私はマイノリティガール
そして、放課後。
(ガトー先生の説教、二週連続はキツいよぉ……っ)
職員室で「お前のその慢心が命を落とすのだ」と一時間たっぷり絞られ、精神のHPが完全にゼロになった私は、夕暮れの廊下をとぼとぼと歩いていた。
悩み事は、説教のことだけではない。
今週中に決めなければならない、『部活』のことだ。
(どうしよう……。色々見学したけど、やっぱり一番動かなくて済む『戦術研究部』がいいなぁ。あそこなら、椅子に座ってチェスみたいなボードゲームを動かしてるだけだったし。うんうん、あそこにしよう)
私は頭の中で一人会議を開き、結論を出す。
しかし、問題があった。Aクラスの生徒たちは、将来の幹部候補としての箔をつけるためか、あるいは純粋な向上心からか、ほぼ全員が『剣術部』に入部を希望しているらしいのだ。
カトレアもマリアも、あのヒヨリでさえ、剣術部に入るらしい。
(Aクラスで戦術研究部に入るの、私一人だけになっちゃうかも……。浮いちゃうかな?)
少しだけ不安になったが、私はすぐに力強く首を振った。
(いいや、関係ない! 私はマイノリティガール。ブレない女。決して周囲の空気に流されて多数派に屈したりはしない! 我が道を行くのだ!)
私はウンウンと一人で頷き、帰宅の途につこうと廊下を歩いていた。
その時、すれ違いざまに、他のクラスの男子生徒二人が会話しているのが耳に飛び込んできた。
「おい、聞いたかよ? 剣術部の待遇の話」
「あぁ、聞いた聞いた。なんか、剣術部って練習がキツいから、食堂のご飯の『大盛り』が無料になるらしいぞ」
ピクッ。
私の尖った耳が、その魅惑的な単語をピンポイントで拾い上げた。
(大盛り……無料……?)
私の足取りが、微かに遅くなる。
いやいや、ダメだ。いくら大盛りが無料でも、あの地獄のような鍛錬を毎日やらされるなんて割に合わない。
(私はマイノリティガール。私はマイノリティガール)
「いいや、それ古い情報だぜ」
もう一人の男子生徒が、得意げに言った。
「今年から予算が増えたらしくてさ。剣術部に入れば、大盛りどころか、食堂での『毎日の定食そのもの』が、完全に無料になるらしいぞ!」
ピタッ。
私の両足が、廊下の床に縫い付けられたように完全に停止した。
(て……定食が……完全に、無料……!?)
私の脳内で、超高速の計算が始まった。
実家からの仕送りは、ほぼ絶望的。少しづつ貯めていたなけなし貯金だけで三年間を生き抜かなければならない私にとって、食費というのは最も重くのしかかる死活問題だ。
それが、毎日、三食、お腹いっぱい無料で食べられるとしたら……?
『ハッ! 私はマイノリティガール、私はマイノリティガール、私はマイノリティガール……』
私の心の中で、最後の理性のストッパーが必死に呪文を唱えている。
しかし、私の頭の中はすでに、大食堂に並ぶ黄金のローストチキン、ツヤツヤのハンバーグ、山盛りのフルーツタルトの幻影で埋め尽くされていた。
『わ、私はマイノリティ……マイ……マ……』
プツンッ。
理性の糸が、あっけなく弾け飛んだ。
「…………」
「そ、それホントォォォォッ!!??」
私は凄まじい勢いで踵を返し、話していた男子生徒二人の背中に向かってダイブし、彼らの両肩をガシッと掴んだ。
「ひぃっ!? な、なんだお前!?」
「け、剣術部に入れば、ご飯が全部無料になるって、本当ですか!? う、嘘じゃないですよね!?」
私が血走った目で詰め寄ると、男子生徒たちは完全にドン引きした顔で後ずさりした。
「え、あ、うん……。生徒会の掲示板に、そう書いてあったけど……」
「そっかぁー!!」
私はぱぁぁぁっ! と顔を輝かせ、男子生徒たちの肩を力強くバンバンと叩いた。
「ありがとうございます! 決まりました! 私は、マイノリティを卒業します!!」
「は……?」
「今日、この瞬間から、私は多数派に巻かれるマジョリティガールですっ!! 剣術部、万歳!!」
私は高らかに宣言し、右手を天に突き上げた。
男子生徒たちは「あ、うん……変な奴に絡まれた……」と引いた顔のまま、そそくさと逃げていった。
「ふふふーん♪ るんるんるーん♪」
私は上機嫌で鼻歌を歌いながら、寮への帰り道をスキップして歩いた。
(いやぁ、やっぱり騎士学校の生徒たるもの、身体はしっかり動かして鍛えないとダメだよね! 戦術研究部なんて軟弱なところに入ろうとしてたなんて、私ったらどうかしてたわ! ウンウン!)
食欲という名の悪魔の前に、たった数分で誇りも信念もドブに捨て去った、意志薄弱極まりない私。
(ご飯無料! ご飯無料! 剣術部の練習なんて、後ろの方で適当に素振りしてるフリをしてればバレないよね!)
そんな甘い考えが、のちの剣術部の地獄のしごきによって木端微塵に粉砕されることになるとは夢にも思わず。
私は夕日に照らされた帰り道を、満面の笑みで帰っていくのであった。




