鳴らない時計(止めた)
翌朝。
――ジリリリリリリリリリリッ!!!!
一つ目の目覚まし時計が、けたたましい音を立てて鳴り響いた。
「んん……うるさぁい……」
私は布団から片手だけを出し、時計の頭をバンッと叩いて音を止める。
そして、そのまま再び布団の中へと潜り込み、ぬくぬくとした夢の世界へと帰還した。……寝る。
五分後。 ――ジリリリリリリリリリリッ!!!!
二つ目の目覚まし時計が鳴り響く。
「むにゃ……まだ……早いよぉ……」
私は再び手を伸ばし、二つ目の時計を叩いて止める。
そして、一切の躊躇なく、再び夢の世界へとダイブした。……寝る。
さらに五分後。 ――ジリリリリリリリリリリッ!!!!
三つ目の目覚まし時計が鳴り響く。
「……んぁっ! もう、朝からうるさいなぁ!」
私は半ギレ状態で三つ目の時計を叩き潰す勢いで止め、布団を頭からすっぽりと被った。
よし、これで静かになった。
平穏な朝の訪れを感じながら、私は深く、深い安らぎの底へと沈んでいった。……寝る。
――ちゅんちゅん。
小鳥のさわやかな鳴き声が、窓の外から聞こえてくる。
顔に当たる日差しの暖かさに、私はゆっくりと目を開けた。
「ふぁぁぁ……よく寝たぁ……」
私は大きく背伸びをして、体を起こした。
すっかり明るくなった部屋の中。
カトレアのベッドは、昨日と同じようにすでに綺麗に整えられており、彼女の姿はどこにもなかった。
今日も朝練に行っているのだろう。
「ええと、今何時かな……」
私はぼんやりとした頭で、サイドテーブルに並べられた三つの目覚まし時計(全て沈黙している)へと視線を向けた。
一番右の時計の針が一つの時刻を指し示している。
【7:30】
「…………………………………………」
私は、その文字盤をじっと見つめた。
七時、三十分。
ホームルームの開始は八時。 ここから学校の特別棟までは、私が普通に歩いて1時間以上かかる。
「あー……うん」
私は、極めて冷静な頭で一つの真理を悟った。
「これ、目覚ましかけても全く意味ないわ」
時計の数を増やしたところで、無意識のうちに全て止めて二度寝してしまう私の強靭な睡魔の前では、ただの雑音提供機に過ぎなかったのだ。
「って、感心してる場合じゃない!! ヤバい!! 遅刻ダァァァァァァッ!!!!」
私はベッドから弾かれたように飛び起きた。
初日の悪夢、再び。
いや、むしろ初日よりも時間がギリギリだ!
「着替え! 制服! ネクタイ!」
私はマッハの速度でパジャマを脱ぎ捨て、ブラウスのボタンを二つほど掛け違えながら強引に制服を着込んだ。
もちろん、髪の毛をブラッシングしている余裕など一秒もない。
見事な寝癖が爆発したままの銀髪を、手櫛で適当に押さえつける。
「もうどうにでもなれぇぇぇっ!!」
私は鞄をひったくり、部屋のドアを蹴破るような勢いで飛び出した。
廊下を駆け抜け、階段を文字通り転げ落ちるようにして寮の外へと飛び出す。
「はぁっ、はぁっ……!!」
時計を見る余裕はないが、感覚的に残り時間はあと二十分もないはずだ。
私は初日と同じように、頭の中で強く魔力をイメージした。
『身体強化』!
ドォン! という鈍い音と共に、私の体は弾丸のように石畳の道を駆け抜けた。
周囲の景色が線になって後ろへと流れていく。
肺が焼け付くように痛いが、そんなことを気にしている場合ではない。
ここで遅刻すれば、今度こそガトー先生に殺される!
(走れ走れ走れ! 私は風になる……!!)
息を止め、限界を超えたスピードでキャンパスを爆走する。
他の生徒たちが「なんだあの銀色の弾丸は!?」と驚いて道を空けていく中、私は一直線に特別棟を目指した。
特別棟の入り口の巨大なアーチが見えてきた。
エントランスの時計を見ると、時刻は【7:57】、残り、三分。
「いける……! これならいけるっ!!」
私は最後の力を振り絞り、階段を駆け上がり、複雑な特別棟の廊下をドリフトするように曲がった。
そして、『1−A 3組』の教室のドアが見えてきた。
「ああああぁぁぁぁっ!!」
私はブレーキをかけることなく、ドアのノブに手をかけ、そのままの勢いで思い切りスライドさせた。
ガララララッ!! バーンッ!!
「残り10秒ぉぉぉっ!! セーーーーーーフッ!!!!」
私は教室の中に滑り込むようにして飛び込み、両手を広げて高らかに『生存』を宣言した。
しかし。
教室の中は、水を打ったように静まり返っていた。 そして、教卓の前には。
腕を組み、額に青筋を浮かべ、般若のような恐ろしい形相で私を見下ろす、ガトー先生が立っていた。
「……アウトだ、馬鹿者」
地獄の底から響くようなその一言に、私の全身から血の気が引いた。
「えっ……? で、でも、まだ八時にはなって……」
「私の時計では、今まさに八時ちょうどだ。それに……貴様のその、鳥の巣のような髪と、掛け違えたボタンは何だ?Aクラスの誇りをドブに捨てたのか?」
ガトー先生の目が、殺意を帯びて細められた。
私は自分の胸元を見て、ブラウスのボタンがズレて留められていることに気付き、ヒィッと息を呑んだ。
「き、着替える時間が……その……」
「言い訳は聞かん!! 貴様、放課後にもう一度職員室へ来い!! 昨日の今日で全く反省していないようだな!!」
「はいぃぃぃぃぃっ! 申し訳ありませんでしたぁぁぁぁっ!!」
私は涙目で平謝りしながら、またしてもクラスメイトたちの冷ややかな視線を浴びつつ、自分の席へと逃げ込んだ。
カトレアが「だから言ったのに……」と額を押さえ、マリアが「ミコトさん、ボタンボタン!」と小声で教えてくれた。
私の二週目の学園生活は、初日と全く同じ(いや、むしろ悪化した)絶望的なスタートを切ることになってしまったのだった。




