は、若いが落ち着いた雰囲気の人だった。近衛隊長に対しても穏やかに話しかけている。対して、隊長はいつも通りの無表情だ。

「いえ。ベレンは我が国の要衝。陛下も案じておられます。」

「そうだね。他国の者の目も多い。騒ぎになる前に解決したい。ファリエン総長も頼むよ。活躍は聞いている。」

 薄い青の瞳がこちらに向けられる。細面の顔には、穏やかさを湛えたままだ。

「はっ。」

 正規軍時代と変わらない敬礼をすると、伯爵は軽く手を挙げた。

「ああ、敬礼はいいよ。それは上官に対してするものだ。今の君なら、国王陛下にのみ、すべきだね。」

「失礼しました。」

 直立不動の姿勢になり陳謝する。

 少し冷や汗をかいた。軍人にとっての挨拶のようなものと思っていたが、うっかりすると不敬罪の口実になりかねない。


「早速ですが、お話を伺いたい。」

 近衛隊長の言葉に頷くと、伯爵は館の中の塔へと向かった。最上部からは町が一望でき、同じ目線にあるのは広場の鐘楼くらいだった。

 クル川はゆったりと流れ、川船が行き交っている。対岸には小さな集落があるようで、いくつかの建物の他は茶色の丘が広がっていた。ラーエ川は城壁であまり見えないが、対岸と市街をつなぐ橋があるはずで、対岸は広い平地になっており、レンガ色の町のようなものが見えていた。

 ベレンはラーエ川の北側に造られた町だが、城壁内に住めない民が、川の南側に勝手に集落を作って住み着くようになったという。ただ、町を守るため、川の堤防は北側を高く作っており、南側は浸水しやすい。川の南側に造られた集落は、度々浸水し、現在は廃墟同然となっているのだが、今もわずかに住み着いている人がおり、ここから魔物の目撃情報が寄せられたということだ。

「後で案内させよう。今は水没していないが、無秩序に作られた集落だから入り組んでいる。町の守備隊も出すが、正規軍にも加わってもらった方が良いのではないかな。」



 実際に訪れてみると、日干し煉瓦や土壁の建物が、高さも様々に立ち並び、半壊状態の木造小屋の跡や、朽ちかけている草ぶき屋根があちこちに散らばっていて、確かに込み入った作りの場所になっていた。無事な建物もそうでないものもあり、泥が流れ込んでいたり、通りが塞がれていたりして歩きにくい。しかもこの『町』は決して狭くはなかった。

 何より困ったのは、魔物の気配がどこにもないことだった。通常、この『町』の範囲なら、どこにいるのかくらいは分かる。何班かに分かれて散らばってみたが、どの班も感知することが出来なかった。

 目撃者によれば、見たこともない恐ろしげな姿をしていて、魔物以外の何物でもない、ということだったし、被害者も出ている。既にこの場所を去ってしまったのか、それとも時間帯や条件があるのかもしれない。


 とりあえず、ここで野営を張ろうということで、準備をしていた時だった。偵察に加わっていた正規軍の班長が、一人の兵士を伴ってやってきた。班長は緊張気味に、そしてやや困惑気味に、野営の場所を変えるよう進言してきた。近衛隊長は当然、理由を尋ねた。それに対して班長は、連れてきた兵士を見た。兵士は何度かためらった後、

「雨になります。水が出て、ここは水浸しになるからです。」

と答えた。

「雨?」

 訝しげに問い返すと、隊長は空を見た。快晴とはいかないが、今のところ雨雲は見えない。地元の人間にしか分からない天候の変化の兆候があるのかもしれない。

「雨になるとして、なぜ浸水すると分かる。雨が降る度に水が溢れるわけでもあるまい。」

 詰問調の問いかけに、兵士は落ち着かない様子で言い淀んだ。その様子に、隊長の目が鋭くなり、威圧感が増していく。あれでは大抵の人間は委縮して何も言えなくなってしまう。慣れたとはいえ、あの真正面に立ちたくはないと、今でも思う。

 兵士は、硬く拳を握りしめ、こちらを見た。縋るでもなく、睨むでもなく、何かを確かめるような視線に、内心首を傾げながら、目を瞬いていると、隊長までこちらに視線を向けた。何を求められているのかよく分からないので、見られても困る。


