実技試験 最強との試合(涙)
それから、実技試験は順調に進んでいった。
あちらこちらの円で激しい打ち合いが行われ、歓声やどよめきが上がる。
血気盛んな新入生たちは、自分の力を誇示しようと必死だった。
私は、自分の名前が呼ばれるのを、まるで処刑宣告を待つ囚人のような気分で待ち続けていた。
気づけば、新入生の半分程度の試験が終わったようだった。
そして、ついにその時がやってきた。
『第七円! カトレア・サントノレ! ミコト・ティラミス!』
ビクゥッ!! と、私の肩が大きく跳ね上がった。
(呼ばれた……! ついに呼ばれちゃった!)
神様、仏様、カレン先生。どうか、相手が手加減をしてくれる心優しい人でありますように。
すぐに降参って言うから、痛いことだけはしないでください……!
私が震える足で一歩を踏み出そうとした時、周囲の新入生たちがざわめき始めた。
「おい、サントノレだって……!」
「カトレア・サントノレって、あの!?」
「ティラミス家との名門対決かよ! これは見物だぞ!!」
そのざわめきを聞いて、私の思考回路は完全にショートした。
(サントノレ……? どこかで聞いたことがあるような……あっ!!)
思い出した。サントノレ。
そう、先ほど入学式で演説をした、あのヒグマのような学園長、前騎士団長であるシルバ・サントノレと同じ名だ。
サントノレ家は、代々王国騎士団長や王宮騎士団のトップを輩出する、この国における『武』の最高峰。
名家中の名家である。
つまりは、この新入生の中で最強であり、王宮騎士団最有力候補という、もっとも当たってはいけない大当たりを引いてしまったということだ。
(なんで……なんで私なのぉぉぉっ!!)
絶望感に打ちのめされ、膝から崩れ落ちそうになる。
「おら、呼ばれてるぞ! 早く円に入れ!」
審判の先生から容赦なく急かされ、私は半泣きになりながら、しぶしぶ第七円の中へと足を踏み入れた。
♦︎
円の反対側から、一人の少女が静かに歩み出てきた。
腰まで届く、氷のように透き通った蒼い髪。
抜けるように白い肌と、感情の読めない冷ややかなアイスブルーの瞳。
歩く姿勢には一切の無駄がなく、流れるような所作で木刀を下げている。
彼女こそが、カトレア・サントノレ。
その立ち姿だけで、彼女が只者ではないことが素人の私にもハッキリとわかった。
私たちが円の中心で対峙すると、周囲からゴクリと唾を飲み込む音が聞こえたような気がした。
皆が、この名門同士の夢の対決に期待を膨らませているのだ。
(どうしよう、どうしよう……! 殺される! 木刀でも絶対に死ぬ!!)
パニックになり、呼吸が浅くなる。
(そ、そうだ、剣! 剣を構えなきゃ!)
私は慌てて、腰に提げられていた貸与品の木刀を引き抜いた。
しかし、手に持った木刀は、記憶の中にあるよりもずっと重く、バランスが悪く感じた。
(そういえば、剣を握るのなんて何年ぶりだろう。カレン先生に魔法を習い始めてから、重いからって全然握ってなかったや……)
そんな暢気なことをぼんやりと考えていると。
「――両者、構え!!」
審判の鋭い声が飛んだ。
ビクッとして、私は慌てて両手で木刀を握り、なんとなく前に突き出した。
へっぴり腰で、足の幅もバラバラ。
我ながら、素人丸出しの情けない構えだった。
「………」
対するカトレアは、私のそんな姿を冷ややかな瞳でじっと観察していた。
(なんだこの子は……。剣の握りも雑だし、重心も浮いている。何より、全身隙だらけじゃないか。これが、あのティラミス家の人間?)
彼女のそんな声が聞こえてきそうだった。
しかし、彼女は油断することなく、スッと木刀を正眼に構えた。
その瞬間、彼女の纏う空気が鋭い刃のように研ぎ澄まされた。
(長引かせても仕方ないわね。ティラミス家の名に敬意を表して、初手から全力で沈める)
カトレアの目が、獲物を狩る鷹のように細められたのがわかった。
「――始めっ!!」
開始の合図が鳴り響く、その瞬間。
(あっ!! そういえば、いつもやってる『身体強化』、まだかけてなかった!!)
