志願者(1)
「レーナ、ちょっと。」
「また?」
オリファが意味ありげに呼びに来たので、いつもの用事かと思ったが、今日は少し様子が違った。
「ああと、そうじゃなくて・・・志願者が来てるんだ。」
珍しく言い淀むオリファだったが、私は一瞬、何かの例えだろうかと考え込んでしまった。
「志願者?魔物探索の?」
「うん。」
「異境の民ではなく、この国の一般人が?」
「一般人とは言えないけど、そうだね、異境の民じゃない。」
含みのある言い方をするから、訳ありかとは思った。どんな危険があるか分からないところに、自分から来る一般人は、まずいないだろう。
実際に会ってみて、一般人とは言えない、というのが何となく分かったような気がした。その子は、初めて会った時のオリファより、ずっと昏い目をしていた。年は私とあまり変わりないように思えるが、街で見かける女の子達のような、明るい溌溂とした雰囲気は全くなかった。
「魔物探索の志願をしたと聞いたけれど。」
その子は黙って頷いた。
「命がけだって、知ってる?」
その子はオリファを見て、抑揚のない声で答えた。
「その人に、大体聞いてる。別にいい。今のところよりマシ。あいつらは許さないだろうけど。」
説明を求めてオリファを見ると、少し言いづらそうに口を開いた。
「色街の子だよ。つまり、所有者がいる。」
オリファの時は、許可は取ったと言っていたけれど、今の話の感じだと、この子は許可を取っていなさそうだ。いわゆる『足抜け』ということだろうか。少し前に、近衛隊長に注意されたことだが、『所有者』が何か言ってくるなら、『所有権』を買い取れば問題ないのだろうか。しかしそれなら、異民ではないこの子が行く先は、ここでなくてもいい気がする。
でも、その子は、その考えには首を振った。
「無理だよ。あたしみたいなのは。どこにも行く当てはないんだ。でも、あそこにはいたくない。」
「神殿に行く方法もあるよ。」
その子は、ひんやりと笑った。
「魂が殺されるって、あなたが言ったんでしょ。その通りだよ。あたしは生きながら死んだも同じ。毎日、腐っていくんだ。生きてるって思えるところで生きたいし、死ぬときは、納得して死にたい。」
容易には言葉を返せなかった。誰かに所有され、意に反して搾取され続ける人生がどういうものか、想像がつかない。この世界ではあり得ることだし、かつては故郷でもあったと知ってはいるけれど、許容できるかどうかは別だ。
この子にそれだけの覚悟があるならば、私に拒む理由はない。
それほど日を置かず、人相の悪い二人の男がやってきた。一人が長椅子にどっかりと腰を下ろし、もう一人が凄みを聞かせた顔で、女を返せ、ここにいるのは分かってる、隠すと為にならないぞ、というようなことを言っていたと思う。
腰を下ろしている方が、土足のまま足を卓の上に投げ出しているのに気を取られていたので、もう一人が何を言ったのか聞き流していた。
人相も悪いが、行儀も悪い。
礼儀にうるさかった祖父が見たら、即座に雷を落としていただろう。
「足を下ろしなさい。」
「あ?」
言っても分からないようなので、脛を上から踏みつけて、少し体重も乗せてみた。
「いてててて!何しやがる!」
「ここをどこだと思ってる?きちんと座れ。それから、どこの誰かをまず名乗れ。まともに話が出来ないなら、手ぶらで帰れ。」
足を下ろした男は涙目で脛を擦っている。もう一人は、眉を引きつらせつつも、威嚇することは忘れなかった。
「俺たちは、モズ館ってとこの使いだ。ここにリタって女が逃げ込んだはずだ。あれはうちの店のもんだ。」
「その名前の子なら、確かにここにいる。魔物探索班に志願するそうだ。」
「志願?」
「そのような人材は貴重だ。うちに欲しい。」
「権利はうちにあるんだぞ!」
「タダでとは言っていない。証文を持ってきなさい。買い取るから。」
