授業でやらかす
そして、ついにその時がやってしまった。
一時間目、Aクラス合同の『剣術実技』の授業である。
「やだなー……やだなー……お腹痛いなぁ……帰りたいなぁ……」
私は更衣室で指定の動きやすい道着に着替えながら、全身から負のオーラ(どす黒い瘴気)を撒き散らしていた。
隣で着替えていたマリアが「ミコトさん、顔色が土気色になってるわよ……大丈夫?」と心配してくれたが、私の心はすでに死んでいた。
重い足取りで第二鍛錬場へと向かうと、そこにはすでにAクラスの生徒たちが整列していた。
そして、前方の中央に立っていたのは……よりにもよって、我がクラスの担任であるガトー先生だった。
彼は座学の戦術論だけでなく、剣術の担当教官も兼任しているらしい。
(うわぁ……最悪だ。絶対私、目つけられてるじゃん……)
「これより、剣術の実技授業を開始する!」
ガトー先生の号令で、授業がスタートした。
「今週は初週だ。まずは貴様らの基礎体力と、木刀の振り方を一人ずつ確認する。
向こうにある『打ち込み台(丸太にクッションを巻いたもの)』に向かって、全力で面、胴、小手の三連撃を打ち込んでみせろ!」
生徒たちが順番に前に出て、打ち込み台に向かって木刀を振るっていく。
流石はAクラス。
皆、見事な足捌きと鋭い踏み込みで、空気を切り裂くような素晴らしい音を立てて木刀を打ち込んでいく。
カトレアに至っては、踏み込んだ瞬間に姿がブレ、打ち込み台のクッションが衝撃で破裂しそうになるほどの神速の連撃を見せつけ、ガトー先生から「うむ、完璧だ」と絶賛を受けていた。
そして、ついに私の順番が回ってきた。
「次、ミコト・ティラミス。前へ出ろ」
「は、はいぃ……」
私はヘロヘロの足取りで、打ち込み台の前へと立った。
背後からは、クラスメイトたちの期待に満ちた(あるいは値踏みするような)視線が突き刺さる。
(あの、実技試験でサントノレの神速を躱したという、ティラミス家の令嬢か)
(一体どんな凄まじい剣術を見せてくれるのか……)
周囲のハードルが、富士山よりも高く設定されているのを感じる。
しかし、現実の私は、朝の猛ダッシュのせいで腕はプルプルと震え、手には嫌な汗をびっしょりと掻いていた。
(全力で打ち込めって言ってたよね……。よし、せめて見た目だけでもそれっぽく、大きく振りかぶって……!)
私は気合を入れ、両手で木刀を強く握り、頭上高く振りかぶった。 「やぁぁぁぁぁっ!!」
そして、全身の力(なけなしの力)を込めて、木刀を真っ直ぐに振り下ろそうとした。
――その瞬間。
手汗で滑りやすくなっていた私の手から、木刀がスポーンッ! とすっぽ抜けた。
「あっ」
手から離れた木刀は、打ち込み台に向かうどころか、信じられない軌道を描いて私の斜め後ろの上空へとすっ飛んでいった。
「なっ!?」
背後で見ていた生徒たちが、飛来する木刀に驚いてサッと道を空ける。
ブォンッ! と音を立てて飛んでいった私の木刀は、鍛錬場の端に立っていた巨大な石柱に『カーンッ!』と勢いよく激突した。
そして、その反発で強烈な回転を加えられた木刀は、まるで意思を持っているかのように軌道を変え、鍛錬場の遥か反対側――的当ての練習用に設置されていた、五センチほどの小さな『赤色の的』のど真ん中に、ズパァァァンッ!! と見事な音を立てて突き刺さったのだ。
「「「…………………………え?」」」
鍛錬場が、またしても死のような静寂に包まれた。
当の本人である私は、木刀を全力で振り下ろした勢い(空振り)でバランスを崩し、クルクルとコマのようにその場で回転した後、「あわわわっ!」と情けない声を上げて床に尻餅をつき、目を回してピヨピヨと倒れ込んでいた。
「あぅぅ……目が回るぅ……」
ガトー先生は、遥か遠くの的に突き刺さった木刀と、床で目を回している私を交互に見つめ、ワナワナと震え出した。
「き、貴様……っ!」
ガトー先生の声が裏返っている。
(ひぃっ! やばい、怒られる! 『真面目にやれ!』って殺される!)
私は床に這いつくばったまま、両手で頭を庇った。
「貴様……まさか、わざと武器を手放し、石柱の反発力と遠心力を利用して、自身の視界の外にある的をブラインド・ショットで正確に撃ち抜いたというのか……!?」
「……………………はい?」
私は、自分の耳を疑った。 ガトー先生の目は、怒りではなく、底知れぬ戦慄と驚愕に見開かれていた。
「あの小さな的は、本来なら弓術の達人が使うためのものだ……!
それを、木刀の投擲、しかも壁を使ってど真ん中を射抜くなど……なんという恐ろしい空間把握能力と、精密な力のコントロールだ!」
クラスメイトたちからも、「おおおおっ……!」、「見ないで的を射抜いたぞ……!」、「あれがティラミス家の隠し技か……!」と、どよめきと感嘆の声が上がり始めた。
「しかし!!」
ガトー先生がバンッ!と床を踏み鳴らした。
「いかなる高度な技であろうと、剣士が自ら武器を手放すなど言語道断! 実戦において武器を失うことは死を意味するのだぞ!
お前は自分の才能を過信しすぎている!!」
「あ、いや、あの……すべっただけで……」
「言い訳は聞かん! 技術は百点だが、心構えは零点だ! 反省しろ!」
ガトー先生はプイッと背を向け、「次!」と授業を再開した。
私は床に倒れ込んだまま、口をパクパクとさせることしかできなかった。
(ま、まただ……。また私の致命的なポンコツが、何故か超絶技巧の暗殺術みたいに解釈されてしまった……!)
手汗で木刀をすっぽ抜かしただけの女子が、なぜか『跳弾を利用した不可視の投擲術の使い手』という謎の肩書きを手に入れてしまった瞬間だった。
私の偽エリートとしてのメッキは、剥がれるどころか、何故かチタン合金のように分厚くコーティングされていくのであった。