私は咄嗟に思い出した。
普段、重い荷物を持ったり、長い距離を歩いたりする時に、少しでも楽になるようにとかけていた魔法。
私は頭の中で、魔力を体中に巡らせるイメージを描いた。
――『身体強化』。
その瞬間。 私を取り巻く世界が、急激に変化していく。
「……よし。」
風の音が消え、周囲の歓声が、まるで水の中にいるようにくぐもって、間延びして聞こえる。
空を舞っていた土埃は、空中でピタリと静止しているように見える。
そして時間の流れが、極端に緩やかに変わる。
だが、異常な現象にミコト本人は、「なんだか急に周りがゆっくり動くようになったなぁ」くらいにしか思っていなかったのだ。
規格外の魔力により、限界を超えた身体強化は、ミコトの動体視力と神経伝達速度を異常なまで引き上げていることなど、本人は知る由もなかった。
視線を前に戻すと、カトレアが地面を蹴り、こちらに向かって突進してくるところだった。
だが、その動きすら、私にはスローモーションに見えた。
(あ、これ、ダメだ。絶対に避けられないやつだ)
スローモーションで見えていようが、私の身体能力(筋力と体力)は一般人以下のままである。
カトレアの踏み込みは鋭く、その切先は正確に私の喉元を狙っていた。
(斬られるくらいなら、避けてしまえ!)
私は、ゆっくりと迫り来るカトレアの木刀から逃れるため、慌てて後ろに下がろうとした。
しかし。
「あっ……」
足元の小石に見事に引っかかり、私は「あわわわっ!」と情けない声を上げながら、盛大に後ろにすっ転んでしまった。
ズザァァァンッ!! 私が尻餅をついたその直上、数ミリの空間にカトレアの放った、サントノレ家最速最強の刺突が、空を切り裂いて通り過ぎていった。
「――ッ!?」
カトレアの瞳が見開かれるのが、スローモーションの中でハッキリと見えた。
彼女は、信じられないものを見るような驚愕の表情を浮かべていた。
(サントノレ最剣技の一つ、不可視の神速突きが……避けられた!?)
彼女が心の中でそう叫んでいるのが聞こえるようだった。
いや、違うんです。転んだだけなんです。
「イテテ……っ」
私はお尻を擦りながら、なんとか立ち上がった。
落とした木刀を拾い上げ、再びへっぴり腰で構える。
(な、なんとか避けられた……。でも、こんなの何度も無理だよぉ……!)
たった一回、転んで避けただけで、私の心臓はバクバクと激しく脈打ち、息はゼエゼエと上がり始めていた。
スタミナの無さは相変わらずだった。
一方のカトレアは、体勢を立て直すと、先ほどまでの冷ややかな表情を消し去り、鬼気迫る表情で私を睨みつけていた。
(偶然ではない、あの体勢から私の神速を完全に読み切り、最小限の動きで紙一重で躱した……。なら、これはどう!?)
カトレアは地を蹴り、今度は怒涛の連撃を繰り出して来た。
上段からの打ち下ろし、袈裟斬り、胴薙ぎ、下段からの斬り上げ。
息もつかせぬ連続攻撃が、嵐のように私を襲う。
(ひぃぃぃっ!!) 私は半泣きになりながら、必死に木刀を振った。
――トンッ。 ――ペチッ。 ――カンッ。
私が見ている世界では、彼女の剣戟は割とゆっくりだったため、木刀の軌道に合わせて自分の木刀をポンポンと置いていくだけで、なんとか捌くことができた。
私からすれば、「あれ? この人、めちゃくちゃゆっくり振ってくれてる? もしかして、私が素人だからって手加減してくれてるのかな? 優しい人だなぁ」という勘違いすら生じていた。
しかし、周りから見れば、それは全く別の光景として映っていた。
神速で繰り出されるカトレアの怒涛の連撃。
それを、ミコトは最小限の動きで、手首の返しだけで全て完璧にパリィ(弾き返し)しているのだ。
一歩も動かず、涼しい顔(本人は半泣き)で、サントノレ家の天才の猛攻を無力化していくその姿は、まさに達人のそれであった。
「はぁっ……! はぁっ……!!」
何度打ち込んでも、全て無駄のない動きで防がれる。
カトレアの額に、焦りの汗が滲み始めていた。
しかし、その攻防も長くは続かなかった。 カトレアの手加減(勘違い)に助けられていたとはいえ、私の貧弱な体力はすでに限界を迎えていたのだ。
「もう……ダメェ……っ」
肺が限界を超えて悲鳴を上げ、目の前がチカチカと点滅し始める。
私はついに木刀を握る力を失い、カラン……と地面に落としてしまった。
そしてそのまま、糸が切れた操り人形のように、その場にペタンとへたり込んでしまったのだ。
「ぜぇ……はぁっ……ぜぇ……っ」
大の字になって天を仰ぎ、口から魂が抜け出そうになるのを必死に堪える。
「……そこまで!!」
審判の声が響き渡った。
もちろん、剣士が試合中に自ら剣を手放し、地面に座り込むなど言語道断。
それはすなわち、明確な『敗北』を意味する。
「勝者、カトレア・サントノレ!!」
審判の宣言が下された。
周囲からは、名門同士のハイレベルすぎる(?)攻防の結末に、どよめきと拍手が湧き起こる。、