予想外だったのか、男達は素っ頓狂な顔をしたまま帰って行ったが、すぐに紙切れを持ってやってきた。それには、法外な金額が書かれていた。一応相場と言うものは調べておいた。だから、いい加減なものを持ってくるな、と言って目の前で破いたら、男達は唖然とした顔をしていた。
彼らが帰った後、傍で見ていたオリファは、まさか破るとは思わなかったと、腹を抱えて笑っていたが。
翌日、男達は別の紙切れを持ってやって来た。今度は、大分値段が下がっていたが、正式な書式に則ったものではなかった。
商品の取引をした時の書類は、ここに来てから何度も見たことがあるが、書き方や割り印など、決まりがある。決まりに従っていないなら効力はないし、違法な取引かもしれない。だから、本物を持ってくるように言うと、男達は青くなったり赤くなったりしながら帰って行った。
次に来た時、もう一人男が増えていた。まだ若く、一見普通の商人に見える。口調は比較的穏やかだが、眼光は鋭い。後ろに従えた男達の人相も悪すぎて、どう見ても只の商人と護衛には見えない。下っ端だけでは埒が明かないとみて、少し上の人間が出てきたというところだろう。
今度は、正式な書類に似せたものを持ってきた。値段も妥当だ。
「これで、支払って頂けるでしょうね。」
「これが本物ならば、だが。」
「お疑いで?」
「疑うもなにも、間違っている箇所があるし、印も違う。」
「なんだと?ケチつけんのか。」
男の一人が気色ばむのを、商人風の男が片手をあげて止めさせ、穏やかに微笑む。
「ご存知ないでしょうが、国によって、書式は少しずつ変わるのですよ。」
「どこの国ならこの印になるのか教えてもらいたい。調べるのは簡単だ。それに、彼女はこの国の出身のはずだが、よその国で売買を?」
男はムッとした顔で口を噤んだ。
異民はこの世界のことを知らない。だから騙すのは簡単。そう思っていたのだろう。それから、険悪な目に変わった商人風の男は、笑みは湛えたまま、彼ら独自の理屈を並べ始めた。時折、後ろに立たせた男達が凄んでみせ、それを前に座った男が宥めてみせる。典型的な脅し方だ。昔なら、普通に怖がったと思うし、関わり合いになりたくないと考えただろう。
だが、今は茶番に見える。魔物と対峙する日常で、感覚が麻痺したせいかもしれない。それに、間近で感じる圧なら、目の前の男達より近衛隊長の方が断然上だ。
「そこ。」
今しも拳を振り上げて手近なものを殴ろうとしていた男に注意を促す。
「ここにあるものは、全て軍のものだ。破損した場合は、弁償してもらう。強制的にね。」
男達は動きを止めて顔を引きつらせた。今まで沈黙していたのを、恫喝が効いていると思って調子に乗っていたようだ。商人風の男は、もはや笑みさえ消し、睨みつけてきた。
「うちのものをタダで取り上げるというなら、出るとこ出させてもらいますよ。」
所有物を不正に奪われたと訴え出るつもりだろうか。それが出来るならやれば良いが、彼らには出来ないはずだった。
そろそろ帰ってもらおうと立ち上がると、彼らは一斉にのけぞり、一歩身を引いた。別に、取って食おうというのではないのに、大げさな反応だ。
「こちらの要求は初めから変わっていない。買い取るから、証文を持ってきて欲しい。難しいことではないはずだ。」
そう言ってドアを指し示すと、商人風の男も立ち上がり、顔を歪めた。最後に、夜道に気をつけろ、というようなことを言って去って行ったが、兵舎の中で、仮にも正規軍に所属する人間に脅しをかけるとは、どうかしている。
彼らは、隣室に潜む者がいることに気づかなかった。その者達に、見張られていることにも。
数日後、違法な人身売買に関わる組織が摘発されたと知らせがあった。他にも色々埃が出そうだという。所有者が消えてなくなったことで、志願者は滞りなく、探索班の一員となった。




