帰りの道で
全ての新入生のクラス分け実技試験が終了した頃には、空はすっかり茜色に染まり始めていた。
広場を包み込んでいた熱気は幾分か落ち着き、代わりに、全ての力を出し切った新入生たちの心地よい疲労感と、夕暮れ特有の穏やかな空気が満ちていた。
「――以上をもって、今年度の新入生クラス分け実技試験を全て終了とする!」
拡声の魔導具を持った痩せ型の教師が、広場の中心で高らかに宣言した。
その声に合わせて、無事に生き残った(私にとっては生存競争だった)新入生たちから、「おおーっ」という安堵と達成感の入り混じったどよめきが上がる。
「初日からこれほどの激戦が見られるとは、今年の新人たちは実に頼もしい。
各審判の評価と試合結果を総合的に判断し、明日、本校舎のエントランスホールにてクラス分けの結果を張り出す。
各自、明日の登校時に必ず確認するように。本日はこれにて解散!」
教師の簡潔な総評と連絡事項が告げられ、ようやく地獄のような入学初日の公式行事が幕を閉じた。
(終わった……。本当に、なんとか生きて終わることができた……っ)
私は観客席の端っこで、安堵のあまりへなへなとその場に座り込みそうになるのを必死に堪えていた。
全身の筋肉は悲鳴を上げ、足の裏はマメが潰れたように痛い。
カトレアさんとの試合で、私のなけなしの体力は完全にマイナス域へと突入していた。
(明日はクラス発表かぁ。……まぁ、私は考えるまでもないよね。完全にFクラス、最底辺確定だ)
自分の結果については、驚くほど何の期待も、不安もなかった。
そもそも、試合中に自ら木刀を手放して「もうダメェ」と座り込んだのだ。
騎士の端くれにもなれない、前代未聞の失態である。
これでAクラスやBクラスに入れるなどと考える方がどうかしている。
けれど、不思議と悲壮感はなかった。
(いいんだ、Fクラスで。目立たず、騒がれず、ひっそりと三年間を生き延びること。それが私の目標なんだから。
むしろ一番下のクラスの方が、私みたいな落ちこぼれには居心地が良いまであるよね)
そう自分自身を納得させ、私は大きく深呼吸をした。
負けた悔しさよりも、あの恐ろしい天才剣士の木刀で私の頭を叩き割られずに済んだという命の喜びの方が、何百倍も大きかった。
「お疲れ様、ミコトさん! さぁ、寮に帰りましょう!」
すっかり涙も乾き、いつもの太陽のような明るい笑顔を取り戻したマリアが、私の肩をポンと叩いた。
彼女の切り替えの早さと精神力には、本当に頭が下がる思いだった。
「う、うん。お疲れ様、マリアさん。帰ろうか」
私たちは広場を後にし、新入生用の学生寮へと向かって歩き出した。
♦︎
王立騎士学校の敷地は広大で、グラウンドから寮へ向かう石畳の道だけでも、ちょっとした街を歩いているような距離がある。
今の私にとっては、この移動すらも過酷な試練だった。
「明日はついにクラス発表ね!どうなるかしら?
ヒヨリさんには負けちゃったけど、それまでの動きは評価されてるはずだし……やっぱり少しワクワクしちゃうわね!」
マリアは石畳を軽やかなステップで歩きながら、弾むような声で言った。
つい先ほどまで大泣きしていたとは思えないほどの立ち直りの早さである。
エクレア家の令嬢は、肉体だけでなくメンタルも鋼でできているらしい。
「マリアさんは凄い動きだったし、絶対に上のクラスだよ。……私はもう、間違いなくどん底のFクラスだけどね。あはは……」
私が乾いた笑いを漏らすと、マリアは「そんなことないわよ!」と力強く首を振った。
「勝敗が全てじゃないって先生も言ってたじゃない!
ミコトさんだって、あのサントノレ家の天才の初手を完璧に避けたんだし、何か評価されてるかもしれないわよ?」
「いやいやいや、あれは本当にただ転んだだけで……」
私が慌てて否定しようとしたが、マリアは全く聞いていない様子で、「それにしても」と急に思い出したように手を打った。
「そういえば、今日の夜、『歓迎会』があるらしいわよ」
「…………へ?」
私の思考が、一瞬停止した。
「か、歓迎会……?」
「ええ。生徒会が主催する、新入生歓迎会。上級生たちとの顔合わせも兼ねて、大食堂で立食パーティーがあるんだって。色んな料理も出るらしいわよ!」
「え゛っ……そ、そうなの!? 私、そんなの全然知らなかった……!!」
あまりの衝撃に、私の声が裏返ってしまった。
歓迎会、パーティー、上級生との顔合わせ。
どれもこれも、今のボロボロの私には最も縁遠く、最も参加したくない恐ろしいワードの羅列だった。
ただでさえ体力がゼロなのに、知らない人たちがウジャウジャいるパーティー会場で愛想笑いを浮かべて立っているなど、拷問以外の何物でもない。
「ええっ、知らないって……ミコトさん、入学式の時に配られた冊子、ちゃんと読んでないの?」
「さ、冊子……?」
マリアの言葉に、私は必死に記憶の糸をたぐり寄せた。
入学式の朝。
前日の移動で私は信じられないほどの筋肉痛と疲労感でベッドから中々起き上がれず、完全に遅刻ギリギリの時間になってから寮を飛び出した。
講堂の入り口で、先輩らしき人から「ほら新入生、これ受け取って早く席につけ!」と分厚い紙の束を押し付けられた記憶が、おぼろげながら蘇ってきた。
(あ……あの時、中身も確認せずに鞄の底に突っ込んだやつだ……!)
「あはは……実は入学式、ギリギリに到着したから、読む余裕が全然なくって……」
私が冷や汗を流しながらごまかすと、マリアは「もう、しっかりしてよね」と呆れたように笑った。
「まぁいいわ。とにかく、夜になったら大食堂に集合よ。美味しいものたくさん食べて、今日の疲れを吹き飛ばしましょうね!」
「う、うん……善処します……」
美味しいものは食べたい。
しかし、立食パーティーというハードルの高さに、私の胃はすでにキリキリと痛み始めていた。




