夜はまだ続く
「こ、こ、これから……よ、よろしく、お願いしますぅ……っ!
焼きそばパンでも何でも買ってきますから、命だけはお助けください……!」
「……? ヤキソバパン? よくわからないけれど、同じルームメイトとして、剣の研鑽や座学の勉強を一緒に頑張りましょう、という意味よ?」
「……えっ?」
「えっ?」
カトレアさんは、キョトンとした顔で首を傾げた。 その言葉に、私はピタリと震えを止めた。
「あ、えと……パシリにしたり、いじめたりしないんですか……?」
「するわけないでしょう。私は貴女を、共に高みを目指すライバルだと思っているのだから。
それに、サントノレ家の人間が、同室の者を不当に扱うような下品な真似をするはずがないわ」
カトレアさんは呆れたようにため息をついた。
そうだ、彼女は根っからの貴族であり、誇り高き騎士なのだ。
陰湿ないじめなどするはずがなかった。
「あはは……そうですよね! すみません、私ったら変な勘違いをしちゃって……!」
その誇り高い言葉に、私は自分の変な妄想を恥じた。
「ええ。貴女は剣の腕は立つようだけれど、少し思考が独特のようね」
カトレアさんはクスクスと上品に笑い、握手していた手をそっと離した。
なんだ。カトレアさん、試合中は怖かったけど、話してみると意外と普通にいい人じゃないか。
完全な実力主義で、私のことを『実力者』だと勘違いしているという一点を除けば、決して悪い人ではない。
むしろ、この学園でこれほど頼りになる後ろ盾はいないだろう。
(よし、誤解は解けてないけど、とりあえず命の危機は去った! 平穏なルームシェア生活が送れそうだ!)
なんだかんだあって、私はようやく張り詰めていた緊張の糸を解くことができた。
「改めて、これからよろしくね、カトレアさん」
「ええ、よろしく。ミコト」
私たちは、ようやくお互いに微笑み合うことができたのだった。
♦︎
「ふぅ……」
私は安堵の息を吐きながら、昨日のうちにベッドの横に置きっぱなしにしていたトランクを開け、荷解きの続きを始めた。
制服の予備をクローゼットに掛け、教科書を机に並べていく。
カレン先生が残してくれた、ボロボロの魔法理論のノートも、見つからないように机の一番上の引き出しの奥に大切にしまった。
カトレアさんは再びベッドに腰掛け、紅茶を飲みながら分厚い戦術論の専門書を読んでいる。
その横顔は絵画のように美しく、部屋の中には優雅で静かな時間が流れていた。
(ああ、平和だなぁ。筋肉痛は酷いけど、こうして座って自分の荷物を整理しているだけでも幸せを感じる……)
そんな風に、私が平穏な学園生活のスタートに思いを馳せていた、その時だった。
「そういえば、ミコト」
「はい? なんですか?」
本から目を離さずに、カトレアさんがふと思い出したように口を開いた。
「この後、生徒会が主催する新入生の歓迎会があるのは知っているわよね?」
その言葉に、私の手がピタリと止まった。
先ほどマリアから聞いて、完全に忘却の彼方へと追いやりたかった、あの恐ろしいイベントである。
「あ、ええと……はい、さっきマリアさんから聞きました……」
「そう。大食堂での立食パーティーよ。生徒会役員の上級生や、学校関係者の方々も多く出席されるから、決して失礼のないように立ち振る舞わなければならないわ」
「うっ……」
生徒会の先輩たちや、学校関係者の大人たち。
ただでさえ知らない人ばかりで怖いのに、これからお世話になる、つまり絶対に粗相が許されない人たちに囲まれて愛想笑いを振りまかなければならないなんて。
「実技試験の直後で疲れているのはわかるけれど、これも騎士としての重要な『社交』の場よ。
貴女なら当然、完璧にこなせると思っているわ」
「……」
カトレアさんの期待に満ちた言葉が、私の背中に重くのしかかる。
ただでさえ、体力ゼロで全身の筋肉が悲鳴を上げているのだ。
その上、緊張感MAXの立食パーティーで気を張り続けなければならないなんて。
(無理だ……もう、私のキャパシティはとっくに限界を超えてるよぉ……っ!)
私はクローゼットの扉に頭を押し当てながら、これから訪れるであろう地獄の社交パーティーに思いを馳せ、声にならない涙を流すのだった。




