進展と疑問と
魔物討伐部隊が発足してすぐ、オリビアから報告があった。
騎士位の後見があるということで、相手の家族が、結婚を認めてくれたそうだ。状況が変われば流れが変わるかもしれない、と近衛隊の副長は言っていたが、騎士位と言っても異境の民に変わりはない。こじつけのような理屈から、子爵家の渋い顔が容易に想像できた。結婚後にわだかまりが残らないことを願うが、一筋縄ではいかないだろう。
この国では、ある程度の家になると、女性は持参金を携えて婚家へ赴くらしい。残念ながら、それほどの準備を調えてあげることが、私達には出来ない。せめて何か贈り物が出来ないかと考えを巡らせているが、なかなか良いアイデアが出てこなかった。
ある日、官舎に戻ると、ニキとヤナが民間人の女性と和やかに話し込んでいた。服装は裕福な商家の夫人のようだが、顔立ちは外国人のようだった。故郷で言うなら、アジア系だ。
「レイナ。クライヒ商会のツェイランよ。」
「初めまして。この国の人は、大体ツェーラと呼ぶわ。貴女が総長さんね。」
「前に、商家に引き取られた人がいるという話、したことがあったでしょ?」
そういえば、この世界に来たばかりの頃、そんな話を聞いた。男は兵士になり、女は神殿で過ごすと聞いた時だ。
「それじゃあ、異境の民?」
その人は頷いた後で、口に人差し指を当てた。
「でもそれは、ここだけの話にしてもらえる?商会でも、上の方の一部の人しか知らないの。旦那様はとてもいい人で、私に重要な仕事も任せてくださるけれど、お客さんに知られると、やっぱり具合が悪いのよ。下の人間にも甘く見られそうだし。うちの商会は外国人もいるから、そういうことにしてあるの。」
「あら。じゃあ私達もツェーラと呼んだ方がいいのかしら。」
「う~ん。内輪ならいいんだけどね。外の目がある時は、ツェーラの方がいいわね。」
一般人の中で暮らすには、異境の民ということはまだ足枷になる。下働きなら目立たなかったのだろうが、ある程度の立場になるには、隠しておかなければならない。一時期は、もっと大変だったそうだ。
「あの時は、なんてことをしてくれたんだと思ったものよ。命の危険すら感じたわ。貴女達が頑張ってくれて、こうして国の正式な組織になったから、今はだいぶ良くなったのよ。風当たりが弱くなったというか、流れが変わった感じかしら。」
彼女の話では、一般の民の中で、身を潜めるように生きている異境の民が、他にも何人かいるらしい。ヘザーの一件は、私達にとっては忘れられない傷だが、彼らにとっても、生死に関わりかねない大事件だったのだ。
「ヤナにも話したのだけど、うちの商会の品をここに納入したいの。普通、国の機関とか上級貴族に納める時は、利益を多めに見込んだ額を請求するのだけど、貴女達なら適正価格にしておくわよ。」
確かに国が相手なら取りはぐれることはないだろうが、多めに請求して良いものだろうか。商人というのは中々に逞しい。
「確かに、正規軍の経理に聞いていたより、安いのよね。」
ヤナがそう言うのなら、間違いないのだろう。商人に伝手などないから、必要な品は、正規軍と同じ業者から仕入れようと思っていたが、費用を抑えられるならそのほうが良い。業者の方も、小規模な部隊との取引がなくなるくらいは、問題ないだろう。
「本当は割引にしてあげたいところだけれど、あんまり贔屓するのも目立つからね。」
「それでね、オリビアのお祝いなのだけど、ツェイラン・・・ツェーラにも聞いて、決めたわ。早速必要なものを注文しようと思うの。」
ヤナが嬉しそうに手を合わせる。
「何にするの?」
「この国にはないものよ。私も久しぶりだし、時間もあまりないから、たくさんはできないけれどね。」
どうやら何か自力で作るらしい。それからしばらく、ヤナと手先の器用な人達が、創作活動にいそしんでいた。
王城では、十日に一度は国政の中心となる顧問議会が開かれる。三人の公爵と主要機関の長からなるもので、王の臨席の下、国の方針が話し合われる。大貴族と強面のお偉方ばかりの議会だが、なぜか魔物討伐部隊総長もその末席につくことになった。魔物の出没や被害状況について報告しなければならないからだ。特に意見など期待されてもいないが、求められても困る。ここに来るまでは、ただの高校生で、政治など無縁だったし興味もなかった。ここに来てからは、生きることに必死だった。ただ、派閥争いや駆け引きのようなものを感じることがあり、それは興味深く眺めていた。
それ以外にも、事務的なことで王城内の事務棟を訪れることは度々あるし、討伐の規模や状況によっては、直に王へ奏上を行うことも意外に多く、王城を訪れる機会は結構頻回だった。
そうすると、貴族の間の話題が、聞くとはなしに聞こえてくる。どこの令息と令嬢が婚約したとか、どこそこの奥方が奔放な振る舞いをしているとか、どの店の品が流行りとか、近衛隊長が意外に人気があるとか。
貴婦人や令嬢の間で、近衛騎士の人気が高いのは自然なことだ。近衛隊は、貴族もしくは騎士階級で構成されている。王の近くに近侍し、王家を守る役目を負うため、文武に秀で、人格もある程度考慮して選抜される。さらに、儀礼の場に立ち会うことも多いことから、見た目も重視される。だから貴族女性の憧れの的になるのは、不思議なことではない。
ただ、隊長の場合は、少し事情が異なる。現在の隊長リオディス・ヴィルフリートは、先代の隊長の遠縁ということになっているが、実は出自がはっきりしていない。先代の隊長の従卒として出入りするようになり、正式な入隊後、ほんの数年で副長に抜擢されたものだ。
武術の腕は誰もが認めるところで、隊の中では人望もあるらしく、隊長に就任する際も反対意見は出なかったらしい。王の信頼も厚いと聞くが、家名が明確でないのは、隊長だけなのだ。
入隊が認められた時点で、貴族もしくは騎士位のはずだが、ヴィルフリートという姓がどの家系に連なるものかも、どこの出身なのかも、知っている人間は、どうやらいないらしい。
普段は序列にうるさい宮廷の女性達が、あの人に限って、リオディス様素敵、とか言っているのが不思議だ。結婚となればまた話は違うのだろうが。
その隊長からの武術の指導は、今も続いている。ハイクエル山討伐後の騒動以降、指導は厳しくなったが、未だに一本も取れないどころか、剣先が服に掠りもしない。元々かなりの手加減をされていたのだと思うが、その加減が調整されているだけで、まだ本気の立ち合いに至っていないのだ。
近衛隊内部の訓練を見たことがあるが、一目で、この域には届かないと感じた。彼らの本気の立ち合いは、レベルが違った。普段の柔和で優雅な雰囲気が一変する。それを束ねている人なのだから、手が届くはずがない。いつか足元に辿り着けば上等と言える。逆に言えば、その人に指導を受けていることは、幸運なのかもしれない。




