ある兵士の試練
今回は、ちょっと変わった日常の一コマです。
探索班として活動を始めて数か月経つと、ちょっとした問題が起きるようになってきた。本当は想定内の事だったと思うが、上層部は想定してくれていなかった。
すなわち、メスを巡るオスの争い、である。
一緒に行動することが多い兵士達との心理的距離が、良くも悪くも縮まった結果、彼らの見方が変化した。仲間として見てもらえるようになった、という良い変化だけではない。今まで彼らは、異民である私達を、どこか異種族のように見ていたのだが、それが今や、ただの若い女の子になったのだ。
同じ敷地内の一棟に若い女の子の集団がいるのだから、トラブルが起きるのは時間の問題だ。ちょっかいを出すのはまだかわいい方で、兵士同士の乱闘騒ぎとなるに至って、上層部も問題視するようになり、隣り合った別の敷地に移されることになった。
もちろん、それでもちょっかいを出しに来る者はいる。最初、渋い顔をして見守っていた年長組は、目に余ると感じるようになってからは、積極的に追い払いにかかった。私達の弱い立場を考えれば、彼らが本気のはずがなく、遊びに決まっているからだ。
それでも、兵士はまだ良い。裏表があまりない人間が多いので、分かりやすいのだ。神殿を出てからは、街に出て、一般人とも接する機会ができた。その、外部の人間の場合は、より問題だった。魂胆の見えない、裏町の人間が紛れている場合があるからだ。若い班員の中には、彼らの言葉を信用してしまう子もいた。
周りにはよく見えていることが、本人には見えていないことがある。故郷の知り合いにも、そんな状況に陥っている人がいた。周囲が注意しても、その言葉は耳に入らないようで、むしろ、自分の思いを理解してくれないと言って泣く。
さすがにエレナもお手上げで、恋愛経験のない私も、それ以上言えることはなく黙るしかないのだが、経験のあるお姉さん達は、黙ってはいなかった。相手の本性を曝け出し、本人の目を覚まさせるべく、様々な手段で暗躍、ではなく奮闘した。
「レーナ、ちょっと来て。」
「また?」
その手段の一つが、相手を呼びつけることだった。大抵は面倒臭がって自分から逃げていくからそれで終了なのだが、たまに堂々とやって来て嘘八百並べ立てるのがいる。一見真面目そうで見分けがつきにくいのもいるが、オリファの目はごまかせない。彼女が、あれはダメだと言ったら、本当にダメだった。
オリファが意味ありげに呼びに来る時は、呼び出した相手が手強い時だ。と言っても、ほとんどオリファが巧みにやり込めていくので、私は傍で見ているだけなのだが。
今日の相手は、初めから態度がすこぶる悪く、ずいぶん馬鹿にした物言いをしていたようだ。どうしてこんなのに引っかかったのかも不思議なのだが、自分勝手な言い分を得意げに語るこの男も謎だ。怒りを通り越して呆れ果ててしまい、頭をかち割って中身を見てみたいものだと思いながら半眼で眺めていると、こちらを見る度に男の顔が引きつっていき、目が泳ぐようになってきた。最終的には、反論できなくなり、逃げるように去って行った。二度と現れないでくれるといい。
「お疲れ。」
とオリファを含めた年長組に言われたが、私は見ていただけで、何も言っていない。それで十分だと言われるのだが、なぜだろう。
そんなある日、今までと違う騒ぎが持ち上がった。
マリエルという班員が、ある兵士に結婚を申し込まれたというのだ。結婚となれば、当然のことながら、この国の一般人の間に根を下ろして、生きていくということになる。そうしている異民を、私達は知らない。何が待っているのかも分からない。その兵士が、どれだけ理解して、どの程度の覚悟を持っているのかも分からない。マリエルは大人しい性格だが、それだけに慎重だ。浮ついた感情で、そういう話になったのではないとは思う。
が、これは当然呼び出し対象だ。今回オリファは討伐中で不在だったが、最近、身辺調査がやたら上手くなった班員達が張り切って集めてきた情報によると、その兵士は、王都に近い農村の出身で、親を早くに亡くし、身を立てるために兵士になったとのことだった。勤務態度は真面目で、特にトラブルを抱えている様子もなく、同僚の評判も悪くはない。ならば後は、本人から直に話を聞くことだ。
その若い兵士は、緊張した面持ちでやって来た。緊張はしているが、正面から向き合おうとする気概は感じる。兵士の隣には心配そうな顔のマリエルがいて、年長組がぐるりと周りを取り囲み、遠巻きに他の班員が固唾を飲んで見守っている。アーシもその中にいるのが、教育上どうなのか、ちょっと心配だ。
一見すると、彼女の友人・親族につるし上げをくらっている構図だ。本人はいたたまれないだろうが、こうなると知った上で来たのだから、その時点で見どころはある。
年長組の面々からは、遠慮のない質問や指摘が次々飛ぶが、兵士は決して目を逸らさず、時々言葉に詰まりながらも、全ての質問に彼なりの答えを示した。
真剣であることは分かった。異民であるマリエルが街で暮らすことのリスクも理解していて、対処する心づもりがあることも分かった。心配なのは、彼の覚悟がいつまで保つのか、だ。その点は、念を押しておかなければならない。
年長組の発言が概ね終了し、視線を交わしているのが視界の端に映った。
「さて、確認だけれど、」
最後に付け加えようと口を開くと、兵士は背筋を伸ばし、改めて表情を引き締めた。緊張が続いたせいか、若干顔色が悪い。
「マリエルは私達の大切な仲間で、家族だ。私達は、彼女が辛い思いをすることは望まない。」
「はい。必ず彼女を幸せにします。」
若い兵士は、真剣な眼差しで誓った。
それは常套句だ。実際に、今はそう思ってもいるだろう。けれど、その誓いを守り切れる人間は、どれだけいるだろうか。
「そう願う。もし彼女を傷つけ、悲しませるようなことがあったら・・・許さないからね。」
贅沢は言わない。最低限、それだけ心に刻んでおいて欲しい。
兵士は青ざめながらも、何度も首を縦に振った。なぜか隣にいるマリエルも、口を引き結んで何度も頷いている。
後で聞いたところによると、無言で睨み続けた末に、底冷えのする声で脅すようなことを言ったので、とても怖かった、のだそうだ。
何であれ、これは良い兆候かもしれない。世界から拒絶された私達だが、こうして少しずつ、この世界で根を下ろし、いつの日か、堂々と生きていけるのではないかと、そんな希望が持てる出来事だった。




