探索班2(1)
探索班ができてから、正規軍への討伐依頼が増えた。元々、小規模なら現地の守備隊や警備隊で対応していたものが、便利だからと、すぐに依頼を出すようになったのだ。
いきなり人里を襲ってくる魔物は少ないが、生活圏に出没するようなら、討伐しないと危険だ。今までは、目撃情報が寄せられてから山狩りをしていたのだが、場所や規模を特定してくれるなら、手間が省けるということらしい。紛争や災害の後は、魔物の活動が活発化する傾向にあり、この数年は、討伐の頻度が増えているのだそうだ。
魔物討伐がある程度の規模になると、近衛隊も加わるのが、この国の慣例だった。王が、民を気にかけていることを示すためだという。少し前に、東部の町で行われた討伐の時は、近衛隊士はいなかったのだが、思いのほか大掛かりなものになり、被害も予測以上に出たため、以後は全ての討伐に近衛隊士が加わることになった。
ただこれは、私達探索班の監視の意味もあるのだろう。異境の民が敵国に情報を渡したと断罪されたのは、まだ、たった数か月前のことだ。
何度か討伐に参加する中で、探索班の中では、武器の改良や、自分達なりの対抗手段を考えるようになっている。一人では出来ることも多くないが、複数集まれば、役割分担ができる。
「槍と鎖の軽量化の方はどうなってる?」
「鍛冶の親方、頑固でね。話もろくに聞いてくれない。」
武器の改良は自力では出来ない。軍から支給される武器は、型が決まっている。王立の武器工房で作られるものだが、規格通りの武器では扱いに困ることがある。私達にとって扱いやすく、効果的なものが欲しい。
鍛冶職人達は、職人気質なのか、私達が異民のせいなのか、あるいは女だからか、気難しく乱暴で、初めは全く相手にしてくれなかった。しかし、これはとても重要なことなので、喧嘩しようが怒鳴られようが、日参してしつこくお願いをしているところだ。
「短槍を作ってくれたのは、一歩前進だった。とにかく、聞いてくれるまでお願いし続けるしかない。」
「そうだね。」
「魔除けの草は?」
「とりあえず分けてもらってきたんだけど、効果の程はまだ何とも。何度か試してみないと。」
中部地方で討伐があったとき、途中の村に『魔除けの草』と言われている植物があった。その周辺は、昔から魔物がほとんど出没しないらしい。強烈な虫除けのような臭いがするのだが、獣除けという人もおり、その植物の効力なのかは不明だった。
「他の地域では聞かないよね。」
「効果が確かなら、栽培できないかと思ってる。」
実はもう一つ、一部の魔物に効果的と思われる方法は見つかっていた。ただ、この方法は、文字通り血を流さなければならない。それを前提に魔物に向かうわけにはいかない。それ以上に、決して外部に知られてはいけなかった。それが今後、異民全体にどのような影響を及ぼすか分からないのだから。
軍の一員となると、上部への報告という義務が発生する。神殿で文字を覚えておいて良かった。完全にマスターできていたわけではないので、分からないところは、ヤナに手伝ってもらっている。
「なんだ、ここの書き方は。全く、異境の民というのはこれだから。無知すぎて話にならんな。赤ん坊の方がまだマシだ。しかもこの歪んだ字。こんなもの誰が読めるか」
「申し訳ありません。ご教示ください。」
「ふん。お前達のような半魔にいくら教えてやったところで、使い物にはならんだろうがな。」
直接の上官に当たる上級隊長に報告書を提出するのは、班長の役目だ。他の部下にも横柄な態度は取っているが、私に対する時は、余計な一言二言が必ずついてくる。
ここは、無の境地、あるいは明鏡止水の心で聞き流すのがベストだが、私はそれほど人間ができていない。内心で湧き上がる怒りに蓋をしながら、表情には出さないように気を付けている。とりあえず、聞けば正解は教えてくれるのだ。いい加減な報告書をそのまま提出すれば、指導力不足と評価を落とされるのは自分だから、その点は信用していい。
嫌味を極力聞き流し、本日の無駄な苦行を終えて建物を出たところで、大きく深呼吸をする。
澄んだ空は雲一つなく、風は爽やかだ。清浄な空気を肺の奥までいっぱいに取り込み、溜まりに溜まった鬱憤をのせてゆっくりと吐き出していく。
黙って耐えるというのは、日本人的な考え方かもしれない。自分の意見をはっきり言うアンヘラあたりなら、速攻で喧嘩を買いそうだ。
とにかく今は、溜まった黒感情をすべて処理しておかないといけない。この後は、近衛隊長の指導が控えているのだ。
「集中しろ。」
処理しきれなかった。
うっかり他の事に気を取られても、少し体調が悪くても、この人には分かってしまう。努めて表に出さないようにしているというのに。全く油断がならない。
「今日はここまでだ。」
「はい、ありがとうございました。」
いつものように礼をするのを、近衛隊長は黙って見ている。
「最近、増えたな。」
隊長が何か呟いた。
「はい?」
「いや。何でもない。あれが、外から来た志願者か。」
「そうです。」
少し離れたところにいるオリファのことを尋ねられた。
異民ではない彼女は、ここを居場所としなくても良かった。本当にこれで良かったのか、当初は心配していた。特殊な環境にいたせいか、どこか斜に構えたところがあったのだが、いつの間にか、馴染んでいた。
彼女が来たことは、私達にとっては良いことだった。この世界の普通の生活を知らない私達に、彼女は、この世界の常識や決まり事を教えてくれた。町に行く時も、彼女となら、異民と知られることなく、安全に歩くことができる。
今ではすっかり頼りにされていて、若い班員の世話を何かと焼いている。本人が言うほど、利己的でもないし冷たくもない。むしろ、情があって面倒見は良いと思う。特に、最年少のアーシのことは、気にかけているようだ。
「今後も志願者を受け入れるなら、注意しろ。特に、誰かの所有物である場合は。」
所有物。嫌な言葉だ。
この世界で、人間が他人のモノであることが罷り通っているのは、もう知っている。オリファがそうであったように。
違法ではないのだ、ここでは。それでも、どうしようもない嫌悪感がある。理屈や法の問題ではない。
「受け入れた者の動向にも注意しろ。その者が事を起こせば、お前達の責任にもなる。」
これは、警告だ。
私達の居場所は、まだ脆弱で不安定だ。国の、特にこの人の疑いを招くような事は、避けなければならない。
「留意します。」
もう一度礼をしてその場を離れると、入れ替わるようにやってきた若い兵士が、緊張して上ずった声で、
「お、お願いします!」
と隊長に挨拶をしているのが聞こえてきた。オリファが不思議そうな顔でその様子を見ていた。
「ねえ、何だい、あれ?」
何のことか分からず首を傾げていると、隣にいたアンヘラが笑いながら教えてくれた。
「レイナの真似だよ。最近、正規軍の兵士の間で広がってるらしいよ。」
「そうなの?」
何を思って真似をしているのかはよく分からないが、礼を守るのは悪いことではない。
後で知ったことだが、兵士達は私を『近衛隊長の弟子』と認識していて、そこに近づきたいと思ったようだ。そして、何となく目新しい動作が格好良く見える、という少年じみた理由もあったのだそうだ。




