目覚ましの意味は
王立騎士学校に入学して、怒涛の一週間が過ぎ去った。
最初の週は、クラス分けの衝撃から始まり、難解極まりない軍事戦術論や兵站学、騎士としての歴史などを学ぶ『座学』の授業だけで構成されていた。
幸いなことに(あるいは私の脳内変換による魔法学への置き換えの賜物か)、座学に関してはなんとかAクラスのハイレベルな授業にも食らいつくことができていた。
そして、入学後初めての休日である日曜日。
「むぐむぐ……んっ、やっぱりお肉はこれくらいが一番だなぁ……」
私は女子寮『白百合の館』の二一四号室の自分のベッドの上で、ゴロゴロと寝転がりながら至福の時を過ごしていた。
手にあるのは、新入生歓迎会の時にセシリア先生(仮)の計らいで持ち帰った、あの高級ローストビーフの切れ端である。
紙袋に入れたまま自室の涼しい影に隠しておいたのだが、一週間経った今、お肉からはほんのりと……いや、かなり際どい酸っぱい匂いが漂っていた。
表面も少しネバネバしている気がする。
普通なら絶対に捨てるレベルだが、実家で過酷なサバイバル生活(貧食)を強いられてきた私の胃腸は鋼鉄製だった。
「少し腐りかけがお肉は一番柔らかくて美味しいんだよなぁ……熟成肉ってやつだよね、ウンウン」
完全にアウトな匂いを『芳醇な香り』と脳内変換し、私は惜しむように最後の一切れを飲み込んだ。
お腹を壊す気配など微塵もない。
「あーあ……明日から、また学校かぁ。行きたくない。行きたくないなぁ……」
指についた肉汁を舐めながら、私はどんよりとした声で天井に向かって呟いた。
「あぁ、学校、突然休校にならないかなぁ。大雪とか降らないかな。
いや、いっそのこと空から槍が降ったりしないかなぁ……」
「なんて事言うの。まだ学校始まってから一週間よ……」
窓際にある自分の机で、分厚い戦術書を読んでいたルームメイトのカトレアが、呆れたようにため息をついてツッコミを入れてきた。
休日の朝から読書(しかもお堅い専門書)とは、流石はサントノレ家の次期当主である。
私のような怠惰の塊とは人間の出来が違う。
「いやぁ、だって……明日から、いよいよ実技の『剣術』の授業が始まるんですよ? 憂鬱で憂鬱で……」
私は枕に顔を埋めてジタバタと足を動かした。
座学の一週間は天国だった。椅子に座っているだけでよかったからだ。
しかし、明日からはついに、騎士学校の本分である肉体を酷使する実技授業がスタートしてしまう。
あの入学初日の実技試験の恐ろしい記憶がフラッシュバックする。
あの時は奇跡的に「ただ転んだだけ」で全てを躱すという謎の神業判定をもらってしまったが、毎回の授業でそんな奇跡が起きるわけがない。
私の体力ゼロ、筋力ゼロのメッキが剥がれるのは時間の問題だった。
「……お腹痛い。仮病で休もうかな」
私は枕に顔を押し当てたまま、ボソッと悪魔の囁きのような独り言を漏らした。
しかし、カトレアの地獄耳は、その小さな呟きを絶対に見逃さなかった。
「ダメよ! もし仮病なんか使って休んだりしたら、私が直接ガトー先生に言いつけるからね!」
「げっ」
カトレアの厳しいお叱りの声が飛んできた。
ガトー先生。
あの、私の遅刻を初日からネチネチと一時間も説教してきた、Aクラス3組の鬼の担任である。
もし彼に「ミコト・ティラミスが仮病でサボりました」なんてチクられた日には、グラウンド百周どころか、特別棟の屋上からバンジージャンプさせられかねない。
「あ、あはは……冗談ですよぅ。ちゃんと行きますってばぁ」
私はカトレアに聞こえないように舌を出し、「あーあ、聞かれてたか……」と小さく悪態をついた。
しかし、私とてただ絶望して明日を迎えるわけではない。
初日のような『遅刻』という大失態を再び犯せば、ガトー先生の逆鱗に触れて今度こそ命がないことくらい、この一週間で嫌というほど学んでいた。
だからこそ、私は明日の朝に向けて、抜かりない準備をしていたのだ。
「ふふふ……見てください、この完璧な布陣を!」
私はベッドのサイドテーブルに、購買部で買ってきた大きなベルのついたぜんまい式の目覚まし時計を三つ、ズラリと並べた。
「明日は寝坊しないように、六時から五分おきに三つも目覚ましをセットしたんです! これで二度寝対策もバッチリ! 私ってば天才!」
「目覚ましの数に頼るより、さっさと寝た方が確実だと思うけれど……」
カトレアは冷ややかな視線を送ってきたが、私のこの鉄壁の防御陣(スヌーズ機能の物理版)に死角はない。
「これなら絶対に大丈夫! おやすみなさーい!」
私は自信満々で布団を被り、平穏な日曜日の夜の眠りについたのだった。