「あんたたちは、魔物の気配が分かるんだよな?」

「それが何か?」

「どうして、分かるんだ?」


 それで、彼の言いたかったことの察しがついた。同じためらいと戸惑いを、私達も経験したからだ。


「つまり、雨や川の増水が、あなたには感覚的に分かるということ?」

 案の定、兵士は頷いた。

「天気の変化とか、洪水とか、日照りとか、そういうのが分かる。」


 近衛隊長が確認するように班長を見た。

「事実か?」

「確かに彼は、天気を言い当てるのが得意ですが・・・」

 班長は戸惑っているようだった。

「それは、生まれつき?」

と兵士に聞いてみると、兵士は首を横に振った。

「ここに来てからだ。故郷にいた時は、そんなこと、分からなかった。」

「・・・異境の民?」

 外国人がローヴェルンの正規軍兵士になっているはずはない。ならば彼は、私と同じ、異境の民ということになる。兵士は即答せず、代わりに班長が答えた。

「はい。彼は異境の民です。」


 近衛隊長の威圧感が緩んだ。

 ややあって、野営の中止と、廃墟の住人の退去が指示された。こんな廃墟と化したところでも、住み着いている人達がいる。魔物が出ようが水が出ようが、行く当てがなく、ここに居続けているようなのだ。それでも今は、魔物討伐の準備という名目の下、強制的に追い出すしかない。


 魔物探知の能力は、異民の中でも女にしかない。なぜ女だけなのかと思っていたが、男達は、天候の異常を感知することが出来るそうだ。崩れ方が大きければ、遠くの異常も分かるという。でも彼らは、それをずっと隠してきた。彼らには彼らのネットワークがあり、先人達から、決して他人に明かすな、と言い聞かせられてきたそうなのだ。

 昔、災害が起きると親切心から警告したのに、実際に起きてみると、異境の民が災害を呼んだと迫害されたことが何度かあったらしい。『時に災いを呼ぶ』とされたのは、そういうことだったのではないだろうか。『盗みを働く』というのも、無一文で見知らぬ土地へ放り出され、困窮した結果ではなかったか。昔の格言にあるように、衣食足りてこそ礼節を知るのだ。

 そうして彼らは、殻に籠ってしまった。その能力は、自分の身を守る為だけに使われた。愛着もない土地や人間には無関心を通した。そうでなくても、守る筋合いのないものの為に、兵士として使われているのだ。


 ではなぜ今回、慣例を破って忠告に来たかというと、ファリエンの存在があったからだという。

「異境の民でも、認めてもらえるんだと分かったからな。それに、今の班長はいい人だし、近衛隊長も信用できそうだったから。」

「初対面では?なぜ信用できると?」

「あんたたちの後見だろ?公正な人だって班長も言ってたし。王都の部隊にいる仲間からも、差別をする人じゃないと聞いていたからな。」


 少し複雑な気分だ。

 指揮官としては信頼できる。無理筋を通すことはしないし、戦闘の場でその指示に従うことには何のためらいもない。しかし、後見ではなく監視役だし、個人として全面的に信用できるわけでもない。そのあたりは、訂正をしておきたい。

「近衛隊長は後見役ではないよ。国の害になると判断されれば排除される。」

「二年前のあれか?あの時は俺も、あんたたちを恨んだよ。けどまあ、その後生かされたのは、あの人のおかげだろ?」

「役に立つと判断されたからだ。」

「当たり前だろ。無条件で庇ってくれる人間なんて、いるわけないんだから。あの人でなかったら、そう評価してもらえたかも分からないんだぞ。」


 そう言われると、より一層複雑な気分になる。

 彼の言うことにも一理ある。

 自分達で努力を重ねた結果、今がある。けれど、それも薄氷を踏むような幸運の上に成り立つものということも、薄々気づいていたのだ。





 雨はその夜から降り始め、二日間降り続いた。ベレン周辺の降り方はそれほど強くはなかったが、一日目から川の水嵩は増え、廃墟への浸水が始まった。三日目に雨が上がった時、廃墟はすっかり水浸しになっていた。

 浸水が収まってから廃墟に向かうと、川はまだ濁った水が勢いよく流れ、初日に見た時より水量が多い状態だった。

 橋の袂から向こうは広い沼地になっており、崩れた建物の壁がいくつも突き出ていた。既に人力で排水作業が始まっており、橋から降りたところは足首程度の水位になっていたが、場所によってはもう少し深いところもありそうだった。

 水辺となった土地をしばらく歩いてみたが、やはり今日も魔物の気配が感じ取れない。散らばっている他の隊員を見ても、状況は同じようだ。水が引かないと、これ以上の探索は難しい。


 風でさざ波が押し寄せる水辺に佇んで廃墟を睨んでいた時だ。

 近衛隊長の声が響いた。

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