ルームメイトはまさかの
やがて、私たちは女子寮である『白百合の館』へと辿り着いた。
豪華なシャンデリアが飾られたエントランスを抜け、階段を上る。
一段上るごとに太ももの筋肉がピクピクと痙攣し、私は老婆のような足取りになっていた。
「それじゃあ、私は三階だからここで。また後でね、ミコトさん!」
「う、うん、またね。マリアさん」
二階の踊り場で、マリアと手を振って別れた。
彼女の足取りは、階段を上る時でさえ羽が生えたように軽やかだった。
本当に同じ人間なのだろうかと疑いたくなる。
私は自分の部屋がある二階の廊下を、壁に手をつきながらゆっくりと進んだ。
(ええと、たしか私の部屋は……二一四号室、だったよね)
重厚な木製のドアの前に立ち、私はふと立ち止まった。
そういえば、この王立騎士学校の寮は、基本的に二人部屋である。
昨日の入寮日は、実家から半ば追い出されるようにして持ってきた重いトランクを引きずり、部屋にたどり着いた瞬間にベッドに倒れ込んで爆睡してしまったのだ。
その後、すぐに入学式の準備でバタバタと部屋を出てしまったため、相部屋のルームメイトとは完全にすれ違ってしまい、まだ顔すら合わせていないし、挨拶もできていなかった。
(これから三年間、同じ部屋で一緒にやっていく人だ。しっかり挨拶しておかないと)
相手がどんな人かはわからない。
できれば、マリアさんのように優しくて明るい人か、あるいは静かに本を読むのが好きな、物静かな人がいい。
間違っても、「私の筋肉を見ろ!」と部屋の中で毎日素振りを始めるような、ゴリゴリの戦闘狂ではないことを祈るばかりだ。
私は小さく咳払いをして身だしなみを整え、深呼吸をしてから、ドアノブに手をかけた。
ガチャリ、と音を立ててドアを開ける。
「は、はじめまして! 昨日から入寮したミコト・ティラミスです。
バタバタしててご挨拶が遅れちゃいましたが、これからよろしくお願いしま……す……」
元気よく頭を下げながら部屋に入った私の言葉は、途中で急速にしぼんでいった。
部屋の中には、すでにルームメイトの姿があった。
窓際のベッドに腰掛け、優雅に紅茶のカップを傾けていたその人物が、私の声に反応してこちらを振り向いたのだ。
夕日が差し込む窓際で、氷のように透き通った蒼い髪がキラキラと輝いていた。
抜けるように白い肌と、感情の読めない冷ややかなアイスブルーの瞳。
その整いすぎた美しい顔立ちは、見間違えるはずもなかった。
つい数時間前、実技試験の円の中で、私に死の恐怖を味わわせた張本人だったのだから。
(……あれ? どこかで見た気が……しかも、つい最近……というか、さっき)
私の脳内コンピューターが、猛烈な勢いでエラー音を吐き出し始めた。
「あら。私のルームメイトって、貴女だったのね」
彼女、カトレア・サントノレは、手にしたティーカップをソーサーに静かに置くと、ふっと口角を上げて優雅に微笑んだ。
「奇遇ね。よろしく、ミコトさん」
(え゛え゛え゛え゛え゛っ!? サ、サントノレさん!? なんで!? なんで学年最強の天才剣士が、学年最底辺の私と同室なの!?)
心臓が口から飛び出しそうだった。
気まずい、あまりにも気まずすぎる。
さっきの試合で、「もうダメェ」とへたり込んで負けた相手である。
名門ティラミス家の恥さらしとも言える私の無様な姿を、最も間近で見ていた人間だ。
そんな相手と、これから三年間、同じ部屋で寝食を共にしろと言うのか。
「あ、あ、あ、あああ、あ、あのっ!」
私はドアノブを握りしめたまま、変な声を漏らすことしかできなかった。
そんな私のパニックをよそに、カトレアさんはベッドから立ち上がると、ゆったりとした足取りで私の方へと近づいてきた。
彼女が歩くたびに、かすかに爽やかな香水の匂いが漂う。
(ひ、ひぃっ! 怒られる! 『あんな無様な試合をしおって、ティラミス家の名折れだ!』とか言って、木刀でボコボコにされるんだ!)
私がギュッと目を瞑り、両腕で頭を庇うように縮こまっていると。
「貴女には、とても興味があったのよね」
頭上から降ってきたのは、怒声ではなく、どこか弾むような、好奇心に満ちた静かな声だった。
恐る恐る目を開けると、カトレアさんは私の目の前で立ち止まり、真っ直ぐに私の目を見つめていた。
そのアイスブルーの瞳には、先ほどの試合中と同じ、強烈な探求心が渦巻いていた。
「試合では見事だったわ。あの初手を躱し、私の連撃を全て捌き切るなんて。……体力不足という弱点はあるようだけれど、それさえ克服すれば、貴女はとんでもない高みに到達するはずよ」
「えっ……? あ、いや、あれは本当に転んだだけで……というか、手加減してくれたんじゃ……?」
「謙遜しなくていいわ。私は自分の剣に絶対の自信を持っているもの。それを防いだ貴女の実力を、私は認めているわ」
カトレアさんは、私の弱々しい弁明を「謙遜」という言葉で華麗に切り捨てた。
いや、完全に誤解されている。
どうしよう、彼女の中での私の評価が、極度の体力不足の達人剣士としてストップ高を記録してしまっている。
「同じ部屋になったのも何かの縁ね。貴女とは、これからも色々とよろしくしたいわ」
そう言って、カトレアさんはスッと白く細い右手を差し出してきた。
それは、握手を求める仕草だった。
(……色々と?)
その言葉が、私のポンコツな脳内に深く突き刺さった。
『色々と、よろしくしたい』。
この絶対的なヒエラルキーの頂点に君臨する天才剣士が、最底辺の私に対して言う『色々』とは、一体何を意味するのか。
(もしかして……パシリ!?)
私の脳内で、前世の記憶(?)なのか何なのかわからないが、恐ろしい学園ヒエラルキーの図式がフラッシュバックした。
強者が弱者を支配する構図。
『おいミコト、購買部で焼きそばパン買ってこい。三分以内な』と冷酷に言い放つカトレアさんと、小銭を握りしめて猛ダッシュする私の姿が、ありありと脳裏に浮かんだ。
(やだ! 体力がないのに毎日購買部までダッシュさせられたら、過労死しちゃう!
それに、あんなことやこんなこと……靴磨きとか、肩揉みとか、徹夜でレポートの代筆とかさせられるんだわ! ひぃぃっ!!)
勝手な妄想を膨らませ、一人で勝手に絶望のどん底へと突き落とされた私は、ガクガクと震えながら、差し出されたカトレアさんの手を見つめた。
しかし、ここで握手を拒否すれば、その瞬間にサントノレ家秘伝の神速の突きが私の喉元に突き刺さるに違いない。
「……っ!」
私は覚悟を決め、涙目になりながら、その白く美しい手を両手で包み込むように握りしめた。




