試合終了、時々カトレア
私は地面にへたり込んだまま、荒い息を吐き続けていた。
……負けた。当然の結果だ。
でも、怪我をしなくて本当によかった。
ふと、頭上に影が落ちた。
見上げると、木刀を下ろしたカトレアが、私を見下ろしていた。
そのアイスブルーの瞳には、先ほどの冷ややかさはなく、困惑と、強烈な探求心が渦巻いているようだった。
「貴女……何者?」
静かな、しかし確かな熱を帯びた声で、彼女は問うた。
「わ、私は……ミコト・ティラミス、です……はぁ、はぁ……」 息も絶え絶えに、私はなんとか名前を絞り出した。
「そう。ミコト・ティラミス。……覚えたわ」
カトレアはそれだけを言うと、クルリと踵を返し、円の外へと歩き去っていった。
私は、彼女の背中を見送りながら、「手加減してくれてありがとうございました……」と心の中で密かに感謝するのだった。
♦︎
【カトレア Side】
実技試験が全て終了し、静まり返った控室のベンチで、カトレア・サントノレは静かに目を閉じ、先ほどの試合を回想していた。
(なんだ、あの子は……)
ミコト・ティラミス。 彼女が円の前に立った時の第一印象は、「素人」そのものだった。
剣の握り方はバラバラ、重心は浮き上がり、足の幅も定まっていない。
全身隙だらけで、戦意すら感じられない。
あれが由緒正しきティラミス家の人間だとは、到底信じられなかった。
だから、私は一切の情けを捨て、初手からサントノレ家最速の刺突を放った。
当たれば大怪我では済まないかもしれない。だが、それが騎士の世界の厳しさだ。
しかし。、私の神速の剣閃が彼女の喉元に届こうとしたその瞬間、彼女は「ふっ」と私の視界から消えた。
いや、消えたのではない。
極限まで脱力した状態で、私の剣の下をくぐり抜けるようにして、瞬時に体勢を沈み込ませたのだ。
まるで、最初から私の剣の軌道が完全に見えていたかのように。
(今まで、あの初手を完璧に躱したのは、兄上や父上くらいのものなのに……!)
カトレアは、自身の震える手を見つめた。
衝撃だった。
あの隙だらけの構えは、全て『誘い』だったのだ。
どんな攻撃が来ても即座に対応できる、究極の自然体。
ならば手数で勝負よと、私は己の持てる全ての技術を注ぎ込み、怒涛の連撃を繰り出した。 しかし。 『――トン。――カン。――ペチッ。』
何度打ち込んでも、彼女は一歩も動くことなく、最小限の手首の返しだけで私の剣を全て弾き落とした。
全く力んでいない。
まるで柳の枝が風を受け流すように、私の全力を無力化していく。
私が本気を出せば出すほど、彼女の底知れぬ実力に飲み込まれていくような錯覚に陥った。
(一体どうなってるの? この子は一体、どんな地獄のような鍛錬を積んできたというの……?)
戦慄すら覚えたその時、彼女は突然剣を手放し、地面にへたり込んでしまった。 荒い息を吐き、これ以上は動けないとばかりに座り込む姿。
最初は、私を愚弄しているのかと思った。
だが、彼女の尋常ではない息切れの仕方や、汗の量を見て、私は一つの結論に達した。
(なるほど……究極の剣技を身につけてはいるが、圧倒的に『体力』が無いのだわ。
彼女のあの動きは、極度の集中力と魔力操作による身体強化で無理やり補っているもの。
だから、数分の打ち合いでガス欠になってしまったのね)
カトレアは目を細めた。
もし、あの子がこの学園で基礎体力を身につけ、あの剣技を長時間維持できるようになったとしたら。
……もしかして、とんでもない化け物が誕生するのではないか。
だから、私は聞かずにはいられなかった。 「貴女……名前は?」と。
「ミコト・ティラミス」 彼女はそう名乗った。
ティラミス家の人間。
しかし、これほどの実力と特異な才覚を持っているなら、社交界でもっと有名になっていてもおかしくないはずだ。
なぜ、彼女の存在はこれまで隠されていたのか。
「……面白いわね。ミコト・ティラミス」 カトレアの唇に、微かな笑みが浮かんだ。
後で家の者に、彼女の身辺を徹底的に調べさせよう。
私をここまで本気にさせ、そして見事に打ち破った(防ぎ切った)あの少女の底知れぬポテンシャル。
王立騎士学校でのこれからの三年間が、俄然楽しみになってきた。
カトレアはそう決心し、静かに立ち上がったのだった。




